最大の攻撃手段
俺は床に腰掛けて、力を抜いていた。
「ふうー、無事に解除出来てよかった……」
思わず安堵して呟いてしまう。
そして、どこからか大きな拍手が聞こえた。
「いやー、すごいねぇ、本当に解除しちゃったんだ、さすが王国を救ったヒーローだね」
巨大な斧と同じ色の赤黒い鎧を身につけたカーマインが現れる。俺は一気に臨戦体勢を取る。カーマインはにっこり笑って拍手をしていた。
「……」
急に真顔になり、無言になる。凄まじいプレッシャーを感じる。
「……レンちゃん、分かってるよね、あれさ、必要なんだ、返してくれないかな?」
俺が蝿の円環を持っている限り、カーマインは俺を追い続ける。
「あれって何のことだ?」
「……」
また無言で俺を見つめる。しばらくしてカーマインはにっと笑った。
「ははははは、またまたレンちゃん、分かってるくせにぃ、僕の大事な腕輪だよ、君持ってるだろう?」
「なぜその腕輪を欲しがる?」
「なぜってねぇ、こっちにもいろいろ事情があるんだよ、それより、僕も教えて欲しいんだけどさぁ、どこで情報手に入れたの?」
「それは企業秘密でね」
情報提供者を殺すつもりだろう。もともと俺にそんなリソースはない。
「あらあら、つれないねぇ、別にいいよ、君の仲間、全員元から殺すつもりだったし」
「俺たちがお前に負けると?」
「はははは、これは傑作だ、レンちゃんさ、僕の強さ知ってる? 多分ねぇ、君たち勝ち目ないよ」
カーマインの笑みが消える。全身が震えるほどの鋭い眼光が俺を突き刺す。
「さっさと渡せよ、殺すぞ」
俺は震えるのを懸命にこらえて、強気に出る。
「断る」
「……」
カーマインは呆れたように、こめかみをかいた。
「ああ、そう、じゃあ、死ね」
カーマインは斧を握り、膝を曲げた。
俺は極限まで集中する。時の流れが遅くなる。カーマインは速い。次の瞬間、俺の首は飛ぶ。それでも俺はギリギリまで待つ。タイミングが重要だ。
今だ。
『スイッチ』
俺とカーマインの居場所が入れ替わる。カーマインは飛び出す瞬間に入れ替えられたので、前に飛び出してしまい、俺とは反対側に一気に加速した。これで余分な距離が生まれた。
俺はすぐに窓を割って、外に飛び出す。眼下にグランダルの城下町がある。
「リン!」
同時に窓の外で窓枠に捕まっていたリンが壁を蹴って空中に飛び出す。俺はリンの腕を掴む。リンはカーマインの『動体感知』に引っかからないように一切身動きをせず、窓枠に捕まっていた。
リンは足に小石を触れさせ、『雷光突き』を発動する。美しい紫電がリンの身体を覆う。この発動モーションの時間が俺を焦らせる。
俺は振り返る。カーマインが追ってきているが、スキルの発動の方が早い。俺の読みは合っていた。カーマインが飛び出す瞬間に『スイッチ』をすることで、『スイッチ』した後にカーマインが前に移動して距離を稼げる。カーマインの素早さを考慮に入れて、間に合うと計算していた。
リンの『雷光突き』により、一気に加速して、空中を飛んで城から離れる。
カーマインが宝物庫に現れるなどのイレギュラーがあったが、最終的には俺が考えていたシナリオを進められた。
ずっと体内時計でカウントしていた。ゲームで培った俺の時間感覚が極めて正確な自信がある。
俺はもう聞こえない距離だと分かっていたが、カーマインを振り返って言った。
「吹き飛べ、カーマイン」
カーマインがまばゆい光に包まれた。
凄まじい爆発が起こり、王城が半壊した。爆風で空中にいた俺たちも吹き飛ばされる。
俺は初めから爆弾を解除する気などなかった。
全てはこの時のために。
俺はリンの手を強く握った。俺から離れてしまえば、『エアリアル』の使えないリンは落下で死んでしまう。
俺は何とか吹き飛ばされながら、空中でバランスを取り戻した。すぐに地面が迫っていたので、『エアリアル』で落下ダメージを消して着地した。
カーマインを倒すためには、ゲームのルールを超えないといけないと考えていた。だからこそ、『火属性無効』や『根性』、『ワンモアチャンス』すら意味がない爆弾を利用しようと考えた。
だから、俺は兵士に伝言で間違った情報を伝えた。
「あとちょうど10分ある、それまでに全員を非難させてくれ、できる限りこの場所から遠ざかるように伝えてくれ」
俺はこの伝言をカーマインが聞くことに賭けた。カーマインは俺の持つ蝿の円環を諦めない。俺の場所が分かれば、飛んでくるだろう。
しかし、爆弾の規模と威力を知っているカーマインは、爆発に巻き込まれるのを避ける可能性が高い。だから、カーマインは10分待ち、爆発しないことを確認してから俺の下へ来た。俺が解除に成功したと思い込んだ。
その10分が俺の嘘だ。正確には残り13分あった。
あとは解除したふりをして、カーマインを誘き寄せ、自分だけ避難すれば良い。
既に配線の答えは見つけていた。もしギリギリまでカーマインが来なければ、爆弾を解除するつもりでいた。
ゲームではイベント中、自分が城の外に逃げることが出来なかったが、現実では違う。それにユキとドラクロワのおかげでだいぶ時間に余裕ができた。
伝言を聞いたリンが、駆けつけてくれたのもありがたかった。『雷光突き』がなければ、爆風に飲まれていたかもしれない。
あとはこれでカーマインが倒せたかどうかだ。
俺は皆のことも心配だったので、リンと王城の入口広場に向かう。城下町の人々は皆外に出てきて、黒い煙を上げる王城を見つめていた。
走りながら、頭の中に声が聞こえた。
「ねえねえ、君ってとっても強いんだね! もっと皆を守れる強さが欲しくないかい?」
立ち止まって周りを見るが、声の主はいない。リンは突然立ち止まった俺を不思議そうに見ている。
「僕と約束してくれたら、君に誰も手にしたことがないほどの力をあげるよ! 僕をここから出してくれたら、君は皆を守れるようになる」
そして、俺は声の主に気がついた。これがエルザが言っていた声か。俺が手に入れた蝿の円環だ。
「ほら、僕を外に出してくれたら、君は誰よりも……」
「うるさいな、嫌だよ、だって俺、虫嫌いだし」
「え……ちょ、そんな理由で」
その後も何かごちゃごちゃ言ってたけど全部無視したら、その内、何も言わなくなった。
俺たちが王城前の広場に着くと、全員無事に揃っていた。避難は上手く行ったようだ。
「すまない、解除ができなかった」
あえてしなかったのだが、神妙な面持ちで謝っておく。
「レン殿は謝る必要などない、君のおかけで私たちはこうして生きていられる」
顔色の悪い王から労いの言葉をいただく。宝物庫から勝手に物を取っているので、ちょっと居心地が悪い。
その後、兵士達は城の被害状況を確認しに動き出した。俺はもしカーマインが生きている可能性も考えて、王の側を離れなかった。王の側ならさすがに襲われないはずだ。
兵士からの報告を聞き、俺の不安は消えなかった。爆心地からカーマインの斧と鎧が発見されなかった。
本人が死に青い粒子に変わっていれば、イベントアイテムで耐久値が関係しないあの斧と鎧は残されるはず。
もちろん、瓦礫の下に埋まっていて発見出来ていない可能性もある。
しかし、カーマインが生きている前提で考えた方が良いだろう。