英雄の領域へ
俺の戦いが終わった。ドラクロワは両頬をパンと叩き、俺に握手を求めた。
「戦えて良かった、気付かされたぜ、鍛えることだけが強さじゃねぇ、戦術って言えばいいのか、それをレンぐらい練ることが出来れば、もっと強くなれる、次に戦ったときは俺様が勝つ!」
俺はドラクロワと握手を交わす。力強い手だった。
ひと昔前の少年漫画のような展開だが、俺は嫌いじゃない。喧嘩をして殴り合って、河原で2人で寝そべって友情が芽生えるという奴だ。
ドラクロワと少し仲良くなれた気がする。
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俺は観客席に戻った。ギルバートは俺たち2人とも大きく賞賛してくれた。外から見てると、凄まじい戦いだったようだ。
そのあとはしばらくあまり興味のない試合が続き、俺は暇だったのでポチと遊んでいた。番狂わせも起こらず、順当に勝つだろう人が勝ち上がっていく。
そして、ついに注目の戦いが行われる。
「いよいよ、始まるな」
ギルバートは不安げな表情で下を見下ろす。リンとキングの戦いが始まろうとしていた。
正直、リンが勝つ見込みはない。既に『キングパンチ』を前の試合で使用していたら勝ち目はあるが、ここまで一度も『キングパンチ』を使っていない。
次のリンとの試合、間違いなく『キングパンチ』が発動する。
俺でさえ『キングパンチ』は回避出来ないから、バトルロワイヤルで1位の恩恵がなければ、キングマックスに勝つことは出来ない。
そもそも『キングパンチ』が発動する瞬間、正確にはモーションが始まってマックスが振りかぶった時に、システム上、時が止まる。
その間は空中だろうが、何かのスキル中であろうが、全てが止まる。
これはゲームのシステムなので、どうにもならない。そして、身動きができないプレイヤーにパンチが炸裂し、時が動き出す。
吹き飛ばされている間も2秒ほど身動きが取れない。そして、2秒後には余裕で壁か地面に激突しており、場外判定となる。
そもそも、ダメージはとてつもなく高く。300レベルを越えていても一撃で死ぬ。
もはや発動された瞬間に負けが確定するぶっこわれスキルだ。
会場にリンとマックスが現れた。まるで巨人と少女だ。
大歓声が上がる。これは注目されているカードだ。当然マックスの人気は不動。それに加えて、リンはここまでの試合で人気を勝ち得た。
可愛らしい容姿に、恐ろしいほどの強さ。そして、俺が教え込んだ回避術。人気が出るのも当然だ。
「さあ、やってまいりました! ついに我らがキングと、彗星のように現れた可憐な闘士リンの戦いが始まります!」
司会が煽り、会場は喧騒に包まれる。
「旦那、嬢ちゃんに勝ち目はあるのか?」
ギルバートが心配そうに聞いてくる。
「……リンには悪いが、勝ち目はない」
そもそもゲーム時代にも『キングパンチ』の攻略法は見つけられていない。そのため、試合で使われないようにするのが、攻略法だった。
「さあ、それでは行きましょう!」
ゴングが鳴り、試合が開始される。
先手はリンだった。風のように突進し、エクスカリボーでマックスを叩く。クリティカルが発生し、激しい音が響く。リンは一切手を緩めず、凄まじい速度で攻める。
これがリンの選んだ戦略か。俺でもそうせざる得ないかもしれない。
この怒涛の攻めはリンらしくない。これは『キングパンチ』を使われる前にHPを削り取ろうという作戦だろう。
しかし、マックスの最大HPはかなり高い。間に合わないだろう。一つ引っかかるのは、『残影』を使わないことだ。リンら気づいていないのか。
リンの最強のユニークスキル『残影』を使用すれば、ダメージが何倍にも跳ね上がる。効果時間は10秒ほどだが、『キングパンチ』を使われる前に倒し切るなら、温存など無用だ。
マックスの攻撃をリンは回避しながら、同時に攻撃する。回避術はさすがだ。回避だけではなく、全ての回避にカウンターを織り交ぜている。中々出来る芸当ではない。
マックスが腰を落とす。ジャンプする気だ。ノックバック無効の術がないリンには、これを食らえば一発場外が決まる。
リンはそのモーションを見た瞬間、一気にマックスに向かい、ジャンプした。マックスがジャンプで飛び上がるより早く、太い首にしがみつく。そして、マックスと同時に空中へと上がる。
どうやら自分で攻略法を見つけたようだ。ジャンプの効果範囲は範囲内全てだ。本来、回避のしようがない。しかし、マックスの真上はあたり判定がない。
リンは飛び上がったマックスが最高点に達したのを確認し、自分もマックスの身体からジャンプし、更に上に向かう。
マックスが轟音を響かせながら、地面に激突する。衝撃波が広がり、砕けた小石が散乱する。
リンにダメージはない。リンはマックスの頭上にいる。そのまま落下しながら、マックスのウェークポイントの頭に『五月雨斬り』を放つ。
当然全ての攻撃がクリティカルになり、大きなダメージが入る。
リンは自力でマックスのジャンプを攻略した。これで『キングパンチ』以外の攻撃でリンが負けることはないだろう。
十分にリンは成長している。俺が想定した以上だ。
ダメージを与えるペースが早い。俺が想像した以上にダメージを与えられている。これならば、『キングパンチ』を発動させずに倒せる可能性もあるのかもしれない。
リンの猛攻は止まらない。とにかく一手でも多く、攻撃を重ねている。俺の感覚ではマックスのHPが5分の1ほどまで削れた。
しかし、最悪の展開が訪れてしまった。
マックスが特殊なモーションをする。『キングパンチ』の予備動作だ。これでリンの敗北が決まった。
よく頑張っていたと思う。ジャンプも攻略したし、『キングパンチ』使用前に倒そうという戦略も悪くなかった。あとでその点は慰めるべきだろう。
リンはマックスの身体を蹴り、上にジャンプした。
俺の脳裏に一陣の光が走った。
英雄としての思考が、一筋の光となって進む。
「まさか!?」
思わず声を上げて立ち上がった。頭の中にある考えがよぎった。しかし、あのスキルは空中では使用が……いや、方法はある。可能だ。
俺は見つけた栄光への道を。
この絶望的な状況を覆す術を見つけた。そして同時に信じられなかった。
まさか、リンはこの道に気づいているのか。俺よりも早く、栄光への道を見つけていたのか。
もし、本当に彼女がそれを成し得たなら、それは彼女が俺たちの領域に足を踏み入れたことになる。
俺はリンのスキル、ステータスを全て知っている。彼女には恐らく唯一のマックスに勝つ手筋が残っている。
しかし、それは常人には気づくことが出来ない細い光だ。ゲームのNPCがたどり着ける思考ではない。
リンは飛んだ。マックスの斜め上の位置に。偶然とは思えない。俺もその行動で気づくことができた。それなら『残影』を使わなかった理由もわかる。
マックスのスキルにより、時が止まった。
空中でリンが静止する。




