DHO開始
俺たちはそこから準備を始める。
クリスタルを起動させ、制限されるものを確認し、カーマインが来た場合の戦い方を入念に打ち合わせる。
ドラクロワは脳筋ではあるが、戦闘においてだけは極めて思考能力が高い。それはあのシュタルクでの戦いで分かった。
だから、俺の作戦を予想していたより、あっさり受け入れてくれた。
ポチは全く思考力がないから、単純な作戦を与えた。
俺が合図したら、突っ込んでパンチ、それから逃げる。
「くーん、ちょっと難しいけど、がんばる、パンチして逃げる!」
俺たちは作戦会議を終え、どえむ部屋のすぐ上にある小部屋に向かった。ここは壁が忍者屋敷のように回るギミックで入れる隠し部屋だ。
ここなら『スイッチ』の効果範囲にどえむ部屋が入る。中にいる人とこの部屋を行き来できる。それに小窓がついており、そこから遺跡の入口が見下ろせる。
見張りにはうってつけだ。俺たちは交代で、休みながら見張りをした。
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朝日が登り始めた頃、少し休んだ俺は起きて見張りをしていたユキと交代する。
「ユキ、交代するよ」
「ありがとう、レンは今回の相手勝てると思うの?」
「もちろんだよ、俺は英雄だからな」
少し強がってみせる。
「嘘よ、別に安心させようなんてしなくていいわ」
「……俺ってそんなに分かりやすいか?」
「ええ、でも……」
「でも?」
「そこも良いところだと思うわ」
「そうゆうもんか」
「そうゆうものよ、今回は私も頑張るから」
「ああ、期待してるよ、ユキは俺たちのパーティの最強魔法使いだからな」
「ちょっと恥ずかしいけど、期待に応えるわね」
ユキはなぜか寝ようとしない。他のみんなは皆個性的な寝方をしている。ポチは犬のように丸くなり、ドラクロワは仰向けで大の字になっている。ギルバートは壁にもたれかかり、銃を抱いて寝ている。寝方すらカッコ良い。
「レンは……死なないわよね?」
ユキの声が少し震えている気がする。俺の返答を待たずに、ユキは続ける。
「私は長い年月を生きてきた、多くの死を見てきた、だから、今回もまた死を見るのが怖い、今の幸せを失うのが怖いわ」
俺はどう声をかければ良いのかわからず、何となく彼女の白い綺麗な髪を軽くポンポンと手のひらで触れた。何か自然に手が動いていた。
「心配するな、死ぬ気はない、俺は」
「英雄だから……ね、知っているわ、きっとレンじゃなければ、私を救ってもらえなかった、リンもギルバートもポチも、きっとこの前戦ったドラクロワも、皆レンの凄さを知ってる」
褒められすぎて、少し照れ臭くなる。ユキは続ける。
「だから、お願い、カーマインに勝ってね」
「ああ、約束する」
そう、俺は最強のカーマインに勝たなければならない。
一応、仮初の栄光への道は見えた。しかし、それは酷く脆い。カーマインの行動1つであっけなく崩れ去る。
それでも、俺はその道を進む。
そして、俺はその時が訪れたことを知った。俺の目が遠くに小さな人影を捉えた。
「来た」
俺の言葉でユキは表情を引き締め、みんなを起こし始める。
奴は隠れることすらしない。そんなことをする必要がないほどの強さを持っている。
朝日の陽光がカーマインの鎧に反射し、ぎらぎらと光っている。
堂々と正面から現れる。遠くから、監視する俺にすら、その存在感の大きさが分かる。
魔王軍幹部と相対したときのような、圧倒的な強者の圧。かなり離れているにも関わらず、全身から立ち昇る殺気に俺は鳥肌が立つ。
裏切りの騎士団長、カーマイン。人型のキャラクターの中では恐らく魔王の次に強い。
冥王ダンテは戦ったことがないので未知数ではあるが、あの時に見た前魔王の片鱗に匹敵するほどの存在感を放っている。
俺の予想は嫌な方に当たっているのだろう。カーマインはこの状況だからこそ、本気を出せる。
カーマインがチェスボート柄のタイルに近づく。あのタイルの針はプレイヤーならどれだけ防御力があっても即死だ。カーマインにも効く可能性がある。
カーマインは何の躊躇いもなく、黒いタイルを踏んだ。
俺の一縷の望みはあっけなく、断たれた。信じられない反応速度だった。初見にも関わらず、針が出てきた瞬間に後退し、トラップを回避した。
「危ないねぇ、これは、だから俺をここに誘き寄せたのか、いやー、面倒だ」
カーマインはそう言って、両手斧を振りかぶった。
俺には何をする気か分からない。
そして、凄まじい速度で振り下ろす。
爆発のような突風と轟音が重なり、俺は思わず目を閉じた。再び目を開けた時、遺跡の前にあった黒と白のタイルは粉々になり、土の地面が剥き出しになっていた。
「よーし、これで、問題ないねぇ」
俺達英雄が必死になって突破できる道を探したギミックを、カーマインは呆気なく力だけで無効化した。
ゲームではありえない。ダンジョンの壁や床は破壊不能オブジェクトのはずだ。
「見てるんだろ? レンちゃん! 今殺しに行くからさ、いっぱい後悔しててちょーだい」
まあ、想定済みだ。この程度で止められないことくらい。
悪いが、後悔するのはお前の方だよ、カーマイン。
俺は次の作戦に移行する。英雄の闘いを見せてやろう。
________騎士団長_________
俺に油断はないが、レンという男は侮れない。ここも俺を誘い出すための場所だ。あえていろんな人にここに行くことを触れ回っていたのだろう。俺が調べればすぐにここにいることが分かった。
おびき寄せられているのは分かっている。しかし、俺は蠅の円環を奴が持つ限り向かうしかない。
奴は一つ失策を犯した。エリス王女と離れるべきではなかった。彼女がここにいないのであれば、俺は遠慮をする必要がなくなる。
俺の中には明確な優先順位がある。俺の目的のためなら、レンの仲間もろとも殺す覚悟は出来ている。容赦はしない。
細い通路を進む。『動体感知』『魔力感知』『気配察知』などの索敵スキルを常時発動し、五感を研ぎ澄ませる。俺は身体の周りに薄い膜のようなものをイメージする。
俺の反応速度ならば、その膜に触れた瞬間に回避や反撃が可能だ。
壁が迫り出してくる。俺はバックステップでかわす。少し進むと天井から槍が降ってくるが、こちらもかわす。
様々な罠があるが、どれも子供騙しだ。何もない空間も「魔力感知』で、微細な魔力を感じる。近寄らない方が良いだろう。
まだレンからの攻撃はこない。俺に死角はない。早く襲ってきてほしいものだ。
しばらく進むと正方形の部屋についた。真ん中に光を放つクリスタルがある。俺は最大限の警戒をする。部屋の中央に移動すると、金属のような細い身体を持つ人形が数体現れる。
魔法で動いている人形だろう。刺客なのは分かるが、動きは緩慢だ。俺の敵ではない。
俺は先頭の人形の首に瞬時に斧の刃を入れる。その感触ですぐに理解する。『物理ダメージ無効』だ。普通の人間ならば、ここで焦るだろうな。
だが、俺は潜ってきた修羅場の数が違う。『物理ダメージ無効』のスキルを持つ相手くらい何度も戦ってきた。
【エンチャントフレイム】
全ての物理ダメージを火属性に変換する魔法だ。これで俺は『物理ダメージ無効』の敵を倒してきた。
「……!?」
俺はここで事態を理解する。
魔法が使用出来ない。
なるほど、これがレンの策か。物理属性無効の敵に魔法を封じられる。倒す術がなくなる。
だが、甘い。それだけでは俺は倒せない。俺には圧倒的な防御力がある。正確にはロンベル様が与えてくれたこの鎧の力だが、俺には並の攻撃力ではダメージが通らない。
それにこんな遅い攻撃に当たるはずもない。俺は人形の攻撃を回避しようとした。
俺に人形の打撃が入る。
「あ?」
意味が分からない。今俺は避けたはずだ。こんな斬撃、受けるはずがない。
そこで俺は理解する。移動ができない。
俺はそれでも焦らない。俺には最強の防御力がある。実際に先程の攻撃も俺には効かなかった。
この程度がレンの策なら拍子抜けだ。しかし、実際に困ってはいる。物理属性無効に魔法使用禁止ならこの戦いが終わらない。
俺がやられることもないが、戦いを終わらせることもできない。
いっそのこと、この部屋ごと力で破壊するか。またはあの宝石を壊すのも良いかもしれない。
「待っていたよ、カーマイン」
俺に声がかけられる。
俺は慌てて振り返った。足が地面から動かないから、多少無理な態勢になる。
そこにレンがいた。レンは部屋の天井隅にいた。部屋の装飾の出っ張りに、足をかけている。
動いていなかったから俺の『動体感知』にかからなかったのだろう。
「レンちゃーん、やるねぇ、俺はまんまと罠に嵌められたわけだ?」
俺は陽気な声を出しながら、奴を殺す策を探す。移動は出来ないから、広範囲スキルを使う必要がある。
「無駄だよ、カーマイン、今広範囲スキルで俺を殺そうとしたでしょ?」
図星だった。実際使用しようとしても、スキルは発動されない。スキルも制限されているようだ。
「いやー、すごいねぇ、レンちゃんってさ、何者? 何でこんなこと知ってんの?」
「企業秘密でね、それより、カーマイン、お前とゆっくり話したかった、こんな場でもないと襲われるから話せないからな」
「ああ、俺も何も出来なくて暇なんだよ、話相手になってほしいねぇ」
「お前、エルザを殺す気ないだろ?」
俺は出来る限り反応を示さないように努力した。核心をついた質問だ。しかし、思わず黙り込んでしまう。それが肯定を意味すると分かっていながら。
「やっぱりか、おかしいと思ったんだ、エルザがやられるなんてお前しかありえない、だけど、お前は強すぎる、エルザが生き残れるはずがない」
「ただの気まぐれだよ、殺そうと思えばいつでも殺せる」
「嘘はいいよ、お前はエルザを殺さない、理由を教えてほしい」
苛立つな。俺は意識して落ち着いた声を出す。
「レンちゃん、理由なんて大したことないよ、ほら、エルザちゃん、別嬪さんじゃん、殺すには惜しいでしょ」
「そう、答える気はないか、じょあ、質問を変えよう、なぜベルゼブブ復活を狙う」
こいつは今までの人間とは別物だ。目が語っている。全てを知り尽くしている。意味がわからない。こいつはこの前、召喚された勇者という魔王を倒すための存在ではないのか。
レンは続ける。
「俺はお前と戦いたくない、お前が本当のことを言ってくれるなら、俺たちは協力できるかもしれない」
協力?
何が協力だ。
お前に俺の何が分かる。
あの絶望を知りもしない奴が、勝手なことを言うな。俺の苦しみをお前に分かってもらおうなどと思わない。
苛立つ。何も知らぬ他人が、軽々しい言葉を吐くな。
「黙れ、小僧があぁ!」