表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
148/370

夢の終わり



エルザが消えた。



これはゲームのイベントではない。エルザイベントにそんなシナリオはない。



不味い。エルザは命を狙われている。もしカーマインが1人でいるエルザを見つければ、殺される。



しかし、どこに行ったのか検討もつかない。この街は広すぎる。闇雲に探し回るのは得策ではない。



「ポチ! エルザの匂いを辿れるか!」



「え? そんなの普通に無理だよ」



思いつきで言ってみたが、ポチの鼻はそんなにハイスペックではなかったらしい。



「とにかく目撃者を探そう! あの銀白色の鎧は人目を引く、見かけた人がいるはずだ」



俺達は聞き込みを始めた。













___________正義の騎士に憧れた女__________







私は何をしている。命を狙われているのは分かっている。罠だということも知っている。



それでも真実が知りたかった。そして、守られているばかりなのが嫌だった。



私は誰よりも強くなりたかった。だから、死に物狂いで努力した。私にはこの剣の才能しか残されていない。



だから、自分の力で切り開きたかった。



風が吹く。目の前の花が儚げに揺れた。



ここにあるのはただの石の塊だ。この世界では死なんてありふれたもの。私が傭兵をしている間にも多くの者の死を見てきた。



この石の塊は、残された者のためにある。そこに故人がいると、思い込むことで自身の心を鎮める。現実に向き合う辛さを抑えてくれる。



アネッサ。あなたは幼い私にとって母親のような存在だった。



足が速いことを褒めてくれた唯一の人だった。私の剣を応援してくれた人だった。



「エリス王女は才能があるんですね」



そう言ってくれた人だった。常に優秀なロンベルと比較され、出来損ないの烙印を押され続けた私に、彼女はそう言ってくれた。



あの頃の父は、厳格な人だった。私やロンベルに厳しい教育を施した。次期王にするために、国の発展のために、あの人はそんなことしか考えていなかったのだと思う。



そして、それに応えられるロンベルと、応えられない私がいた。しかし、父はその結果に怒りもしなければ、褒めもしなこった。



ロンベルがいくら素晴らしい結果を残そうと、王はロンベルに厳しく接した。そして、私がいくら落ちこぼれようと、それを叱責しなかった。



幼い私はその理由を感じ取っていた。これは私に対する優しさではない。期待の大きさだ。



ロンベルには期待しているから、厳しくする。私はできないのが当たり前、初めから期待なんてしていない。



別にそんな父を恨んではいなかった。王としての重責に報いるため、必要なことだったのだろう。現にロンベルは優秀な王子に育った。



ロンベルのことも嫌いではない。彼の努力を私は近くで見てきた。嫉妬することも多かったが、今の彼がいるのは努力の成果だ。



兄弟仲も悪くはなかったが、ロンベルは私より早く大人になったように感じた。私の気を悪くしないように、気を使っていることも知っている。



弟に気を遣われる姉など、惨めでしかない。



誰にも期待されないという経験は、私にとって日常でありながら、地獄だった。



毎日、大人たちの悪い言葉を浴び続ける。それは直接的ではなく、影口だ。影口だとしても、自然と私の耳にも入ってくるほどの頻度だった。



弟とは違って、出来損ないだ。



王になるのはロンベル様に決まっている。



あの王女が王の血を引いているとは思えない。



教えている講師たちが不憫に思えてくる。



いつも暗い顔をしてて、不気味だ。ロンベル様のように愛想がない。



俺はロンベル様を擁立したいな。あの王女は泥舟だ。



事故か何かで死んでくれれば、王位継承もすっきりするよな。俺たち貴族は誰の派閥に入ったかで将来が変わる。



あの王女には派閥すら生まれないだろうな。



聞こえてくる声に私は毎日こっそりと泣いた。私は1人の時はずっと泣いていた。



でも、皆の前では何事もないようにふるまった。それが私の唯一残された対抗手段だった。



どんな悪口を言われても気にしてないぞ、そう皆に思わせたかった。しかし、独りの時は耐え切れずに泣いてしまった。私は本当は弱かった。



剣を手に取ってから、私の世界は変わった。私にも才能というものがあるのだと知った。



どんどんと強くなっていく自覚があった。それがたまらなく嬉しかった。私はより強くなるために剣の腕を磨いた。



事実として、わたしは団長以外の他の騎士よりも強くなっていた。あとは目標としている団長に勝つことだけだった。



アネッサは母親のように優しく私を支えてくれた。本当の母はロンベルを産んですぐに病で亡くなってしまった。私にとって育ての親はアネッサだ。



アネッサは私とロンベルを比べなかった。比較ではなく、別々に見てくれていた。いっぱい褒めてくれた。



きっと私が自分を失わずに、強く生きてこれたのは、アネッサがいてくれたからだ。



彼女がいなければ、私は全て諦めてしまっていただろう。自分のことを何も出来ない、ゴミだと思ったまま、誰にも迷惑をかけないように生きていただろう。



私が剣に目覚めたのは、アネッサが今まで私に声をかけ続けてくれたからだ。



この世界には才能がない人なんてきっといない。皆、何かの才能を持っている。それを見つけることができるかどうか。



アネッサはそう言っていた。



しかし、私の剣は一度折れた。



剣の才能を認めてくれたアネッサを私は剣で守りきれなかった。



仇打ちをしたいという思いはある。アネッサや皆が殺された恨みもある。でも復讐とは別の感情が私の心の中にはある。



私が私でいるために。間違っていなかったことを証明するために。私はこの剣で証明しなければならない。



「我が名は正義の騎士エルザ、あの時の屈辱、ここで晴らそうか」



私は振り向く。そこに立つ男は一輪の花を持っていた。



「俺も、アネッサに花をあげたいんだけどねぇ」



私は剣を抜く。全神経を目の前の男に集中する。



「そんなことが許されると本気で思っているのか?」



「……」



一輪の花をそっと道の脇に置いた。



「なぜあの時、アネッサを殺した? 団長」



団長、いや、カーマインは私を見た。隙だらけで敵意を感じない。



「さあー、何でだろうねぇ」



「そうか、では質問を変えよう」



私は剣先をカーマインに向ける。



「私をここに呼び出して、殺すつもりか」



カーマインは周りを見渡して、言った。



「お墓で暴れるなんて、罰当たりなことじゃーない、仏さんに悪いからさ、ちょっと移ろうか」



意味が分からない。自分でこの場所を指定しておいて、場所を変えるなどと。



いつの間にか私の鎧に手紙が差し込まれていた。私はその手紙を読み、全てを終わらせるためにここに来た。



「よーし、こっち、こっち」



カーマインはそう言って、私に背中を向けて歩き出す。完全に無防備だが、私は大人しくついていく。不意打ちなど正義の騎士がすることではない。



私はふと周りに微かな戦闘の後があることに気づいた。長いこと戦場を渡り歩いて来た経験から気づくことができた。以前ここで誰かが戦ったのだろうか。



しばらく歩き、開けた丘の上にたどり着いた。前を進んでいたカーマインが止まる。



「なあ、姫ちゃん、このままどこかに逃げた方がいいんじゃないかい?」



「意味がわからない、お前は私を殺すために呼びつけたのだろう」



カーマインは頭をくしゃくしゃと書く。



「殺すつもりならさ、ほら、もうやってるよ、俺ね、無駄なこと嫌いなわけ、別に姫ちゃんいなくなってくれれば、それでいいの」



「残念だが、私はお前を倒さなければならない、正義の騎士として」



「相変わらず頭硬いねぇ、正義ってのは何?」



「正義とは悪しき者から弱き者を救うこと」



「いやいや、俺にはさっぱり分からない、その悪しきものの基準がさ」



「……」



「例えば戦争している国があって、それぞれの兵士は家に家族がいる、国のために戦ってる、これはどっちが悪しき者なの? ん? 答えられる?」



「そ、それは……」



私は答えられなかった。



「まあいい、俺は姫ちゃんにとっての悪しき者なんだろ? なら倒さねぇとな」



そうだ。それは間違いない。あの時、私の命を狙い、アネッサや皆を殺したのはこいつだ。



私は重心を下げる。



あれから私は強くなった。全てはお前に勝つために。私の大切なものを奪ったお前に勝つために。



『天歩』



誰にも真似できない、私だけの技。一瞬で距離を侵食する最速の移動術。



私は剣をカーマインに向ける。



「遅い」



カーマインが私の剣を鎧の手で掴んだ。ありえない。私の速さを破ったのは、レンだけだったのに。



そのまま、剣を折られ、私は地面に叩きつけられた。凄まじいパワーだった。肺の中の空気が一気になくなり、苦痛が全神経を駆け巡る。



殺される。そう悟った。同時にそれで良いと思ってしまった。



私は負けた。積み重ねてきた全てがやはり無駄だった。努力は報われる。それは努力をやめさせないための言葉だ。



この世には無駄な努力がある。



私の唯一の才能。剣で私は再び負けた。



「なぜ立ち上がらない?」



カーマインは追撃をしない。私から数歩離れる。



「俺はさ、お前みたいな奴は剣を握る資格すらないと思うね、何も守れない、独りよがりの剣だ、折れて当然、だから、もうやめろ、二度と剣なんて握るな」



カーマインの言葉に、体中から怒りが湧いてくる。私が経験した血も滲むような道を、否定してほしくない。



「お前は弱い、お前に出来るのは逃げることだけだ、あの時から何も変わっていない」



「うるさい、うるさいうるさい! 私は……私は強くなったもん!」



私は立ち上がり、重心を下げる。折れた剣ではあるが、私の最強の技、『剣嵐』で終わらせる。



発動しようとした瞬間、私の視界が回った。何が起こったのか理解できない。気づいた時には激痛とともに再び硬い地面に蹲っていた。



「俺はお前に素手で勝てる、お前が極めてきた剣は俺の素手よりも弱い」



ああ、この感じを私は覚えている。途方もない実力差があり、決して敵わぬと身体が理解させられる。



絶望。この感情はそう呼ばれるものだろう。あの時、感じたものと同じだ。



「この街から消えろ、どこか遠い街で俺に怯えながら隠れて暮らせ」



雨が降り始めた。無様な私に容赦なく雨が降り注ぐ。



「叶わない夢を持つな」



もう分かっている。



私はずっと夢を見る少女だった。夢を見て、努力する自分に酔っていた。頑張っていれば、いつかは叶うとそう思っていた。



現実はそんな物語のようには進まない。私の努力は結局、何の成果も残せなかった。



カーマインはもう姿を消していた。残された私に、雨は勢いを強めた。



起き上がることができない。泥水が私の髪を汚す。



カーマインの言ったことが正しい。私はもう勝つことができない。何が正義の騎士だ。まるで子供の戯言だ。



涙がとめどなく溢れてくる。それが雨に混じって地面に染み込む。



ごめん。アネッサ、皆。私は弱かった。みんなを守れなかった。



私は王女に生まれた。世間一般的に言えば、恵まれているのだろう。



貧しい農村で暮らしている子供も多い。私が不幸なんていえば、石を投げられるかもしれない。



でも、私は決して幸せではない。否定され続けて、唯一の才能と思えた剣さえも、私の心と共に折れた。



「私は……」



声が嗄れている。嗚咽が混じる。雨が口に入ってくる。



「……何の取り柄もない、ただの女だ」



もうやめにしよう。こんなに頑張ったんだ。これから頑張らなくても、きっとみんな許してくれる。



カーマインの言う通りだ。剣なんて捨てて、ひっそりと誰にもバレないように暮らせば良い。



もしかしたら、結構幸せな生活かもしれない。料理だって上手くなるだろうし、素敵な旦那さんにも出会えるかもしれない。



剣なんて、人を殺す道具だ。握らない方が幸せに決まってる。



この世界にはそうやって諦めることで、上手く生きている人間がいっぱいいる。何も特別なことじゃない。



私もその一員になれれば、どれだけ楽になれるか。




















雨が止んだ。



いや、違う。雨が遮られた。



私の顔を覗き込む男によって。



私は涙で滲む視界で、彼の顔を見た。今、一番会いたいと思っていた人だった。



なぜこんな奴に会いたいなんて思ったのか分からない。でも、私は彼の顔を見て、安堵した。そして、ゆっくり目を閉じた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ