ホロウ討伐
本当にギリギリだった。
俺は王都に着いて、ギルバートの銃声を頼りに進んでいた。そして、姿が見えた時、リンがホロウに捕まる瞬間だった。
慌てて『スイッチ』でリンと居場所を交換し、『イリュージョン』ですぐにホロウのしがみつきを回避する。
ホロウは俺が相手をするしかない。他のメンバーでは手に負えない。何の準備もなくホロウと戦えば勝つ見込みはない。
「全員、その亡霊には手を出すな、他の敵を倒してくれ」
一緒に到着したポチやドラクロワ、ユキが戦力に加われば、戦況は一気に変わる。
ふと、横を見るとダインやラインハルト、デュアキンス、クリコ、そして、ちょうど今俺が会いたかった人物がいた。幸運すぎて俺のテンションが上がる。
「リリーさん! アイテム! アイテムを売ってくださぁーい!」
ホロウが俺に向かってくる。俺も凄まじい速さで、リリーさんの元に向かう。
「え、あ、はい、いらっしゃいませ、じゃなくて、全部このアイテムあげます!」
リリーさんはあたふたしながら、アイテムを見せる。そこには俺が求めていたものがあった。
アイテムショップにはデラクレールに使った麻痺薬やポポスに使った眠り粉のように、敵を状態異常にする消費アイテムがある。後半の敵になると、かなり状態異常に耐性を持つ敵が多くなるので、有益ではなくなるが、前半では役に立つアイテムだ。
毒になる毒薬や、麻痺になる麻痺薬などは序盤では実は重宝するが、値段が高いため、ポーション同様物語スタートタイミングでは貧乏過ぎて買えない。
品揃えは少しずつ増えていき、今では石化するバジリスクの瞳や即死する暗殺者の針、ゾンビ化する邪悪な灰、スロウにするノロノロ薬などが販売されている。
その中で俺は目当てのノロノロ薬を手に持つ。小さな小瓶だ。これは敵にぶつけることで状態異常スロウにすることができる。
スロウは素早さダウンとは似て非なる効果がある。素早さは相対的な数値であり、素早さがダウンすると、敵の動きが早くなるように感じる。
一方でスロウに自分がなれば、敵の動きは普段通りに見えるのだが、身体がゆっくりしか動かない。
あらゆるモーションスピードが遅くなってしまう。残念なのはモーションだけであり、効果時間は遅くならない。つまり、【パワーアップ】などの効果が普通よりも長く続いたりはしない。
特に素早さが高く苦労する相手をスロウ状態にすれば、随分と楽に敵を倒せるようになる。
スキルのモーションも遅くなるので、モーションが長いと有名なデュランダルの固有スキル『インフィニティソード』をスロウ状態で発動すると、スキルが終わるまで15分くらい待ち続けるという事態も起こる。
俺はノロノロ薬を片手に、向かってくるホロウに向き合う。
このままぶつけたとしても、『透過』によって透き通ってしまう。だから、俺はノロノロ薬をホロウに使わない。
腕輪を外す。そして、自分自身に投げつける。神兵の腕輪を外したので、スロウ状態になる。もちろんその状態でホロウを回避することは出来ず、あっさりしがみつかれた。
ホロウが実体化し、『吸魂』を発動する。俺の身体が青く光る。
これで良い。
『吸魂』による色の変化はプレイヤーのモーションの一部として、処理されている。つまりスロウ状態で死ぬまでの時間を伸ばすことができる。本来9秒間だが、3倍近く長くなる。
「デュアさん、【アンデッド】かけて」
口があまり早く動かないが、デュアキンスにそう伝える。デュアキンスの魔法により、俺は状態異常、ゾンビ化になる。最大HPが3倍に跳ね上がる。
ポチの『ワンナイトカーニバル』を発動。狂乱状態になり、『狂戦士の誇り』と併用され、更に攻撃力が跳ね上がる。ウォルフガング戦で使った手法だ。
これだけの攻撃力があれば十分だろう。あとはしがみついているホロウを攻撃するだけだ。まだ黄色い光に変わったばかり、時間も間に合う。
このまま攻撃してはホロウに与えられる大ダメージがそっくりそのまま俺も受ける。『憑依』の効果だ。俺も一撃死するのは明白だ。ちなみに他の人がホロウにダメージを与えても俺がその分のダメージを受ける。
これは属性吸収の腕輪をつけて、その属性で攻撃をしても無駄だ。火属性吸収の腕輪で火属性攻撃をしても、結局ホロウに与えられたダメージ分が入り、反転しての回復はしない。『憑依』によるこちらへのダメージは無属性か何かに変更されているのだろう。
一見、手がないように見える。LOLスタッフも倒させるつもりがないのだろう。見つかったら終わりのステルスイベントにしたかったのだから。
しかし、俺は唯一、ホロウを倒せる技を知っている。それは意外にあっさりと発見された。ただそのスキルを使うだけでいい。
俺はホロウ倒すことができるスキルを発動する。
真上に刀を振り上げる。刀身が聖なる光により美しく輝き出す。
パラディンの第4取得スキル。
刀をゆっくり振り下ろす。聖なる光の刃が、悪しき亡霊を浄化する。美しい光が舞い散り、ホロウは青い粒子となって空中に霧散した。
もちろん、俺には傷一つない。
俺は『ホーリーソード』を使用した。これが唯一ホロウを切り裂ける聖なる技だ。
『ホーリーソード』の効果は、光属性の大ダメージを与え、与えた分のダメージを回復する技だ。説明では大ダメージと書かれているが、実際は『閃光連撃』や『剣神の太刀』の方が何倍も威力はある。
俺が与えたダメージ分だけ、『憑依』でダメージが帰ってくるが、その分のダメージだけ同時に回復するからプラスマイナス0にすることができる。
内部的な計算がどうかは知らないが、『お手玉エスケープ』と同じタイプのダメージ処理をしているのだろう。無傷でスキルを終わらせることができる。
『ホーリーソード』はRPGでは名前は違ってもよくある技だ。本来ならそこまで使える技ではないのだが、今回だけは活躍した。というかこのホロウ対策以外で俺は使い所を知らない。
攻撃力の補強さえ事前に出来ていれば、スロウ状態でなくても捕まった瞬間に『ホーリーソード』を使用すれば倒せるが、念のためスロウ状態で安全策を取った。
スロウ状態が切れた俺はすぐにリリーさんのもとに向かう。
「リリーさん、ありがとうございました! おかげで助かりました」
「いえいえ、助けてもらったのは、私の方です、ありがとうございました」
リリーさんの素敵な笑顔に俺の心は踊り出す。
「これからも何回でも助けますよ、あなたのえがにょが……」
俺は地面に転がりながら悶え苦しむ。美人と話すとどうしても緊張してしまう。またやってしまった。
「レン、遊んでないで、この街を救いましょ」
リンの言葉に俺は何事もなかったように颯爽と立ち上がる。そして、きりっとした真剣な表情を作った。なぜかユキが不機嫌そうに俺を見ている。
「ねぇギルバート! えがにょって何?」
「ポチ、男にはな、わざわざ知らなくていいこともあるってことだ」
「よくわからないけど、わかった」
後ろでポチとギルバートが何か話しているが気にしない。
俺は気を取り直して、リリーさんから彼女の持っているアイテムを全てもらった。その中に、カーマインへの切り札がある。
だが、これはゲーム時代でもしたことがない手だ。理論的には可能なはず。俺の計算が間違ってなければだが。
本来はシャルドレーク遺跡のどえむ部屋でカーマインを倒す予定でいた。次点として、この方法を構想していた。むしろ、見立てではどえむ部屋の方が成功率は高いと思っていた。
しかし、デストロイヤーによるイレギュラーがあった今、残る方法はこれしかない。
カーマインが夢の世界から出て、ここに現れる前に残りの条件もクリアしておかなければならない。
それと並行して、この国を救うことも大切だ。カーマインが現れるまでそう多くの時間はない。しかし、俺にはこの国の人々を見捨てられない。
「さあ、この国を救おうか」