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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
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絶望のフラグ



リンの戦いが終わり、話題はリンで持ちきりだった。あの大本命キングマックスが倒されたのだから当然だろう。



俺はそんな中、自分の試合のために立ち上がる。俺にとって次の戦いはとても不安だった。



あの仮面の女との戦いだからだ。



俺は常に情報によって勝利している。相手のスキルやステータス、また過去の経験などから戦略を組み立てている。だから、ドラクロワにも勝つことができた。つまり、全く情報がない相手では勝つ難易度が跳ね上がる。



少なくとも素早さは俺より高い。それはあの酒場で分かった。それに剣の技術もかなりの腕だ。予備動作が少なく、回避がしづらい。



俺は不安を抱えながら、会場に向かう。



既に闘技場の中央に仮面の女は立っていた。



「さあ、戦いの熱は冷めぬまま、あのドラクロワさんを倒したレンさんの試合だぁぁあ!」



俺も随分有名になったようだ。それだけドラクロワ戦が激しかっただろう。



「対する相手はジークフリートさんを倒したダークホース、正体不明さんです!」



名前すら秘密らしい。そもそも国王を決める選挙に本名を名乗らないことが認められていることが信じ難い。



会場は異様な熱気に包まれていた。俺は二刀流を鞘が抜いて構えた。相手も剣を抜く。













「それでは行きましょう! 試合開始!」



審判の声と同時に、仮面の女の姿が消える。これだ。俺でも捉えることができない異常な速さ。



耳に微かな風の音が聞こえた。俺は条件反射で身体が動く。俺はその音を知っていて、その音を聞くと身体が勝手に動く。



背後からの攻撃を回避した。



「あれ? これって……」



俺は慌てた。もしかしたら、この相手は俺の知っている奴かもしれない。



高速で消えては現れて斬りを繰り返すが、その全てを余裕を持って回避する。音を聞くだけで身体が勝手に反応してくれる。



これは『天歩』だ。瞬間移動のような速さで移動できるユニークスキル。そうユニークスキル。だから、決まったキャラしか使用出来ない。



そう言えば、だいぶ前に約束した気がする。戦士の国シュタルクで決闘しようと。完全に忘れていた。



「お前……エルザか?」



普通、ここまで放置されれば帰っているだろう。まさか、今までずっと俺を待っていたのか。忠犬も真っ青だ。



高速で動き回っていた仮面の女が止まる。そして、仮面が外される。そこには気の強い目を持った美しい顔があった。



「そうだ、私は正義の騎士エルザ、貴殿と戦うためにずっと待っていた!」



戦姫エルザ。戦闘能力で言うなら、全キャラの中でもトップクラスだ。しかし、誰もパーティには入れない。仲間にしたらゲーム進行が詰む、LOLが誇る地雷キャラだ。



「いや、普通騙されたってわかるだろ、ずっと待ってないだろ、暇なのか?」



俺の発言にエルザの凛々しい顔が崩れて、涙目になる。



「うるさいうるさい! 毎日今日は来るかもって、でもやっぱり来なくて、でも、もしかしたら明日来てくれるかもって思って、そうやって毎日待ってたんだもん!」



涙目で顔を真っ赤にしている。何だこれは。俺がか弱い女の子をいじめているみたいに見える。会場から俺へのブーイングが起こる。



俺はただ相手にするのが面倒だったから、嘘を吐いて、約束を取り付けて、無視して放置しただけだ。なぜ責められなきゃいけないのか分からない。



ん? もしかして、俺が悪いのか。



涙を拭い、エルザは剣を俺に向ける。顔はまた凛々しい表情に戻っていた。



「私の正体が知れれば、貴殿はまた戦いから逃げると思った、だから仮面をしていた、しかし、もうその必要はない、存分に戦おう」



確かに仮面がなければ、俺はいろいろ手を回して逃げていただろう。エルザを仲間にするわけに行かないからだ。



「え……」



俺の脳裏にとんでもない考えが過ぎった。血の気が引いていく。



俺はエルザと戦わないのは、面倒だからではない。まあ、それも少しあるかもしれないが、もう一つの理由がある。



エルザと戦い、2回勝利することで、エルザが仲間になるからだ。



1回目は世界樹で戦った。あれは魔剣ダイダロスを手に入れるために必要だった。



だから、あと1回は絶対に勝ってはいけない。そのために、戦闘を回避してきた。それなのに、俺は今、なぜかエルザと戦ってしまっている。



LOLユーザー、英雄でさえ持つ共通見解がある。それは『エルザを仲間にすると終わる』だ。



俺の取る行動は1つ。そもそもゲームでもクリア出来なかったのに、現実になったら命がいくつあっても足りない。それだけは阻止しなければならない。だから、俺はすぐに行動を起こした。



「降参! 降参しまーす! 負けました! 僕の負けです! すみませんでした!」



俺はすぐに白旗を上げる。勝ちさえしなければ良いのだ。



審判が突然のことで唖然としている。



「え……その……レン選手、降参のようなので、この戦い正体不明さん……あ、エルザさんの……」



「待ちなさい!」



エルザが制止する。



「降参など認めません、試合を継続します、良いですね?」



審判はその迫力に押されて、頷く。



いや、降参したのだから、勝っておいてくれよ。俺は心の中で激しくツッコむ。



こうなったら次の手だ。場外に出るしかない。



俺は全力で場外に出ようと走り出した。あの技をされる前に場外に行かなければならない。



そう思ったとき、エルザの重心が下がった。ああ、本当に最悪だ。



エルザの奥義『剣嵐』。高速で『天歩』を使用しながら、無差別に切りつける広範囲攻撃だ。発動する前に上空にいなければ、回避は不可能。



俺は避けることもせず、全身でその攻撃を受ける。



「うわぁぁ、なんて威力だ、やられたぁあ!」



そして、スキルが終わると同時に地面に倒れた。



頼む審判、気づかないでくれと祈りながら。



「勝負ありました! レンさん、戦闘不能により、エルザさんのしょう……」



「待ちなさい!」



もう本当にやめてくれ。



エルザが俺に近づき、俺を無理矢理立たせる。



「ダメージを一切受けてないようね」



ああ、そうだよ。俺は『剣の極み』により斬撃属性ダメージ無効だから、エルザがどれだけ頑張ってもダメージ受けない。



「おっと、何とレン選手、無傷だったようだ! ん?」



審判が何かに気づき、地面を見ている。



やばいやばいやばい。俺が気づかれて欲しくなかったのは、死んだふりなんかじゃない。もう一つ絶対に気づかれてはいけないことがあった。



だから、エルザがあの技を使う前に場外に出る必要があった。



「これは……」



審判は念入りに地面を調べている。俺は絶望的な表情で頭を抱えた。終わった。



「エルザ選手、場外! 場外です! よってレン選手の勝利!」



エルザが突然のことで、口を大きく開けて間抜けな表情をしている。



俺は『剣嵐』の効果範囲を熟知している。この円の中で使用すれば、間違いなくはみ出す。高速で動くから、見逃すとも思えたが、地面に足跡が残ってしまっていた。



審判が気づかないことを心から祈っていたが、無駄だったようだ。



「私は……また……負けたのか?」



エルザが自分の手を見つめながら呟く。



「いやいやいや、ノーカウント! ノーカン、ノーカン! エルザは全然負けてないよ! むしろ勝負はこれからだ! 審判! 試合を続行しよう! 頼む! 続行してくれ!」



審判は首を横に振る。



「ルールは絶対です、場外に出たので、エルザさんの負けです」



「オーマイゴッド……」



なぜエルザの要求は通って、俺の要求は通らないのだろう。世の中は理不尽に満ちている。



俺はこれから訪れる絶望に打ちひしがれながら、エルザに音もなく、放たれていた毒針を空中で叩き落とした。


















「え?」



エルザは何が起こったか、理解していないようだ。俺はもう諦めた。既にエルザの固有イベントのフラグが立ってしまった。

この飛んできた毒針がその証拠だ。



ああ、こうしてまた俺の無理ゲーは始まるのか。



泣きたくなる気もするが、俺は気持ちを切り替えた。



賽は投げられた。今出来ることは、迫り来る理不尽を全力で打ち払うのみ。



まずはファーストステップ。毒針を投げた張本人、暗殺者ベロニカを相手にしよう。





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