憧れた夢
_______王女の回想_______
私は夜に目を覚ました。中々寝付けない。仕方なく、道場に移動する。こうゆうときは剣を振るに限る。
私が剣を振っていると、物音がした。私が警戒して振り向くと、そこにはレンがいた。
「お前、こんな夜中に素振りって、変人だな」
「失礼な、心を落ち着かせるには素振りが一番だ」
「そうか、じゃあ、俺もするかな」
レンは私に並んで素振りを始めた。型も何もない下手くそな太刀筋だ。それなのに強い。わけの分からない男だ。
ふとレンに私のことを話したくなった。レンは強くて、変な奴で、私に酷いことをした。それなのに、何故か信頼できる安心感がある。一緒にいるとほっとする。
「少し、昔話を聞いてくれないか」
「ん? いいよ、無言で素振りするのも暇だし」
何故だろう。彼の前だと、私は強がらなくてもいい気がした。
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私は王女の資質がない。
幼少期から教育を施された。礼儀や形式、芸術、そして政治、担当の講師が付き、私を教えた。
出来が良い方ではなかった。講師達が私の能力にため息をつくのが嫌いだった。特に弟のロンベルが生まれてからは、資質のある弟と事あるごとに比較された。
唯一、私のことを認めてくれたのは世話役のアネッサだけだった。「王女には王女の良い所がある」ずっと私をそう励ましてくれた。
私は勉強をするよりも、身体を動かすことが好きだった。よく王城中を走り回って怒られた。足が速いことを褒めてくれたのもアネッサだけだった。
王城の中で一番好きな場所は兵士訓練場だった。兵士達は汗をかきながら、国を守るために訓練を積んでいる。私はその光景をカッコ良いと思った。
その中で私は将来の夢が決まった。弱きものを悪から守る、正義の騎士になりたかった。その理想とした人物が訓練場にいた。
カーマイン騎士団長だ。小さな私はよくだんちょーと呼んでいた。
団長の剣に私は見惚れてしまっていた。力強く、美しい剣だった。一振りするだけで、他の人とはまるで違うことが分かった。
私はよく団長に稽古をつけてと頼み込んでいた。王女に怪我をさせられないといつも断られていたが、しつこく頼み続けるとようやく私にも剣を握らせてくれた。
剣を初めて振ってみた。頭にあるイメージと実際の太刀筋は全然違った。こんなに重いものだとは思ってもみなかった。
私はそこからも訓練場に入り浸り、訓練させてもらった。お父さんには団長が護身術も王族に必須だと進言してくれた。
兵士の皆は優しかった。一緒に汗を流して、何だか立場を超えた、友達のように感じていた。
アネッサはよく擦り傷が絶えない私の手当をしてくれた。私が自分の剣術に足りないところがどこかや団長の凄さについて熱弁しているのを、微笑ましく聴いてくれた。
私は剣の才能があった。初めは遊びで始めた稽古だが、身体が成長するにつれて、兵士達では相手にならなくなった。
だから、よく団長に手合わせしてもらっていた。私が全力を出しても敵わなかった。強くなったからこそ、団長と私の距離が分かった。団長は手を抜いているにも関わらず、敵う気がしなかった。
一度も団長の本気を見たことがなかった。一度で良いから見てみたかった。きっと、この世界で最強の強さを持っていると思った。
そんな楽しい時はあっけなく終わった。
きっかけは分からない。だけど、団長は変わってしまった。何が変わったか言葉では言い表せない。きっと毎日団長と過ごしてきた私だから気づいた。
その日、団長は剣を持っていなかった。代わりに戦闘用の両手斧を持っていた。赤黒い色の柄が嫌いだった。
アネッサの話によると、お父さんが褒美として、宝物庫にある伝説の武器を渡したらしい。
斧を使った団長の戦いは確かに強かった。剣を使う以上の迫力があった。しかし、私はどうしても好きになれなかった。
それに少しずつ、団長の性格も変わっていくように思えた。いつからか騎士団の訓練は過酷なものとなり、訓練場で笑顔を見せる者はいなくなった。
兵士達からは鬼のカーマインと呼ばれているらしい。
私は自然と団長から離れるようになっていった。
そして、運命の日は訪れた。
夜に外が騒がしいことで、目を覚ました。すぐに何かが起こったのだと気づき、ベッドの下から護身用の剣を取り出して、廊下に出た。
悲鳴が聞こえる。誰かが戦っている音がする。私はすぐにその方向に向かった。本来ならば、王女の私は逃げるべきだった。しかし、私は既に並みの兵士よりも強くなっていた。ならば救える命もあるはず。
外は大雨で雷が轟いていた。私は部屋に入った。部屋は暗く、雷の光が窓から差し込んだ。
鎧を着た者がいた。兜を被っており、顔は見えない。暗くて鎧の色も分からない。
その者は私を視認した。私は剣を構えた。仲の良かった、一緒に生活していた皆が青い粒子に変わっていく。
アネッサはまだ生きていた。腰を抜かして震えている。
苦しくて、悲しかった。怒りも湧き出した。恐怖心もあった。感情がごちゃ混ぜになり、頭がおかしくなりそうだった。それでも、私は剣を構えた。
多分、私の心の中には全てに動じない芯があったのだろう。正義の騎士になる、子供じみた夢を私は本気で目指していた。この場でアネッサを守れるのは自分しかいない、そんな使命感に突き動かされた。
私は一気に走り出し、剣を振った。そこからはがむしゃらでよく覚えていない。強く記憶に残ったのは、圧倒的な敗北感だった。
まるで歯が立たなかった。自分の努力は何の意味もなかった。勉強も出来ない、政治も出来ない、そして、唯一の心の糧だった剣も、何の意味もなかった。
心が絶望に満たされた。その時に頭の中に声が聞こえた。
「苦しいよね? いやだよね? ぼくも本当は君を死なせたくないんだよ」
目の前の鎧の男は動きを止めている。
「君は本当はこの城の外の世界に行きたいって思っているんだろ? 狭い世界に閉じ込められるのは嫌だって思ってるんだろ?」
頭の中に響く、その声はとても心地が良かった。
「僕も同じさ、僕も狭いところに閉じ込められる、ここから出してほしいんだ」
心から共感できた。もう狭い世界に閉じ込められるのは嫌だ。
「本当は君を襲いたいんじゃない、もし君が協力者になってくれるなら、君を襲う理由はなくなるよ、もちろん君のお友達も助けてあげるよ」
私が協力者になれば、生きていられる。アネッサが殺されずに済む。
「僕と約束してほしいんだ、僕が外に出るために協力してくれるって、君は王族なんだから、それが可能なんだ」
目の前の男の鎧が、淡く光って見えた。私はその鎧に手を伸ばそうとした。
「そうだよ、ほら、早く約束しよう」
「ダメです! エリス様!」
私は剣を振り抜いた。
鎧の男には回避されてしまった。アネッサの声で私は決めた。これが私の選択だ。私は大切な人を殺された相手に協力なんてしない。それは正義ではない。
「はぁ、後悔するよ、仕方がない、早く君を消して弟君を王にしよう」
再び鎧の男が動き出す。私は全力で声を絞り出し、恐怖で萎縮した筋肉を解放する。
この時の戦いを私は一生忘れない。剣を振るう度に、攻撃を受ける度に私の今までの努力が否定されていく。そして、私を追い込んだのは、私がその剣を知っていたからだ。
初めは似ているだけだと思っていた。でもここまで剣を合わせれば分かる。私はこの男の剣をよく知っている。ずっと近くで見ていた剣だ。
私の剣が払われ、私は衝撃で剣を手放してしまう。
私は尻餅をついて、男を見上げていた。
そして、また声がした。今度は頭の中に響く声ではなく、目の前の男から発せられた肉声だった。
「弱いな、お前では誰も守れない」
私の中の何かが崩れ落ちた。それはきっともう元には戻せないものだ。
剣が容赦なく振り下ろされる。そして、私の大切な家族、アネッサが青い粒子となり、消えた。
「え……」
現実味が湧かなかった。まるでそれが当然であるかのように、あっさりとアネッサが消えた。最後の彼女の表情さえ見えなかった。
自分の人生に大きな影響を与えてくれた大切な人が死ぬのが、ここまで呆気ないと思っていなかった。
男が私に近づく。
私はもう生きるのを放棄していた。このまま死ぬのだろう。
私の人生には何もなかった。何を為すでもなく死ぬ。子供じみた夢を、そのかけらすら見えないまま、死ぬ。大切な人も守れずに死ぬ。
私に剣が振り下ろされた。私は目を瞑る。
「まだ死ぬには若すぎるわ」
白髪の老人が男の剣を受け止めていた。手には刀が握られている。
知らない人だった。
「老いはしたが、わしの剣を受け切れるかの」
老人の剣は私が全く知らないものだった。騎士とは違う。流れるような美しさを持っていた。老人は私よりも遥かに強かった。
少しして、老人は不敵に笑って言った。
「ふっ、わしじゃ勝てん、逃げるぞ!」
そう言って、私を抱えて、凄まじい速さで逃げ始めた。鎧の男は追ってこなかった。
翌朝、王と老人が話をし、私は内密に死を偽装し、老人と一緒に暮らすことになった。私は王位になど興味がなかったし、王もそれが私にとって一番幸せなことだと判断してくれた。
老人はゲンリュウといい。あの日、たまたま王の友人として王城に客品として招待されていたらしい。
最後まで私はその男の正体については何も言わなかった。私が信じたくなかったのと、信じてもらえないと思った。
そして、私は王城を出た。
予期せぬ形で、外の世界を見たいという私の願いは叶った。
そこから数年は剣を握るだけで、震えてしまい、吐いてしまった。もう体に恐怖心が刻み込まれていた。
だけど、師匠の温かい声がけがあり、私は少しずつ剣を振れるようになっていった。
そして、私はもう一度、正義の騎士を目指して、スタートしようと思った。
今度は大切な人を守り切れるように。
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俺は素振りをやめていた。
エルザの話はゲームでも知らなかったことだ。彼女が憧れる正義の騎士。俺が馬鹿にできるような夢じゃなかった。
俺は勘違いをしていたのかもしれない。ゲームでは、結局エルザイベントの結末を誰も知らない。
真の敵は蝿の王ベルゼブブ。カーマインはベルゼブブによって復活のために操られたという見方もできる。
しかし、ゲームではベルゼブブを倒した後にカーマインと戦う流れだった。ここにはまだ俺が知らない設定があるのかもしれない。
俺はエルザの話を聞いて、伝えておきたいことができた。
「俺は好きだよ」
俺はお世辞を言うのが苦手だ。相手によく思われるために、ペラペラと嘘をつくことができない。
だけど、本心なら伝えられる。
エルザも素振りをやめていた。俺を見つめている。窓から差し込む月の光に照らされて、瞳が煌めいて見えた。もしかしたら、少し涙ぐんでいるのかもしれない。
「エルザは夢を諦めずにまた立ち上がった、俺はその生き方が好きだよ、なれるさ、正義の騎士に」
エルザはおかしそうに笑顔を見せた。同時に堪えていた涙が一筋は頬を伝った。
「……ふふ、一瞬勘違いしそうになったよ、レンは他の人とは違うな、何だか特別な存在だ、いいだろう、我は正義の騎士エルザ、あらゆる難敵から人々を守ることをここに誓おう」
俺も誓った。このエルザイベントを完全クリアし、彼女にハッピーエンドを送ろうと。