宝物庫への侵入
俺は美術保管庫まで来て、息を整えた。そして、兜を深く被り、顔を見えないようにする。ここからはゲームのイベントではない。何が起こるか分からない。
ゆっくりと美術保管庫の前まで歩いていく。部屋の前には2人の衛兵がいた。俺は軽く会釈した。相手も会釈を返してくれる。
その後、俺は2人の目の前で立ち止まった。
「えー、ごほん、俺は実は反乱軍だ! ここのお宝をもらいに来た!」
出来る限り悪っぽく叫ぶ。俺ではなく、反乱軍のせいアピールする。
2人はびっくりして、固まったまま顔を見合わせている。わざとらしかったのかもしれない。
仕方なく俺は先程奪った剣を鞘がついたまま構える。2人も状況が分かったのか、剣を抜き始める。
俺は剣の鞘で叩く。鞘うちは剣系の片手武器に標準装備されている。鞘うちで最大HPの50%のダメージを与えるか、HPを1にすれば、確実に相手を気絶状態にすることができる。
それに鞘うちはHPを0にすることがない。オーバーキルのダメージを与えてもHP1で終わる。誤って兵士を殺してしまうこともない。
一瞬で2人を気絶させる。俺は倒れた2人を順番に部屋の中まで引きずりこんだ。
ここまでは順調だ。問題は鍵がないこと。鍵なしで宝物庫に侵入しなければならない。恐らく鍵はゲームでは存在していない。
イベントの進行以外で、宝物庫が開けられることはないから、そもそも鍵の場所など設定されていないだろう。現実では存在するだろうが、皆目見当が付かない。
だから、俺は鍵を諦めた。俺はゲームの時にイベントで宝物庫に入ったときのことを思い出す。
これは一般的なプレイヤーなら誰もがすることだと思うが、俺は宝物庫に入ったとき、壁の厚さと鍵の形状を確認した。もし中から解錠可能ならドッペルピッキングができるからだ。
その時、俺は内側から鍵を開けられないので、ドッペルピッキングを使えないことを知った。同時に壁の厚さがそこまで厚くないことも確認した。
俺の目測では、あの技が可能なはずだ。
俺は答えを知っている本棚のギミックをあっさりと完成させ、本棚をスライドさせる。その奥には地下に向かう階段があった。
階段を降りていく。そこには小部屋があり、うっすらと光る魔水晶に照らされた扉があった。
ゲームではそもそも、衛兵に邪魔されて物理的にこの部屋にたどり着くことが出来なかった。だから、イベントの進行以外で解放されることはなかったので、実際にあの技を試してはいない。
しかし、俺の目は確かなはずだ。あの厚さなら可能だ。本当にトリックスターに転職しておいて良かった。こんなにすぐに使うことになるとは予想していなかった。
俺は部屋に入るとすぐに、宝物庫の扉に左肩をくっつけた。
俺がしようとしているのは壁抜けだ。壁抜けはゲーマーの夢である。そんな夢を叶えてくれたのがLOLだ。
LOLには薄い壁限定ではあるが、抜ける方法がある。これは別にバグではなく、仕様だと俺は信じている。誰でも思いつくレベルだからだ。さすがにLOLのデバッグスタッフが気づかなかったとは思いたくない。
俺は宝物庫の扉に左肩を押し当てる。
『ドッペル』
ドッペルピッキングと同じ要領で、部屋の向こうに分身を作る。これは壁がある程度薄くなければ成立しない。分身が壁に被る場合はスキルが成功しないからだ。
無事に分身が作れた。俺はにっと笑う。これで成功が確定した。
『スイッチ』
俺はトリックスターで覚えたばかりの『スイッチ』を使用する。『スイッチ』はキャラクター属性のある対象と場所を入れ替えることができる。
そう、ドッペルで作った分身にもキャラクター属性があり、場所を変えることができる。本来であれば、全く意味のない行動だが、今回のように壁の向こうに分身を作れる場合は違う。
分身は時間が経てば、消滅する。だから、『ドッペル』の後、『スイッチ』をすることで、分身と本体を入れ替え、壁の向こう側にプレイヤーを移動させることが可能になる。
ちなみに、シュタルクの門番のにゅーこく審査を突破出来ずに壁抜けをした場合、『マッスルイリュージョン』という謎の空間移動スキルを目の当たりにできる。
俺は目の前に並ぶ宝物の数々に垂涎だった。しかし、自制心を働かせて、必要な物のみ持っていく。俺は泥棒ではない。この辺りのモラルは持ち合わせている。
蝿の円環。俺はその禍々しい形状の腕輪を手に取る。これさえカーマインの手に渡らなければ、ベルゼブブは封印を解かれない。
倒せないならば、戦闘にならなければ良いという俺の作戦は成功した。ベルゼブブと戦闘にならなければ、エルザイベントは一気に楽になる。
問題はカーマインを倒すことだけだ。カーマインは俺もゲームでも戦ったことがない。情報を得ているだけだ。
だから、出来ることならば、カーマインとの戦闘も回避したい。しかし、それは難しいだろう。カーマインがそもそもの元凶だからだ。
あいつを倒すこと以外にエルザが生き残る方法はない。
俺は再び『ドッペルスイッチ』を行い、部屋の外に出た。あとは何食わぬ顔で皆と合流し、反乱軍を倒して、爆弾を見つけるだけだ。
爆弾はちゃんと捜索出来ているだろうか。リンやギルバートが王を説得し、兵士総動員で探してもらう予定だ。これはゲームでは出来なかった手なので、若干現実で可能か不安が残る。
その時、俺は絶望の音を聞いた。誰かが階段を降りてくる。小部屋に重い足音が響く。
同時にまだ姿は見えないが、声が聞こえた。
「いやぁ、よくないねぇー、国の宝を荒らしちゃダメだよ」
ありえない。なぜあいつがここに。カーマインだけはやばい。いくら俺が300レベルを越えていたとしても、意味がない。もはや出会った瞬間に終わる。
奴がここに来たということは、俺が敵だと認識しているだろう。言い訳で誤魔化せる可能性はない。カーマインは間違いなく俺を殺す。
奴が声を出したということは、俺の存在に気づいているからだ。索敵スキル『動体感知』を上で使用し、俺に気づいたのだろう。
隠れる場所なんてないし、逃げる道もない。唯一の上階への階段にカーマインがいる。
この小部屋でカーマインに攻撃して、脱出するのは現実的でない。『金ダライ』で強制スタンしても、わずか数秒だ。逃げきれない。
足音はゆっくりと近づいてくる。俺に残された選択肢は1つしかない。
もう一度、宝物庫に戻ることだ。
これは賭けだ。カーマインが鍵を持っていなければ、宝物庫を開けることは出来ない。
俺は急いで壁に左肩を押し当てた。