表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
135/371

エルザの秘密



俺は伸ばした手を引っ込めた。触れたらイベントは進む。だから、あえて進めないように行動を変えた。それが最適解だ。代わりに斬鉄剣を後ろから、ベロニカの首筋に押しつけた。



「動くな」



出来る限り冷たい声で、ベロニカを制止する。ベロニカは動きを止めた。



「俺はお前より速い、もう逃げきれない、『脱却』のスキルは再びセットが必要だ、その隙も与えない」



先程追いかけたときに、素早さの違いは理解しただろう。



「お前にとって、任務の失敗は死を意味する、そうだろ?」



ベロニカは無言で頷く。そうベロニカは捕まえられれば、自ら自爆して青い粒子に変わる。ゲームでそんな演出をしてもいいのかと思うが、LOLはそこを攻めている。



だから、ベロニカはエルザイベントより前に、前もって仲間にしておかなければ仲間にすることが出来なくなる。



俺は慎重に言葉を選ぶ。



「交渉しないか? お前の任務を果たさせてやる」



ベロニカが初めて俺の方を振り返る。その目には敵意と疑心が満ちていた。



「どうゆうこと?」



「エルザを殺させてやる」



俺が告げると、ベロニカは不可解そうな顔をした。



「意味不明、今お前は対象を保護している」



対象とはエルザのことだろう。



「ああ、だが、タイミングを見て君に殺してほしい、そのタイミングは今じゃない、まだあの女にはしてもらうことがある」



「納得できない」



「納得してもらうしかないな、俺たちがいる限り、お前は絶対にエルザを殺せない」



俺達のパーティの強さを目の当たりにしただろう。普通に考えれば、勝ち目がないことはわかる。



「だけど、俺はある理由があってエルザを殺したい、だから、俺のタイミングでエルザを襲ってくれ、これは依頼だ」



「私は既に依頼を受けている」



「でも時期を指定されていないだろ? 俺の言うことを聞けば、任務を達成できる、どのみち、俺たちが本気を出せば、お前ら絶対にエルザを殺せない、任務は失敗する、お前が任務を遂行する選択肢は1つしかない」



ベロニカは逡巡する。彼女は最終的に任務が遂行できる道を選ぶ。俺はそう確信していた。



「御意、依頼を承る、お前は私を捕まえようとすれば、捕まえれられた、それをしないのは何か目的があるからと推測」



俺は内心でほっとした。ベロニカは意外に融通が効くらしい。



「一旦シャドウアサシンを止めてくれ」



俺の言葉にベロニカは装備している腕輪を外した。



「期間は5日以内、それまでに合図がなければ、また私から行動を起こす」



「了解、とりあえず連絡できるようにしておこう」



俺はベロニカが組織で使用している通信用の魔道具を渡された。黒塗りの笛だ。



「いつでも動けるようにしておく」



「ああ、頼むよ」



交渉成立だ。ベロニカは一瞬で姿を消して、去っていった。



これで正解だ。ベロニカはカーマインから依頼を受けただけだ。もちろん殺し屋集団なのだから、悪くないわけじゃない。しかし、俺は彼女を死なせたいとは思わない。



彼女は決して依頼を反故にしない。だから、俺は延期を提案した。延期でなければ、ベロニカが納得しない。彼女に依頼を取り下げさせる方法はただ1つ。



依頼主であるカーマインを倒すこと。



それがどれだけ無理ゲーかは分かっている。しかし、もう俺はエルザイベントを始めてしまった。いずれカーマインとは戦うことになる。



それにベロニカには生きていてもらいたい理由がもう一つある。






____________





俺は仲間の元へと戻った。



既にリンは戻っていた。シャドウアサシンが消えたことから、俺が成功したことは分かっているようだ。しかし、表情には疑問が浮かんでいた。



捕まえたベロニカを俺が連れてこなかったからだろう。俺は今後のイベント進行に影響を与える可能性も考え、嘘をつく。



「ベロニカは俺が捕まえたと同時に自爆した」



本来ゲームではそうなる。だから、納得はされるはずだ。生きているとなれば、また狙われるかとエルザを不安にさせてしまう。



それから、俺たちは急足で移動を始めた。一旦身を隠すためだ。エルザが命を狙われていることは間違いない。



もう選挙を続行するのは不可能だ。どんな対応が取られるのか分からないが、今はそれよりも優先すべきことがある。



俺たちは古びた宿屋の部屋に集まった。気が動転していたエルザは少し落ち着いたようだ。



俺は彼女の出立を全て知っている。だから、今彼女がどんな葛藤をしているのかもわかった。



ギルバートが先陣を切る。



「それでお嬢さん、あいつらは何だ? 明らかにあんたを狙っていた」



「それは……」



エルザが苦しそうな顔をする。それだけ言いづらいことなのだろう。



「エルザ、もう俺たちは巻き込まれてる、知らなければ俺たちも殺されるかもしれない、話してくれ」



俺は強く言う。エルザはまだ迷いはあるようだが、ゆっくり話し始めた。



「私の本名は……エリス=グランダル」



その言葉の意味が分かる人間はあまりの衝撃に驚愕した。ユキとドラクロワは訳が分かっていないようだ。



「ん? だから何なんだ?」



ドラクロワが尋ねる。ギルバートが返答した。



「まあドラは人間世界のことはよく知らないよな、えーと、グランダルっていうのは国の名前だ」



「そうなのか? それで?」



「いや、だから、国名を姓に持つってことは、エリス=グランダル……様は王族だ」



エリス=グランダル。現国王サミュエル=グランダルの娘、本物のグランダル王国王女だ。



エルザが続きを話し始める。



「私は記録上、死んだことになっている、命を狙われていたから、死を偽装して、そのあとはただのエルザとして、師匠と暮らしていた」



彼女は自分の命を守るために死を偽装して別人として暮らすことにした。



そして、彼女が師匠と呼ぶ、彼女を守れる強さを持つ者の下にいた。



「師匠は自分の身を守るための強さを与えてくれた」



エルザは抜けたところはあるが、純粋な戦闘能力は極めて高い。自分の命を守るために、彼女は誰よりも強くなった。



「私はもう王家に興味はない、ただ困っている人を助ける正義の騎士でいたいだけだ、しかし、どこかで私の存在が漏れたのだろう」



「なぜ今更命を狙われるんだ?」



ギルバートの質問にエルザは少し間をおいて答えた。



「恐らく父上の容態が悪いからだろう、本来であれば普通に弟であるロンベルが王になるはず、でも私の存在を知っている者が私を擁立しようとしているのかもしれない」



俺は既に知っていた。エルザの固有イベントはもはやメインイベントと言って良い。それだけのスケールとドラマがある。



エリス王女はある時、何者かに命を狙われた。それは弟ロンベルを擁立する貴族の差し金だったと言われている。それを案じた国王は、長い付き合いの友人に死を偽装して娘を預けた。



俺もゲームでエルザイベントを最後までクリアすることは出来ていないので、詳細を全部知っているわけではない。俺の知っているのは、カーマインがクーデターを起こし、無理矢理ロンベルに王位を継承させたところまでだ。



その後ベルゼブブが登場し、俺は負けた。



「すまない、巻き込むつもりはなかった、私は一度王都に戻って師匠に会おうと思う、ここで別れよう」



エルザはそう言って、立ち上がる。現実はゲームとは違う。だから、ここで断ることができる。



周りの反対はあるだろうが、自分の命のためにエルザについていかない選択もあるはずだ。



巻き込まれれば、俺はゲームでもクリア出来なかった無理ゲーに挑戦しなければならない。常識的に考えて、ありえない選択だ。



しかし、もしこの世界で、唯一エルザを救える者がいるとしたら。



それは俺以外にはいないだろう。


















「俺はついていくよ、乗り掛かった船だ」



エルザが少し涙ぐんだ目で俺を見た。他の者達も誇らしげな顔で俺を見ている。ただ1人、リンだけは何かに気づいていた。



「私は……お前を勘違いしていた……、すまない! 私に助力してもらえないだろうか?」



エルザは改めて俺に頭を下げた。俺は彼女の手を取った。



「ああ、俺にも力にならせてくれ」



俺はあえて絶望の道を突き進む。後で後悔するかもしれない。でも、ここで道を曲げるのは違う。



俺しか助けられない命なら、俺が全部救ってみせる。俺は不可能を超える英雄だから。



こうして俺は、生粋のLOLユーザー英雄達でさえ匙を投げた凶悪な無理ゲー、エルザイベントに挑戦することになった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ