真の覚醒
「くぅーん、じゃあどうするの?」
「ポチ、そんな困った顔をするなよ、俺がどんな奴かはもう知ってるだろ?」
「うん、いつも予想を超えるヘンテコな手でズルする」
「……」
ポチはまだ人間の言葉に慣れていないようだ。表現が少しおかしいが気にしないことにしよう。
俺はトロイメントと戦うつもりなんて毛頭ない。
トロイメントは強いし、対策も必要だし、何より、ここは夢の世界とか行っておきながら、ただの別マップ扱いで時間経過も同じだから、早く仲間の下に戻りたい。
それに倒してしまうとポチが『信頼の絆』を手に入れてしまう。あんなゴミスキルいらない。
考えてもみてほしい。『信頼の絆』はポチのステータスに俺のステータスを上乗せする効果だ。ポチはそもそもステータスがめちゃくちゃ低いので、上乗せしててもたかがしれてる。
更にポチは武器を装備することが出来ないし、ネタスキルばかりで攻撃特化のスキルもない。
つまりちょっとステータスが俺より上回ったところで、あまり意味はない。これがポチの人気が中々出ない理由だ。プレイヤーはアニマからなる長い覚醒イベントでやっとポチが強くなると信じて、トロイメントを倒す。
そして、そのスキルの使えなさに絶望する流れが一般的だ。そもそも一定時間で元に戻るし、クールタイム長いし、一度攻撃参加しちゃったら、敵から弱体化したポチが攻撃対象になるし、最悪な状況だ。
俺が求めている覚醒は、『信頼の絆』のことではない。
真の覚醒はLOLスタッフの悪意を超え、自ら起こすものだ。
俺はポチがウォルフガングにも匹敵するアタッカーになると思っている。それは『信頼の絆』など、比べ物にならない。
そのために、俺は彼を連れてきた。
俺は無理矢理連れてきた仲間に近づく。気持ちよさそうに熟睡している。
俺は彼の頬を強めにビンタした。
「ひっひいいぃ、ぼくちんに何てことをするんだ! パパにも叩かれたことないのに!」
グランダル王国のNPC、ラインハルトと美女を取り合っていたちっちゃい、ずんぐりむっくりな男、父親ポポスが失脚したことで、街中で有名な男、商人コポポだ。
コポポは嫌な奴だが、ある一点に置いて、類い稀なるユニークスキルを持つ。『いたぁぁい! 帰るぅぅ!』だ。
これは1でもダメージを受けると自動で発動し、強制的にグランダル王国に戻されてしまう。
一見、厄介なスキルであるが、見方を変えると別の側面がある。どんなところにいても、グランダル王国に戻ることが出来るスキルだ。
本来、別マップを移動するようなアイテム、スキルは存在しない。イリュージョンのように同一マップ内を移動するスキルはあるが、別マップの移動はない。
某国民的ゲームにあるような、魔法で行ったことのある町にワープすることもできない。早く移動するためには、飛空艇や飛龍などを使わないとならない。
LOLスタッフはいかにプレイヤーを苦しめようかと考え続けている。そのため、コポポのスキルはどこにいようと戻されるような特殊な設計になっている。
それを利用したのが、俺たち英雄だ。
俺の言う覚醒ポチは、『信頼の絆』を手に入れたポチじゃない。今俺の目の前にいるポチだ。
イベントで夢の中限定のポチを強引に連れて帰る。ここは夢の中という設定だが、実際はただの別マップ。夢の中のポチは実際に存在している。
夢の中のポチは彼の理想的な姿となっている。LOLスタッフもイベント限定の一時的なものだと思い、現実味を無視したアホみたいなステータスにしている。
邪龍を一撃で葬り、ウォルフガングの一撃に余裕で耐えられる、そんなイメージのステータスだ。さすがに誇張表現は混じっているが、化け物じみたステータスには間違いない。
攻撃力と防御力はウォルフガングを超え、素早さも俺より遥かに早い。全ステータスが300レベルオーバーのどのキャラよりも高い、スーパーバランスブレイカーだ。
これが、俺がポチが最高の仲間だと呼ぶ理由。ポチは全キャラ中、最強のアタッカーとなる。
コポポが光始め、スキルが発動される。俺はトロイメントに目をやった。
「トロイメント、協力を感謝するよ、おかげでポチは最強になった、それじゃあ、おじゃましました」
俺たちは白い光に包まれた。
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視界が変わっていく。そこは元のコポポの屋敷だった。
「ふぅー、成功したな」
俺はびっくりして、言葉を失っている相棒に声をかけた。
「ようこそ、現実世界へ、これからもいっぱいおしゃべりしような!」
ポチは自分の身体を見回し、周囲を見渡した。そして、涙目になって、俺を見上げた。
「人間になった!」
正確には獣人だが、尻尾が高速でふりふりしている。よっぽど嬉しかったのだろう。
これで戦力は大幅に向上した。カーマインとの戦いでポチがいてくれれば百人力だ。
俺は喚き散らすコポポを何とか宥めた。幸いエルドラドで俺は大金持ちになっているので、謝礼で解決した。コポポはお金が大好きだからホクホク顔だった。
ゲームであれば途中でコポポを外すことが出来ないから、シュタルクまで連れていく必要があったが、現実ではあっさりお別れできて良かった。
俺たちはコポポの屋敷が出る。ポチは見知った街であるはずなのに、やけに弾んだ足取りだった。
「あ、いた!」
「おう、レン、大変だぜ!」
街中を歩いていると、リンとドラクロワが慌てた様子で現れる。
そして、俺の横のポチを見つけた。
「ん? 誰だ? そいつ」
「パーティ最強のアタッカー、ポチだ」
俺の紹介に、ドラクロワの中で何かのスイッチが入る。最強という言葉が琴線に触れたようだ。
「最強? この俺よりもか?」
「ああ、ドラクロワより強いな」
「ふん、そんなわけねぇだろ!」
「なら、試してみたら?」
俺は面白そうだから、あえて煽る。
「ふん、後悔するなよ?」
ドラクロワは怒りを露わにしながら、拳をポチの腹に減り込ませた。しかし、ポチの反応は至って淡白だった。
「あれ? ドラクロワ、手加減してくれたの? 全然痛くない」
ドラクロワが怒りでわなわなと震え始める。
「今のは手加減したんだよ! 俺の本気は今の攻撃の一億倍の強さがある!」
「一億! すごい!」
「ということで食いやがれ!」
本気の蹴りが不意打ち気味にポチの顔面に炸裂する。
「あれ?……やっぱり痛くない」
「次はポチの番だぞ、これは遊びだからな、軽くパンチしてやれ」
「わかった! えい!」
ポチの軽いパンチがドラクロワに当たる。
「ぐほっおお!」
ドラクロワが錐揉みしながら、凄まじい速度で吹き飛んでいった。そのまま、ゴミ捨て場にダイブした。
「本当にポチなの?」
リンが吹き飛んだドラクロワのことを無視して尋ねる。
「レンが人間にしてくれた!」
そのまま、人懐っこくリンに抱きつく。リンは我慢できず、そのふわふわの髪を撫で始めた。
「くぅーん、リン、くすぐったい」
「この手触り、ポチで間違いない」
俺もポチをわしゃわしゃしたかったが、気になっていることを聞いた。
「そういえば、さっきドラクロワが大変だって言ってたが、何のことだ?」
ポチをなでなでしていたリンは我に帰った。
「そうだった! エルザが姿を消したの」




