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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
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カーマインの夢



__________カーマイン_________




俺は白い世界にいた。



先程まで確かにシャルドレーク遺跡であの小僧と戦っていた。何が起こったのか理解ができない。



レンは強かった。俺が今まで戦った相手とは別物だ。純粋な強さももちろんある。しかし、本当の脅威はレンが()()()()()()()()()ことだ。



戦いとは単純なものではない。戦闘能力が高い者が、絶対に勝つということもない。いくらでもイレギュラーは起こり、弱者が強者に勝つことがある。



レンの強さはその番狂わせを運ではなく、自力で成し遂げる力だ。厄介と言わざるを得ない。



とにかく早くレンに追いついて蝿の円環を奪わなければならない。俺は中央の魔法陣に近寄った。



魔法陣が光り出し、ジャラジャラとして飾りをつけた女が現れる。お香のような甘い匂いが漂ってくる。



「あらあら、またお客さんかしら」



「なるほどねぇ、悪魔か」



「私を一眼で悪魔って分かるのね」



「悪魔特有の気配には慣れてるからねぇ、それでお嬢さんを倒せば、外に出れるのか?」



「ええ、逆を言えば私を倒さないと外には出れないわよ」



「はっはっは、そいつは結構! 単純でありがたい」



俺は地面を蹴る。最高速で近づき、デストロイヤーを振りかぶる。悪魔はまるで反応できていない。



渾身の力でデストロイヤーを振り抜く。悪魔は避けることも出来ず、俺の攻撃を受けた。



ああ、この手応え。物理ダメージ無効か。



俺は一瞬で離脱する。同時に無数の黒い影が地面から棘のように飛び出してきた。俺はそれを全て回避するつもりだったが、一撃だけ受けてしまった。



その一撃で予想以上にHPが削られる。魔法攻撃力がかなり高い。



悪魔は余裕の表情を消していた。



「あなた……化け物ね」



「おいおいおい、悪魔に化け物呼ばわりされたら困るよー」



「ならば、戦い方を変えるわ」



俺は警戒を怠らない。潜ってきた修羅場の数が違う。魔法だろうが、スキルだろうが、俺は対応できる。



目の前に影が盛り上がり、人の形になる。くだらない。魔法により仲間を増やす手か。



俺はその影に肉薄し、デストロイヤーで粉砕しようとする。そして、振り下ろす瞬間、俺は動きを止めた。



デストロイヤーを振り下ろせなかった。



「くそがぁぁあ!」



強烈な闇魔法が俺を襲い、一気に吹き飛ばされる。



俺は本気で苛ついていた。その闇魔法で作られた人形は俺の大切な人だった。



「私は夢の悪魔トロイメントよ、お前の深層心理を読み取ることなど容易い、あなたには悪夢を見てもらいましょうかしら」



白い世界が色付いていく。幻覚や幻術の類か。















彼女が好きだった王城の中庭に俺はいた。



「カーム、見て、また今年もこの花が咲いてる」



青い色の小さな花だ。決して派手ではないのだが、彼女が一番好きな花だった。



やめてくれ。俺にこんな光景を見せないでくれ。



「シンシア……」



彼女の名前を呼んでしまう。花と同じ、透き通るような青い髪が美しい。俺の大切な、かけがえないのない妻だ。



俺は若い頃から戦うことしか能がなかった。ただひたすら、強さを求めた。国を守るために、俺は必死だった。



そして、貴族の身でもなく、貧しい生家にも関わらず、実力でグランダル王国騎士団長まで上り詰めた。



シンシアは貴族の娘だった。俺とは不釣り合いな礼儀ただしく、思慮深い女だ。王城で何度か顔を合わす度に、何故か仲良くなっていった。



景色が変わっていく。城下町にある居酒屋だ。兵士達が盛り上がっている。



遠征が終わっての打ち上げの時だ。貴族であるにも関わらず、シンシアは親に内緒で参加してきた。男たちに混ざり、豪快に酒を飲んで、酔っ払って楽しそうに笑っていた。



目の前に少しふらついたシンシアが、やってくる。



「ねぇ、団長さん、小綺麗なレストランよりこっちの方が美味しいね」



彼女はにっこりと笑う。



「団長さんはお酒強いね、全然酔ってない」



紅くなった頬に白い手を添えている。



「団長さんのことさ、名前で呼んでいい? カーマインさん、ん?、なんか変だなー、じゃあ、カームにしよう!」



俺の視界が歪む。涙が俺の頬を伝う。これは幻だ。心を奪われてはいけない。そう分かってはいても、涙が止められない。



俺はいつのまにか彼女と恋に落ちた。結婚は大いに反対された。歳の差もあるし、身分の差もある。俺には勿体無い女だと分かってもいた。



しかし、シンシアは強かった。俺と添い遂げると言い、絶対に折れなかった。最後にはグランダル王が間に入り、シンシアの両親を説得してくれた。



景色がまた変化する。次はエリス様の部屋だ。



彼女は自ら仕事をしたいと言い出した。正直、俺の収入があれば十分過ぎるのだが、働きたいらしい。



そこで、王はシンシアにエリス様とロンベル様の家庭教師の仕事を与えた。何人も家庭教師はいるが、シンシアは薬草学を教えていた。彼女の実家の領地は薬草を育てることで財をなしていたからだ。



シンシアが丁寧にエリス様に知識を教えているが、エリス様の表情は暗かった。どうも覚えが悪いらしい。



シンシアはゆっくり覚えれば良いといつも優しく言っていた。同時に他の家庭教師に裏で怒っていた。他の奴らは勉強が出来ないエリス様を悪く言っていた。教えながらため息をつき、意地悪な言葉を投げつけていた。



シンシアはそれが許せずに、よく他の家庭教師に文句を言っていた。仲が良かったアネッサによく愚痴を聞いてもらっていた。



できる限り、シンシアはエリス様に寄り添っていたつもりだったが、エリス様は心を開いてはくれなかった。家庭教師という相手自体を毛嫌いしている節があった。



一方、ロンベル様は信じられないほど優秀だったようだ。教えたことを全て吸収し、その成長速度は目を瞠るものだった。すぐにもうロンベル様に教えることはなくなってしまった。



また景色が変わる。それは俺たちの寝室だった。シンシアは窓からの景色が好きで、よく一緒にお酒を飲みながら、夜の城下町の明るい光を見ていた。



「ごめんね、カーム」



シンシアが申し訳なさそうに言う。彼女には元々持病により、子供ができなかった。俺は全くそんなことは気にしていない。彼女と一緒に過ごせる毎日が幸せだった。



「今日ね、エリス様、ものすごい速さで廊下を走ってたの、他の兵士も追いつけないくらい、彼女、本当に足が速いのよ、アネッサと一緒にびっくりしちゃった」



だからだろう。ロンベル様とエリス様のことを彼女は自分の子供のように思っていたのかもしれない。



残念ながら、家庭教師という立場のせいでエリス様からは受け入れられていなかったが、ロンベル様からは気に入られていた。エリス様はアネッサにしか心を開いていない。シンシアはいつか絶対に仲良くなるとよく言っていた。



しかし、その幸せは長く続かなかった。



景色が変わる。雨が降り注ぐ山の中だ。



あの日は唐突に訪れた。ロンベル様が薬草の採取に行きたいとおっしゃり、護衛の兵士とシンシアを連れて、グランダル城下町から近い山に登った。



急に天候が崩れた。その日、シンシアはこの世界から消えた。



まだ小さいロンベル様はショックを受けて何も喋れずにいた。いつもは気丈に振る舞うロンベル様が年相応に見えたのは初めてだった。事故だった。



葬儀は彼女の領地で静かに行われた。エリス様には伝えないことにした。ただ家庭教師を辞めたことにした。家庭教師はころころと人が変わるから、違和感はなかっただろう。



俺は大切な人の死に慣れていると思っていた。兵士として、仲間が死ぬ経験もしてきた。しかし、今まで感じていた以上の虚無感が苛んだ。



そんな時だ。エリス様が訓練場に姿を見せるようになったのは。



彼女に試しに剣を握らせてみて、俺はその才能の原石に気がついた。何が飲み込みが悪い、出来が悪いだ。剣の道において、彼女は紛れもない天才だった。



きっとシンシアがこの場にいれば、エリス様のことを大いに喜んだだろう。



だから、俺は決めた。彼女の代わりに、エリス様を娘として、俺が持つ唯一の特技、剣技を教え込もうと。



エリス様は凄まじい速度で強くなっていった。既に他の兵士達を凌駕している。さすがに俺と比べればまだまだだが、いずれは追いつかれるかもしれない。



いつか俺を打ち負かしてくれることが楽しみだった。



エリス様に剣を教えることで、俺はシンシアがいない毎日を乗り越えていた。それがなければ、俺は人生に絶望していたかもしれない。



だから、エリス様には、心から感謝をしている。




景色が変わる。それは王宮の廊下だった。一冊の本が地面に落ちている。



ここだ。俺の人生が変わったのは。



あの頃、ロンベル様は様々な知識を身につけ、もう家庭教師達では教えることがなくなってしまった。そこで図書館から自分で本を読むようになっていた。



魔法の才にも優れ、そして、呪いにおいても深い見識を持っていた。



ロンベル様はまだ背が低いにも関わらず、たくさんの本を運んでいたところを見かけた。俺は手伝おうと思い、近づく。



その時、一冊の古びた本が落ちた。俺はそれを手に取る。



「死者を甦らす法」



俺は手を止めた。ロンベル様は落ちたことに気づいていないようだ。俺はその本を自室に持ち帰った。



学のない俺にはその本は難しすぎた。専門的な用語は何を言っているのか理解できない。しかし、所々分かったところはあった。



悪魔には死者を蘇らせることができる術がある。



俺は未だかつて、悪魔という存在を見たことがない。かつて、このグランダルが悪魔に襲われたらしいが、俺はその頃、まだ子供だった。同世代の勇者がその悪魔を封印したと聴き、俺もいつか勇者になりたいと思った記憶がある。



俺は馬鹿馬鹿しいと一蹴した。死者は生き返らない。シンシアはもう戻らない。俺は一度それを受け入れたはずだった。



それからしばらくその本のことは忘れていた。




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