悪魔の約束
景色が変わる。
それは王との謁見の間だった。
大規模な魔物討伐の遠征があり、俺はそこで自身の強さを遺憾なく発揮した。そのことで褒美を頂くことになった。
かつて魔王軍幹部の竜帝と呼ばれた者が装備していた鎧と斧を与えられた。
正直、斧は剣より苦手ではあるが、王からの褒美にそんなことを言えずに、俺は受け取った。
そして、俺はあいつと出会った。鎧と斧を装備した時、頭の中に声が聞こえてきた。
「君の望みは何だい?」
まるで友達に話しかけるかのような無邪気な声だった。
「僕は蝿の悪魔、ベルゼブブ」
俺は初めて悪魔と出会った。そして、あの本のことを思い出した。そして、問いかけた。悪魔の返答はあっさりしていた。
「可能だよ、僕の本体の封印さえ解いてくれればね」
俺はそこで悪魔の性質を思い出した。悪魔は約束を破ることができない。
「いいよ、約束だ、君が僕の封印を解いてくれたら、君の奥さんを生き返らせてあげる、そのかわり、僕のお願いを3つだけ聞いてほしい、無理はお願いなんてしないから安心してほしい」
もう一度、シンシアと会える。彼女の笑顔が見れる。俺は自室の窓のそばで、花瓶に刺さった小さな青い花を見つめた。
そして、悪魔と約束した。
悪魔は陽気な奴だった。本に書いてあるような存在ではなく、まるでペットを飼っているようだった。無邪気でくだらないお喋りもよくしてきた。鎧を通して宝物庫にある腕輪から意識を送っているらしい。封印されている腕輪にこの鎧と斧が接していたから、長い時間をかけて意識を送り込んだようだ。
話をしている内に、俺は不思議と悪魔に親近感が湧いてきた。
悪魔はロンベル様にグランダル王の持つ王家の紋章を受け継がせることを求めていた。
封印の解除にはその紋章が必要らしい。グランダル王は絶対に悪魔の封印は解かないから、ロンベル様に早く受け継がせたいと。
エリス様では駄目なのかと聞くと、別にエリス様でも良いらしい。俺と一緒に過ごして、単純にロンベル様の方が王様になりやすそうと考えたようだ。
それは正直俺も思っていた。
なぜかベルゼブブと約束してから、兵士達に苛立つことが多くなった。彼らのあまりの弱さに俺は気がついていなかった。
エリス様も少しずつ訓練場に現れなくなった。きっと剣に興味がなくなったのだろう。別に俺はそれで良かった。それよりも早くシンシアに会いたい。
「それじゃあ、1つ目のお願いだよ、エリス王女を殺してよ」
ある激しい雷雨の夜、まるで世間話をするように、あっさりと悪魔が言った。悪魔の約束は絶対だ。俺は身体が勝手に動き出す。
「このままだとバレちゃうからね、黒く塗ろうか、それに剣を使おう」
俺は身体が勝手に動き、丁寧に鎧を黒く塗り始める。そして、斧ではなく、兵士用の剣を掴む。そして、兜を被った。
「さあ、エリス王女のところに行こう」
俺は言われるがままに、行動する。悪魔の約束というのは絶対だ。その意味が分かった。もはや身体が勝手に動く。
俺はエリス様の寝室に向かう。途中兵士が現れた。当たり前だ。王族の警護は甘いものではない。俺はよく顔を知っているそいつらを何の躊躇いもなく殺した。
そのまま、先に進む。廊下にアネッサがいた。彼女は何の戦闘能力もない。見逃すべきだ。
「ん? あの女、君の正体に気づいているね、殺そうか」
悪魔は平然とそう言った。
アネッサは何かに気づき、逃げ始める。俺はアネッサを追って、部屋に入る。それに続くように兵士達が雪崩れ込んでくる。
俺はそんな弱者を屠る。
アネッサを早く殺さないといけない。
その時だった。部屋にエリス様が入ってきた。悪魔の嬉しそうな気持ちが感じ取れた。
悪魔はエリス王女の説得を始めた。エリス王女が約束をすれば、彼女が王家の紋章を引き継いだ場合、復活をすることができる。
「ダメです! エリス様!」
アネッサが叫んだ。だから、俺はアネッサを殺した。
あれ。俺、どうして、アネッサを。
疑問が俺の中に生まれた。エリス様が向かってくる。俺は赤子の手を捻るように相手をする。
俺は……何で、アネッサを殺した。アネッサはシンシアの親友だったのに。
エリス様は強くなった。しかし、まだまだ弱い。俺はあっさりと隙を見つけた。あとは剣を振り抜けば終わる。
何かがおかしい。俺がしたかったのはこんなことなのか。
俺はその隙を見逃した。
「何してるの? 君? 僕の言うことが聞けないの?」
悪魔が非難してくる。同時に悪魔が俺の心を侵食してくる。
俺は、俺はこんなことを望んでいない。
エリス様は俺に向かってくる。やめてくれ。これ以上、俺に向かってくるな。
俺はお前を殺してしまう。お前を殺したくない。頼む。逃げてくれ。お前では勝てない。なぜ向かってくる。
エリス様は俺にやられて、尻餅をついた。
頼むから、早く逃げてくれ。
「弱いな、お前では誰も守れない」
俺の意識で発した言葉だった。お前は勝てない。ただの少女だ。だから、逃げてくれ。
身体が言うことを聞かない。俺は剣を振りかぶる。
そして、ゲンリュウが現れた。今まで戦った兵士たちとは次元が違う。
「このおじいさん、僕が封印された時も戦った奴だ、あの時よりだいぶ弱くなってる」
それでも強い。力はそこまで強くないが、単純に技量が凄まじい。
残念ながら、それでも俺には勝てない。ゲンリュウには感謝しなければならない。
彼は俺に勝てないとわかり、エリス様を連れて俺から逃げてくれた。
「もういいよ、何か疲れたし」
悪魔は諦めてそう言った。
それからエリス様は事故に遭い亡くなったと王から聞いた。王はロンベル擁護の貴族達の画策だと勘違いしたのだろう。亡くなったことにして、身を隠すことにした。
しかし、俺はそれで良かった。これで王位を継承するのはロンベル様に決まった。
これでエリス様を殺さなくて済む。俺は自覚している。悪魔の意思が俺を侵食している。アネッサを殺してしまったのは、俺の弱さのせいだ。
俺はもう引き返せない。シンシアを生き返らせる。そのためなら、全てを捨てても良い。悪魔に心を奪われている。それでも構わない。
エリス様はきっと強くなる。いつか、こんな俺を倒して欲しいと、心のどこかで期待している自分がいた。
もう俺は手遅れだ。悪魔と約束してしまった以上、俺はシンシアを生き返らせるために、全てを犠牲にするしかない。
いや、悪魔のせいにするつもりはない。その道を選んだのは、紛れもなく俺自身だ。
そして、俺は悪魔の声に従い、反乱軍を組織した。ロンベル様から宝物庫の鍵も盗んで手にいれた。
しかし、俺は反乱軍に王都を襲うなんて指示を一度も出してはいない。一体誰が動いたのか分からない。
早く王都に戻らなくてはならない。
景色が変わる。また中庭だ。シンシアが青い花を愛でている。
「ずっと、ここで一緒にいましょう、2人でね」
俺はシンシアに歩み寄った。彼女の美しい顔があった。
だから、俺はデストロイヤーを、容赦なく彼女に振り下ろした。
景色が白い世界に戻る。悪魔は俺を驚いた表情で見ている。
「くだらない夢をありがとう、悪魔よ」
悪魔は唇を噛み締めている。
「あなた、騙されているわよ、私はあなたの記憶を見た、あいつ、ベルゼブブはあなたが思っているような殊勝な奴じゃない」
「構わないさ、何人死のうが、奴は生き返らせてくれると約束したからねぇ」
「愚かな人間」
【エンチャントセイント】
俺は魔法を発動する。自分の攻撃属性を光属性に変更する。これで攻撃は通るだろう。
「終わりにするぞ」
俺は一気に接近する。俺の邪魔をする者に容赦はない。
『大震撃』