地の利
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俺は横たわっているエルザを見つけた。まだ青い粒子になってないから、生きていることは分かる。
剣が折れている。戦いの跡もある。俺は不思議に思った。
エルザは全キャラの中でもかなり高いステータスを持つ。俺だからこそ、赤子を相手するように戦えているが、普通ならばエルザの『天歩』に反応すらできない。
そのエルザがここまでやられる相手がいるとは思えない。
カーマインならば可能だろうが、そうなると別の疑問が湧く。カーマインが相手ならば、間違いなくエルザは殺されているからだ。生き残っていることがおかしい。
俺は気絶したエルザにエクストラポーションを使った。これで命に別条はないだろう。エルザを担いで、歩き出す。
ここはグランダル城下町の端にある墓地だ。ゲンリュウの道場で、エルザに宛てられた手紙を発見したことから、この場所がわかった。
その手紙はエルザの性格をよく熟知して書かれていた。誘い出して1人にするためのものだ。エルザなら罠と分かっていても向かうだろう。
何があったのかはエルザに聞いてみないと分からない。俺は墓地から移動しながら、地面に出来ている傷を見つけた。
これは場所からして、エルザが戦ったものではない。
俺の中で1つの仮説が頭に浮かんでいる。しかし、俺はそれを信じたくはなかった。
その仮説を信じてしまえば、俺の剣が鈍る。それが結果として俺や仲間を危険に晒すかもしれない。
この理不尽な世界では、甘い考え1つが命取りになる。
俺はエルザをゲンリュウの道場に届けた。気を失っている。これは状態異常ではない。ゲームではなかったことだ。
リンにエルザのことを任せた。俺はそろそろ行動を決めなければならない。逃げているだけでは解決が出来ない。
エルザが素振りをしていた稽古場に向かう。ここは誰もいないので静かに集中できる。胡座を組んで目を閉じた。この世界に来てから、集中状態が少しずつ深くなっている。
視界が暗くなり、俺は思考の海に沈んでいく。深く、より深く。聞こえていた小鳥の声や風の音が遠のいていき、完全に消える。
入った。
ゴールの認識。最終目的はカーマインの討伐だ。カーマインを倒さない限り、エルザイベントは終わらない。
現実世界で蝿の円環から、ベルゼブブが解放されれば、グランダル王国の多くの命が失われる。それだけはあってはならない。
このまま、俺が蝿の円環を持ち逃げするのも得策ではない。いつカーマインに見つけられるか分からない状態で、今後の旅は出来ない。不意打ちを喰らえば終わりだ。
カーマインの強さは純粋なものだ。よくあるぶっ壊れたスキルや特殊な効果によって強いのではない。単純にステータスが高く、スキルが強力だ。
だからこそ、対策が立てづらい。
300レベルまで仕上げたキャラでもステータスが全然足りない。ハイ系のバフでようやくそのステータスは何とかなるレベルだ。覚醒ポチよりもステータスが高い。
仲間になるキャラではないので、強さに際限がない。そもそもゲームでは戦うことが出来るのが、ベルゼブブを討伐した後なので、それを前提にしたレベル設定になっている。
防御力が高すぎるので、通常攻撃ではダメージが通らない。俺は斬鉄剣があるから問題ないが、それ以外の武器では最大級のダメージを与えられるスキルでようやくダメージが通る。
魔法防御力も高く、ソラリスやアリアテーゼクラスでないとダメージが通らない。ユキならダメージは与えられるだろうが、わずかなものだろう。
攻撃力も高く、防御力特化の300レベルキャラで通常攻撃一撃を耐えられるぐらいだ。攻撃スキルを使われたらどんなキャラでも即死する。
英雄にとって厄介なのが、カーマインは広範囲に当たり判定がある攻撃スキルをよく使うことだ。当たり判定が狭ければ、英雄の回避術により、いくらでも戦える。それが出来ないから、強い。
素早さも俺たちよりかなり速い。英雄でも、ギリギリ反応できるレベルだ。それでもモーションからの未来予知で何とか通常攻撃は回避できる。
しかし、広範囲スキルを使われてしまえば、もはや未来予知していても死ぬ。
状態異常の完全耐性を持っているが、デバフ系は耐性がないので効果がある。
そして、魔法も使用してくる。物理系のキャラには『物理ダメージ無効』などのスキルで対応できるが、カーマインはその隙がない。
俺のマジックナイトのスキルである『魔法剣』と似た手法で戦うことができる。エンチャント系の魔法で、自身の物理属性ダメージを他の魔法属性に変換できる。
勝つために、戦力を増強させるのは今からだと間に合わない。ならば、今持っているカードで勝ち切らないとならない。
俺はそのための道筋を模索する。無数の選択肢から、正解を探す。
カーマインと戦う上で、俺にアドバンテージがある部分が1つだけある。それはカーマインが追う立場だということだ。
つまり戦う場所はこちらで決めることができる。それならば、地の利を最大限使える。
俺には一つ心当たりがある。ゲームではイベントで戦う場所は決められていた。現実になったからこそ、勝てる可能性が高まる。
考えうる最高の舞台はあの場所だ。LOLスタッフの悪意が凝縮し、プレイヤーを幾度となく絶叫させてきた嫌がらせダンジョン。
シャルドレーク遺跡。
グランダル王国から北に進んだ位置にある。徒歩で移動可能だ。ここはあの考古学者ジャスパーのイベントで回ることになる場所だ。
シャルドレーク遺跡には敵モンスターが出現しない。正確にはギミックの一つとして、ゴーレムは出現する。余裕のように思われるが、やはり無理ゲーだ。
ここのテーマはギミックだ。トラップがそこら中にあり、その悪意に何度も嫌というほど死ぬ。
もはや初見ではクリア不可能なレベルだ。何度も死にながらクリアしていくことになる。
ここに籠城する。カーマインは蝿の円環を諦めない。必ず乗り込んでくる。そこで、決着をつけよう。
方針は決まったが、まだ栄光への道は見えない。
ゲームでも実際に俺はカーマインと戦ったことがない。その前のベルゼブブで断念した。だから、俺は経験ではなく、データとして知識があるだけだ。
それだけでは明確な勝ち筋を見出すことが困難な相手だった。
俺は目を開けた。再び時が流れ出し、自然の音が蘇る。
俺は他の仲間にも移動の準備をするように声をかける。道場の他の人たちにも行き先を告げた。カーマインが聞きつけてくれることを期待しての行動だ。
既に夜が近づいていた。人通りが少なくなれば、俺も危険だ。蝿の円環を持っている限り、俺はカーマインに狙われる。早く移動を開始しよう。
俺は道場を出てダインの鍛冶場に向かう。もう仕事を終わるタイミングだったのか、ダインは道具の片付けをしていた。
「お! 同志じゃないか! 戻ってたんだな」
俺のことを同志と呼ぶ。別に俺はマロンちゃんのファンではないのだが。
「ダイン、申し訳ないが急ぎの仕事を頼みたい、実は武器作成の依頼がある、材料はこれで」
「同志には恩があるからな! 何だって作るぜ! また、マロンちゃんグッズがあったらよろしくな!」
ダインは快く引き受けてくれた。
その後、リリーさんのアイテムショップで必要なものを買い揃える。今回の作戦はリン抜きで行うから、ハイ系のバフ効果のあるアイテムも揃えた。またデバフ系も念のため揃えておく。
グランダル王国の入り口には既に仲間達が集まっていた。ユキ、ギルバート、ポチ、ドラクロワだ。リンにはエルザに付いていてもらう。カーマインでなければ、リンがエルザを守り切れる。エルザ自身も強いから問題はないだろう。
「旦那、それでどこに奴を誘い出すんだ?」
「目的地はシャルドレーク遺跡だ」
プレイヤーを絶望に叩き落としてきたLOLスタッフの悪意が、今度は俺たちを守る最強の盾になる。