師匠
今日は休むことになり、各々が自分の部屋に向かった。外ではシュタルクの騎士団達が状況の確認と復興に忙しそうだ。
俺の部屋にノックがされる。誰かは分かっている。
「入っていいよ」
俺の声を聞いて、リンが姿を表す。リンは俺に単刀直入に言った。
「レン、この後の情報が欲しい、これから先、かなり厳しい戦いになるんでしょ?」
リンだけは、俺の葛藤を見抜いていた。なぜ俺がそこまで知っているのかは分からないだろうが、今までの経験から俺が既に情報を持っていることに感づいた。
「リンはいつのまにか強くなったな」
これは言葉通りの意味もあるが、思考が俺に、英雄に追いついていることへの賛辞だ。
「そうゆうのいいから、教えてよ」
そう言いながら、リンは少し照れくさそうだった。
「覚えておいてくれ、カーマインには注意をしろ、奴が今回の黒幕だ、リンは確かに強くなった、それでも足りない、俺の言っていることが分かるだろ?」
「ええ、私は強くなった自負がある、でもアリアテーゼやプロメテウスに単独で勝てないと分かる、そのレベルってこと?」
「ああ、情報が少ない分、それ以上かもしれない」
間違いなくプロメテウスやアリアテーゼよりも強い。彼等はミレニアム懸賞イベントにはなっていない。ゲーム時代に倒せたプレイヤーが存在する。
しかし、カーマインは誰一人倒せていない。そもそもその前のベルゼブブを突破出来たのが、数人なので、調査数は少ないが。
「一応、戦う可能性がある敵の情報は教えておくよ、でも、俺が知らないこともある前提でいてくれ」
俺はこの後起こるイベントの詳細と敵の情報を伝える。特にベルゼブブとカーマインは入念に共有する。
話を聞いた後、リンは神妙な顔で尋ねてきた。
「レン、今の話を聞くかぎり、ベルゼブブとカーマインには勝つ見込みがない」
冷静に分析できるリンだから、分かるのだろう。どれだけベルゼブブとカーマインを倒すことが無理ゲーなのか。
「その攻略法は今考え中だ、リンも何か思いついたら教えてくれ」
リンは少し嬉しそうに頷いた。頼りにされるのが嬉しいのだろう。俺は本当にリンを頼りにしている。彼女はもう英雄の一人だ。
早朝、俺たちはこっそりとシュタルクを出た。騎士団から事情聴取でもされたら面倒だからだ。
エルザは深くフードを被って姿を隠している。
俺は歩きながらエルザと雑談を交わす。
「貴殿は……なぜそんなにも強い」
「レンでいいよ、まあ少なくとも回避だけなら世界一の自信はある」
「確かに、初めて会った時、全く攻撃が当たらなくてびっくりした」
「エルザは『天歩』の際に癖が出る、いくら速くても避けられるよ」
「私が王女でも、レンの態度は変わらないな」
「まあな、そもそもこんなお転婆な王女を俺は認めない」
エルザはくすくすと笑った。
シュタルクからグランダル王国は近い。昼過ぎにはグランダル王国に到着した。
移動途中の敵を倒したら、トリックスターの熟練度が上がった。無限Gにより、シャドウアサシンで経験値を稼いでいたからだろう。
トリックスターの第一スキル、『スイッチ』半径20メートル以内の対象と立ち位置を交換することができる。
『スイッチ』は非常に汎用性が高いスキルだ。例えば大きなため時間が必要なスキルを仲間に発動させ、ギリギリまで自分が敵を引きつける。そして、発動する寸前にその仲間と『スイッチ』すれば、ノーリスクでため技を発動できる。
他にも仲間が狙われてピンチになったとき、『スイッチ』して攻撃を引き受けることもできる。
また敵との『スイッチ』もできる。『イリュージョン』のような緊急回避の一手として使用することも可能だ。
もちろん制限はある。例えば敵が巨大で、自分が狭い場所にいるときは『スイッチ』できない。移動した相手がその場に収まることが条件だ。これは逆の場合も同様となる。
またキャラクター属性のついたものとしか発動しない。つまりオブジェクト、物体と場所を交換することはできない。
王都イベントの前に『スイッチ』が使用できたことは僥倖だ。
王国に到着した俺たちは、そのまますぐにエルザの師匠の元に向かう。俺はどこに行くか知っていて、気が乗らなかったがシナリオの進行上仕方がない。
グランダル王国の端にある長い石段を俺たちは登る。ポチも若干気まずそうなのは気のせいだろうか。
石段を登り切り、広い庭に出る。看板には、疾風迅雷の文字が書かれていた。
「師匠!」
エルザがそこに佇む人物に声をかける。俺もよく知っている男だ。
「ほほう、エルザか、久しいな」
かつて四英雄として魔王を封印したパーティの1人。そして、現国王のサミュエル=グランダルの友人にして、エルザの師匠。そして、ポチの元飼い主。
ゲンリュウだった。
俺を見て、ゲンリュウは驚いて指を刺す。
「ああ! 貴様は我が愛犬を奪った輩!」
「その節はすみませんでした!」
俺は平謝りし、空気を読んだポチがゲンリュウに甘えることで事なきを得た。さすがポチ、その辺は抜かりない。やっぱりポチは最高だ。
その後、ゲンリュウの家に案内された。畳の部屋が久しぶり過ぎて、ついゴロゴロ転がっていたらゲンリュウに怒られた。
「まさか師匠とレンが知り合いだったとはな」
「知り合いじゃないわ、こやつ、わしのポチを連れ去った」
相当根に持っているらしい。しかし、そこでゲンリュウは表情を変えた。
「それより、貴様、どうやってそこまでの力を手に入れた? あの頃とは比べ物にならん、貴様もわし同様、剣を極めておるな」
これだから達人は困る。なぜ俺が『剣の極み』を取得したことを見ただけで分かるのだろうか。
「私の剣嵐を受けても傷一つなかった、やはりレンも師匠同様の極地にいたのだな」
「喝! その壺に触るでない! 一体いくらすると思っとるんじゃ!」
ドラクロワが後ろで飾ってある壺に触れようとして、思い切り怒られた。ゲンリュウさん、見もしないのに背後のドラクロワの動きを察知している。やっぱり達人だ。
「お、おう、そんな怒るなよ、暇だったんだ」
ドラクロワのことは無視して、ギルバートが本題に入るよう促す。
「ゲンさん、そろそろ、本題に入ろう、俺たちは既にエルザ……エリス王女の生い立ちについて聞いてる」
「エルザでいい、外でその名前を呼ばれるのも危険だから」
「ああ、承知した、それで俺たちはエルザに協力することにした、だからゲンさんに会いに来た」
「ふむ、確かに最近王城がきな臭い、ギルは頼りになるし、信頼がおける、全て話そう」
ギルバートはゲンリュウとも面識があるようだ。顔が広く、皆に慕われている。あれ、なんか俺が主人公じゃない気がしてきた。
「王の体調が悪くてな、そろそろ王位継承をする可能性が出てきた、普通ならばロンベル王子がそのまま王になるはずだが、王が近しいものにエルザに会いたいと漏らしたようじゃ、きっと病気のこともあり、心が弱っていたのだろう」
「父上が……」
「その側近が情報を漏らしたようじゃ、それでロンベル王子を擁立する貴族達の誰かが動き出したのじゃろう、もしエルザが王になれば奴らの不利益は計り知れん、もともと過激なことをする輩が混じっていたからの、それが誰かまでは分からんがな」
「私は……王になど興味はない」
「お主はそうじゃろうな、わしが必死に止めても、正義の騎士になるとかうんちゃら叫んで、飛び出して行ってしまったからの、あの後わしは王に殺されるんじゃないかと冷や冷やしておった」
「そ、それは……なりたかったんだもん」
「これ、正義の騎士はそんな言葉使いはせん、まああの時既に異様に強くなっておったからの、わしでも止められぬほどだと王に言い訳したら、笑っておったわ、元気ならば良いとな、寛容な王で救われた」
「私が王位を辞退する宣言をすれば良いと思う」
「無駄じゃな、お主が急に心変わりするかもしれん、そのリスクがある限り、奴らはお主を狙うじゃろうな」
「手は1つだな」
「お主は黙っとれ」
俺も主人公として会話に混ざりたかったが、一蹴された。
「手は1つじゃな」
それ、俺が先に言ったと心の中で文句を言う。
「ロンベル王子の強硬派を洗い出し、元を叩くしかない」
今から始まるのは、ロンベル派の犯人探しだ。まあ、もう犯人分かってるんだけど。
「ゲーンちゃーん、いるかい?」
外から急に大きな声が聞こえた。
エルザがその声にびくっと反応する。どう見てもその表情には恐怖心があった。
「この声はあやつか、エルザはここにおれ」
ゲンリュウは玄関の方に移動を始める。俺もその後を一緒についていった。
そこにいたのは、アロハシャツと短パンの中年の男だった。
小麦色の日焼けした肌に、鍛え上げられた筋肉。身長も高く2メートル近くある。所々白髪が混じる灰色の髪をオールバックにして固めている。同じ色の髭も丁寧に整えられていた。
「お! いたいたぁ、ちょっと旅行行ってたからさぁ、ゲンちゃんにお土産買ってきたよ」
そう言って包みを渡す。
「美味いよ、これ、海鮮せんべえ、酒と一緒にぐびってやりたくなる味」
「お主も相変わらずじゃな、旅行じゃなく騎士団の遠征討伐じゃろうが」
「はっはっは、遠征も遠足も同じさぁ、楽しかったよ、海!」
そこで後ろにいた俺を見つけた。
「あれー、そこにいるのはもしかして、召喚されたっていう勇者ちゃんじゃないの? あの噂の!」
男はぐっと寄ってきて、手を差し出した。
「いやぁー、光栄だねぇ、ほら、邪竜ちゃん倒したんでしょ? すごいよねぇ、僕もいたら手伝ったんだけど、ちょっと遠くにいてね」
握手をしたが、あまりの力強さに男が手を上下させるだけで俺の身体が揺れる。
「ああ! ごめんごめん、僕のこと話してなかったねぇ、僕はこう見えてグランダル王国の騎士団長をしてるんだ、まあ、肩書きだけで、ぜんっぜん偉くないからフランクに接してくれていいよ」
お前の名前は既に知っている。
「僕はカーマイン、よろしく頼むよ! 勇者ちゃん」