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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
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折れた剣




王都陥落イベントは、本来であればシルバーバックが登場する反乱軍の潜伏先に侵入するイベントの後、王都に戻ると、王都は戦火に包まれているという流れだ。



イベントがスキップされ、既に王都侵攻が始まってしまった。



この王都陥落イベントでは、王城爆破イベントよりも強い反乱軍が現れるし、200レベル近いモンスターも跋扈する。その中でも一番厄介なのが、ホロウと呼ばれるモンスターだ。



王都陥落イベントは隠密スキル必須のステルス侵入イベントだ。反乱軍が王都を占拠していて、反乱軍に見つからないように侵入しながら、本丸の王城を目指す。



だから、発見されたら終わりになるように設定されている。反乱軍の中には黒い頭巾を被った召喚士が混じっている。こいつに見つかると、ホロウを呼び出される。



このホロウは倒すことが極めて難しい。



『透過』と『憑依』と『吸魂』というスキルがホロウを凶悪なモンスターにしている。



『透過』は字の如く全ての攻撃が透き通ってしまう。魔法だろうが、物理攻撃だろうが当てられないので、ダメージを与える術がない。



唯一実体化するのは、こちらに攻撃するためにしがみついている時だけだ。その時に攻撃するしかない。



ホロウにしがみつかれると、『吸魂』を使用される。これが非常に厄介で、最初に身体が青く光り、黄色く変化し、最後は赤になり、死ぬ。その間、9秒ほどだ。



この色の変化はプレイヤーのモーションの一部として発生するので、ドレイン系の技ではなく、発動中HPが減っていくわけではない。ただ色が変わって死ぬ。もしドレイン系の効果なら、『HP高速回復』や途中で回復すれば、時間に余裕を作ることができるが、『吸魂』はそれができない。



更に『即死無効』『ワンモアチャンス』『根性』系、命の腕輪などの死を回避する効果が発動されない。



そして、ホロウは一度しがみつくと、倒すまでは絶対に離れない。つまりしがみつかれたら最後、9秒以内にホロウを倒さないと100%死ぬ。



『イリュージョン』や『スイッチ』などの瞬間移動系スキルも意味がない。瞬間移動してもしがみついているホロウごと移動される仕様だ。



『ドッペル』で分身を作っても本体の方にしがみつき、そして『スイッチ』で分身と場所を交換しても、ホロウごとスイッチしてしまう。



しがみつかれないように逃げるのも厳しい。ホロウは空中を移動でき、素早さもかなり高い。何より建物があろうが、『透過』により全てすり抜けて最短距離で追ってくるので、逃げ切ることはできない。



そして、ホロウを倒すのも、もちろん無理ゲーとなっている。『憑依』というスキルが原因だ。『憑依』は触れている対象に自分が受けたダメージをそのまま与える効果がある。



ホロウになるべく大きなダメージを与えようとすると、そっくりそのまま自分がダメージを受ける。このダメージは防御力も含めて軽減が不可能。



これにより、【フルケア】で倒すことができない。ホロウはアンデッドだから、回復魔法でダメージが与えられる。最大HPの100%を回復させる【フルケア】は即死魔法となる。



だから、【フルケア】を使えば自分もHPの100%のダメージを受けて即死する。LOLスタッフの、【フルケア】で即死させるなんていう楽な手を使えないようにする悪意だろう。



そして何より厄介なのが、ホロウのHPはプレイヤーよりもかなり高い。もともとゲームバランスとして、敵のHPはプレイヤーより高く設定されており、何発もダメージを与えないと倒せないのに対して、プレイヤーは簡単に一撃死する。



つまりホロウと同じダメージを受けるのだから、生き残るためにはホロウより高い最大HPを用意して、ホロウのHPを削り取るか、途中でHPを回復するしかない。



全て9秒以内に。



この性質から、王都陥落イベントはステルス侵入イベントとなっている。いかに黒頭巾に見つからないように進むかが鍵だ。



ゲームでも、見つかりにくいルートがいくつかあったが、どれも運が絡むため、かなりの難易度を誇るイベントだった。



また単純に現れるモンスターも強いし、反乱軍もかなりレベルが高い。はっきり言って、グランダル城下町で戦える人間はほとんどいない。



ラインハルト達冒険者でも厳しいだろう。ジェラルドなら単独で戦える。あとはヘルマンか。



ヘルマン自身は大したことがないが、ヘルマンの研究所にはメイドロボ、ラブちゃんがいる。もしかしたら城下町の中で一番安全かもしれない。



とにかく、俺たちが一刻も早く到着すべきだ。俺は足を速めた。



______リン________



レン達がシャルドレーク遺跡に旅立った。



以前の私なら悔しがっていただろう。私も最凶の敵カーマインと戦いたい。



しかし、今なら分かる。レンはエルザやこの街の人を守るために私に託した。それは私を戦力として信じてくれているからだ。



エルザはまるで魂が抜けたように、ずっとうずくまっていた。まるで死人のように正気がない。食事も喉を通っていない。



詳しくは聞いていない。私はこういう時に何て声をかけて良いか分からなかった。不得手な分野だ。



ただ王族の人たちの様子を見て、エルザの気持ちが少しだけ分かった。ロンベル王子は本当に優秀で立派な人だった。



周り全員に慕われている。私も届かない存在を追い続ける気持ちはよく分かる。



ロンベル王子は身体が悪い父親のために、医学薬学を学び、護衛を付けてではあるが、自ら薬草などの採取も行っているらしい。それをコック達に教えてもらいながら、自ら調理もしていると聞いた。



武にも優れ、優秀な魔法使いらしい。上級魔法の使用もできると皆自慢げに話していた。また呪いの方面にもかなりの見識があるらしい。



いつもにこやかで他人に配慮し、部下にも丁寧に接している。これは教育によるものなのか生まれつきなのか。上に立つために生まれてきた存在に見える。



だけど、私はあまり好きになれない。



人間味がないように感じる。人は喜んで怒って泣いて、多くの失敗をして生きていく。私はきっと完璧な人間が苦手なんだろう。



レンは人間味のある人だ。ずれたところがあるし、学習できずに二日酔いするし、美人に鼻の下を伸ばす。



でも、本気になったときは誰よりも完璧に見えた。



この人なら何とかしてくれる。どれだけ絶望的な状況でも覆してくれる。そんな圧倒的な信頼がある。



私はそんな存在になりたい。



今ならあの時、果たせたなかったことができるかもしれない。ずっと心の中から消えない光景。



この件が終わったら、レンに頼んでみようかと思う。今までわがまま1つ言わなかった。一回くらい許してくれるだろう。



そして、悲鳴と共に爆発音が聞こえた。



私は一気に臨戦体制になる。エクスカリボーを握りしめる。



外から兵士が慌てて、駆け込んでくる。



「ま、街中に反乱軍が現れました! モンスターも暴れています!」



私は立ち上がる。皆を避難させないといけない。この道場は高台にあり、石段で上がってくる必要がある。鬱蒼と木々が茂った山肌を登ることはできない。



入り口が1つしかなく、位置はこちらが高い籠城には最適だ。戦力として、ゲンリュウやエルザもいる。戦力的に見て私は街に出て住民を避難させるべきだ。



「エルザ、私は街の人を助けに行く、あなたはここの人を守って」



レンにはエルザを守るように言われた。しかし、この判断が正しいはず。相手がカーマインでない限り、エルザに勝てる人はほとんどいない。



エルザはギュッと肘を抱えた。



「私の剣は……折れた」



「剣なんて、誰かの借りればいいじゃない! 早く来て」



エルザは同じ体勢のまま動かない。



「私は誰も守れない……」



腹が立つ。



力があるのに。



戦える力があるのに、戦おうとしない。



力ある者の義務を放棄している。



私はあの時、力がなかった。だから戦うことができなかった。それなのに、力を持つ者が剣を握らないなんてことは、私は許せない。



私は、私の力を、大切なものを守るために使う。
















「もういい、時間の無駄」















私はエルザを無視して、外に向かう。



彼女の剣は折れている。それは実物の剣のことではない。心の中で折れている。



戦えない者に期待などしない。



何もできない弱者の気持ちを知らない。救える命があるのに、救おうとしない。



私は私にできることをする。1人でも多くの命を救う。私は黒煙の上がる街の中に飛び出した。








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