覚醒イベント
「息子に指示をしてはいけなかったかな?」
高速でブルブル頭をふる。
「滅相もございません! 父上!」
ラインハルトが心底ジェラルドを恐れているのが伝わってくる。気持ちは分かる。俺もジェラルドさん恐いし。
「それより、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」
「王城が爆破されたから私も状況を確認しにきた、そんな緊急事態に女に声をかけている愚か者がいるとは思わなかったが」
「ひっ!」
ラインハルトは生まれたての子鹿のように震えている。
「何やらきな臭い、ラインハルト、お前は弱いが、いざというときは戦え」
ジェラルドはかなりの切れ者だ。反乱軍の企てに何か気づいているようだ。ラインハルトを弱いと言えるほどの強さを持っている。
「ん? 君は確か、エルドラドで会った……」
ジェラルドが俺の存在に気づいた。俺は軽く会釈する。
「レンです、その節はお世話になりました」
「君にはゴルディ逮捕を手伝ってもらった、感謝しているよ」
ジェラルドは丁寧に礼をする。紳士的で礼節を重んじている。中身は生粋のエゴイストだが、外面は良い。
「では私は失礼するよ、王族の方々が心配だからね」
ジェラルドはそう言って、去って行く。姿が完全に見えなくなってから、ラインハルトは急に態度を変えて、俺に絡んできた。
「お前はあの化け物親父と知り合いなのか? 顔が広い奴だな、僕は正直、王族とかどうでも良い、可愛い美人な王女でもいれば話は別だけどな」
「そうだ、1つ言い忘れたんだが、マリリンがたまには顔を見せろと言っている、ジークはたまに会いにくるが、同じ街に住むお前は全然顔を見せないと嘆いている、ヒースも遠いからな、マリリンはさみしい思いをしている」
「ひっ! まだいらしたのですか!? 父上」
いつのまにか背後にジェラルドがいる。
「それと、私が化け物親父と呼ばれる理由については今度、じっくり聞かせてもらおう」
ラインハルトは絶望に打ちひしがれていた。今度こそ本当にジェラルドが去って行く。
俺は眠り粉を取り出して、ナンパ野郎の顔面に容赦なくぶつけた。
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ステータスというのは便利なものだ。300レベルを超えていれば、眠った人を担いで運ぶことも造作ない。
どこで夢の世界に行こうか迷ったが、こいつの家を借りようと考えた。夢の世界には寝ないといけないから、さすがに外では無理だし、ゲンリュウの道場でしてしまえば、周りに人がいるから、夢の世界に巻き込んでしまう可能性もあった。
父親が有名人であるから家はとても立派な屋敷だった。本人は大して稼いでないと思うので、父親の金だろう。
俺は召使いに、彼とは友達で急に体調が悪くなったなら、連れてきたと説明した。何も疑わずに部屋に通してくれる。
早速、準備に取り掛かる。部屋の外を確認して、召使いが近くにいないか確認する。巻き込むわけにはいかない。
誰もいないことが分かり、俺はアイテム、夢の器を取り出す。これをポチに差し出す。
「ポチ、これからお前は強くなる、また力を貸してくれ」
「くぅん」
ポチは俺の言葉を理解したのか、頷いてくれたよう見えた。夢の器をポチに差し出す。ポチは肉球を押し付けて、その蓋を外した。
さあ、俺の最高の仲間、ポチ覚醒イベントを始めよう。
空間が歪んでいく。甲高い女性の笑い声がどこからか聞こえた。
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真っ白い世界に俺はいた。
「レン、目が覚めた?」
目の前には可愛らしい少年がいる。クリクリの目に、もふもふの髪、犬耳がピンと立っている。
服は俺とそっくりだが、色違いのものを着ていた。ふさふさの尻尾が後ろで揺れている。
「やあ、ポチ、やっと話ができたな」
人間になった美少年ポチさんだ。
「うん、この夢の中だけみたいだけど」
「この世界なら、お前は理想的な姿でいられる」
ここはポチの理想が叶う彼の夢の中という設定だ。ここにいるトロイメントを倒すことでポチは覚醒し、現実世界で『信頼の絆』というスキルを得ることができる。
『信頼の絆』はポチのユニークスキルで、一定時間俺のステータス分、全ステータスが上乗せされるというものだ。
元々のポチのステータスの分、俺より全ステータスを上回ることになる。
残念なのは人間の姿はこのイベント中のみで、現実ではまた話ができなくなる。
ちなみにここは夢の中という設定だが、正確には別マップ扱いになる。出るためにはトロイメントを倒してイベントを終わらせる必要がある。
「僕は人間になりたかったから、ここではこの姿みたい、人間になって、レンと一緒に戦えるぐらい強くなりたかった」
「俺はポチに何度も助けられているよ、ポチがいなければシリュウに殺されていたし、ウォルフガングにも敵わなかった」
「それは違うよ、レンが僕のスキルを使っただけ、僕が自分の力で助けたわけじゃない」
「でもこれからは違う、ここから出た後はポチが最大の戦力になる」
「そうだといいな」
いきなり目の前に俺たちが討伐した邪龍が現れる。
「目が覚めたら僕はこんな風に強くなれるのかな」
ポチは可愛らしく小走りで、邪龍に近づいて行き、可愛らしくパンチした。
その瞬間、邪龍は吹き飛んで空の星になった。漫画のような演出だ。
「なれるかもな」
さすがに『信頼の絆』があってもそこまでの強さにはならない。今のポチは彼の理想の姿だ。邪龍を吹き飛ばせるイメージを持っているんだろう。
「僕はリンが羨ましいんだ、初めは僕と同じように弱かったのに、いつの間にかレンと並んでる」
「まあ、リンは特別だからな、でもポチも特別だよ」
「いつも思ってたけど、レンは僕に甘いよね」
「ああ、甘やかすのが、教育方針だ」
「おかげで僕はいっぱいおやつをもらえる」
俺たちは取り止めのない話で笑い合った。
次にウォルフガングが現れる。夢なので何でもありだ。
ウォルフガングが思い切りパンチを放ち、ポチを襲う。
「全然痛くありませーん」
ポチは楽しそうにウォルフガングをパンチして吹き飛ばす。
『ワンミリオンパーンチ』勝手にスキルを作って、ウォルフガングは倒れた。
「僕はレンをずっと側で見てきた」
ポチはにっこり笑って、続ける。
「レンは諦めなくて、困ってる人を見捨てられないお人好しで、ちょっとバカなところあって、ちょっと変なところがあって」
あれ、途中から悪口になっているように感じる。
「でも、最後には解決してしまう、かっこいい英雄だよ」
「そんなに褒めてくれるのはポチくらいだよ」
俺とポチは時間を忘れて、何気ない話を続けた。ポチは俺と喋れるようになったことが嬉しいのか、ずっとお喋りだった。
「そろそろ、戻る時間かな、いっぱい喋ったし、僕も疲れちゃった」
突如、禍々しい巨大な魔法陣が現れる。その中央から仮面パーティなどで使われるような目元に仮面をつけた女が現れる。
顔色は真っ白で、魔術師のような黒いローブに、よくわからないじゃらじゃらしたアクセサリーをふんだんにつけている。木とか石とかでできた東南アジア雑貨っぽいものだ。
「ふふふ、お楽しみのところ悪いのだけれど、もうそこの人間は帰せないわ」
夢の悪魔トロイメントだ。トロイメントは続ける。
「私は獣の王レオンとの契約により、獣人や獣の力を覚醒させてあげているの、だから、そこのワンちゃんは契約通り覚醒して、現実世界に帰してあげる、でもそこの人間は帰す契約ではない」
「ぐるるぅ、レンはこの後、大事な用があるんだ、それに今の僕は強いよ、噛み付いてやる」
トロイメントが指を鳴らすと、ポチに魔法の鎖が絡みついた。
「この世界ではあなたが今の姿でいられるのは、私のおかげよ、あなたを動けなくさせることぐらい造作もないわ」
「くぅーん、レン、ごめん、動けない」
「さあ、早く来なさい、私を倒さない限り、永遠にこの夢から出られないわよ」
トロイメントは強い。問題は物理攻撃無効であることだ。そのくせ魔法防御もかなり高い。ソラリスのような超高火力の魔法攻撃を使えない限り、勝ち目はない。
それに闇魔法が強すぎるから、闇魔法無効のアクセサリーは必須となる。『夢に棲む者』というユニークスキルがあり、トロイメントはMPを無限に使うことができる。
その上、夢の中にはアイテムを持ち込むことができない。素手でノーアイテムで戦うことになるという縛りプレイをしなければならない。そのため、MP回復が不可能なので、初期MPで魔法攻撃をする必要がある。これでは全くMPが足りない。
スキルは使用可能なので、ソラリスのような『MP超高速回復』か『MPドレイン』を持っていないとMP不足で詰む。
「レン! こんな悪魔、倒しちゃえ!」
ポチから信頼の眼差しを向けられる。だから俺は答えた。
「いや、絶対無理、だって、倒す準備してないもん」
ポチが口をあんぐり開ける。
俺は闇属性対策もしてきてないし、MP回復する手段も持ってないし、今トリックスターだから魔法攻撃力も高くないし、ダメージを与えることすらできないだろう。
「何をしているの? 恐れているのかしら? いいわよ、そこにずっといても、あなたはここから出れないだけだから、早く私を倒しに来た方がいいわよ」
トロイメントは魔法陣の上だけが行動範囲だ。早く中に入ってきてほしいのだろう。俺の返答は1つしかない。
「断る! 俺死にたくないし」
「…………」「…………」
ポチとトロイメントがお互いに目を合わせて困った顔をした。何でポチは敵と共感しているのだろう。まるで俺がわがままな子供で、困らせられている保護者達のような構図に見える。