本戦に向けて
翌日、俺たちはシュタルク中央にある闘技場に向かった。本戦の会場となる場所だ。
ゴルディのカジノにあるような趣味の悪いものではない。歴史を感じられる正真正銘の闘技場だ。かなりの広さがある。野球も十分に出来るかもしれない。
観客席は360度、三段階層に分かれており、まさに圧巻な眺めだ。
腹筋がバキバキに割れた褐色肌のお姉さんが、水着姿で売り子をしている。もちろん、売っているものはプロテインだ。
俺がナイスバディーなお姉さんを観察していると、リンに頰を引っ張られた。
「レン、聞いてる? 今日の対戦者の情報をちょうだい」
「いてて、わ、わかってるよ、俺はただ鍛え上げられた筋肉を眺めていただけだって」
「じゃあ、あっちを見たら?」
リンの指差す先には、あの時の黒光り門番がポージングしていた。
「いや……遠慮しとく、じゃあ、情報を伝えるよ」
リンはもう情報の重要性を分かっている。事前に得ている情報によって勝敗が左右される。
ドラクロワは興味ないらしく、どこかに行ってしまった。あいつは頭を使う戦闘が出来ないのだろう。
「そうだな、じゃあ順番に、まずはジークフリート、昨日俺に話しかけにきたイケメンだ」
ジークフリートのスキルや注意点を教える。リンはそれを細かくメモしていた。
「……これぐらいかな、まあ、ジークフリートは俺たちの得意分野だ、リンでも全部回避できるよ、次は猫剣士ミア、特徴はそうだな、猫耳と猫尻尾が可愛いこと」
「真面目に」
「あ、ごめん、それ以外だと、スキル『影猫の爪』だ」
ミアは剣士という設定ではあるが、実際は少し違う。戦い方やスキルがどちらかというと暗殺者に近い形だ。回避がしづらいものも多い。
「そもそも、俺たちが注意すべきことは1つだけだ、場外にならないこと」
「場外?」
「ああ、闘技場の中央に円が描かれているだろ? あれからはみ出すと負けになるんだ、俺たちのレベルならまずHPを削られての敗北はない、負ける可能性があるとしたら場外だ」
300レベルオーバーはもはやLOLの最高レベル値だ。敵で300レベル以上がほぼいないことで、経験値に補正が入り、それ以上上げられなくなってしまう。300レベルあれば、ステータス的にまず負けることがない。
逆に言えば、ノックバックや吹き飛ばしにレベル差はない。何レベルであろうと食らってしまう。吹き飛ばされる威力は重さというステータスによる。これはレベルアップでは上がらない。装備によって上昇していく。
しかし、重さが高すぎると素早さに補正がかかってしまい、動きが阻害される。だから、俺たち英雄はできる限り装備を軽くしている。重い鎧や盾など論外だ。
リンも同様。重さのステータスはかなり低いから、吹き飛ばされやすい。俺のように『不動心』を持っていないので、戦闘はさらに注意する必要がある。
「その点で『影猫の爪』は厄介なスキルだ、これは地雷形のスキルで踏んでしまうと足元の影から爪による攻撃を受け、空中に吹き飛ばされてしまうんだ、空中では移動ができないし、踏ん張りもきかないから、追撃を受ければあっけなく場外に吹き飛ばされる」
俺はその対応策をリンに細かく教えた。リンはとても感心しながらメモを取った。
「さすがレンね、正直、こんな方法思いつかない、これでミアは大丈夫、あとはあの国王ね」
「いや……あいつは」
俺は言葉に詰まった。
「早く国王の情報も教えて」
「あ、ああ、キングマックスは常にスーパーアーマー状態だ、つまりどんなダメージ攻撃を受けようが、のけぞりもノックバックもなく、攻撃が発動すると一切キャンセルができない」
それでいて、膨大なHPに防御力もかなり高い。
「攻撃方法はパンチとキックとジャンプ、パンチはとにかく速い、腕の動きだけなら俺たちの素早さを越える、見てから回避は不可能だから、モーションから予測する」
幸い、振りかぶるモーションは大きいので、十分に軌道予測する時間はある。
「キックはそんなに速くないから、見てからでもかわせるが、当たり判定が意外に広い、奴の前方180度に2m近い判定がある」
ただのキックのはずが、前方中範囲攻撃となっている。
「そして、一番やばいのがジャンプだ、これは広範囲攻撃、飛び上がって着地の衝撃波を出す技だ、範囲はあの円の中全て、つまり回避不可能、空中にいたとしても衝撃波を受ける、円の中は障害物が何もないから、吹き飛ばし対策をしていないと対応できない。
リンは賢いから、俺が何を言いたいか伝わっただろう。今のリンでは勝つことができない。リンは『不動心』のようなスキルを持っていないし、同じ効果のある装備はここでは手に入らない。重さを上げようと重装備すれば、回避ができなくなる。
つまり、リンでは勝つことが出来ない。
「……攻撃力は? 私でも一撃でやられる?」
「いや、一番威力が高いパンチをノーガードでもらっても、一撃ではやられないだろうな、ただノックバックは凄まじい、リンの重さで受ければ、一発場外だ」
「私が倒すためには何発くらい必要?」
「そうだな、エクスカリボーによるクリティカルの恩恵を入れても、200以上はいるんじゃないかな」
「それなら、吹き飛ばされさえしなければ、時間はかかっても……」
「いや、勝てない」
そんなにLOLは甘くない。それなら『不動心』か不屈の腕輪を装備するだけで勝てるヌルゲーになってしまう。
「キングマックスにはもう一つ、最後の切り札がある」
だからこそ、俺は予選のバトルロワイヤルを一位で通過する必要があった。
「さっき伝えたパンチやキック、ジャンプはそもそもただの通常攻撃だ、本当にやばいのは、唯一のスキル『キングパンチ』、ただのパンチだが、回避が不可能だ」
『キングパンチ』が発動した瞬間、対象者は身動きが取れなくなってしまう。システム上、絶対に回避ができない。
そして、その威力は凄まじく。俺でも一撃でやられる。『根性』系のスキルや『武の極み』による打撃ダメージ無効で耐えることもできるが、場外に必ず吹き飛ばされる。
そもそも吹き飛ばされるところまでが、演出の一環であり、それまで一切身動きできないし、ノックバック無効であっても吹き飛ばされる。
使用された瞬間に負けが確定する。しかし、このスキル、キングマックスのイライラがたまらないと発動しない。ダメージを受けたり、攻撃を回避されたりするごとにマックスは苛立ってくる。
それが名前の通り、マックスまで行くと、『キングパンチ』を発動してくる。このスパンは1試合で溜まることはまずない。何試合かで徐々に溜まっていき、爆発する。
そして、俺が手に入れた一位の権利は、決勝戦まで現国王とはトーナメントで当たらないというものだ。
決勝戦を入れて5試合ある。キングマックスは平均して3から4試合で『キングパンチ』を使用する。つまり、決勝戦ではほぼ使ってこない。だからこそ、一位の権利が必要だった。
決勝戦でキングマックスと戦えば、イライラはほとんど溜まっていないため、『キングパンチ』なしで戦える。
「いつ……身動きが取れるようになるの?」
なるほど。リン目の付け所が違う。
「ヒットしてから2秒後くらいかな」
吹き飛ばされた後に、どうにかしようと考えたのだろう。しかし、2秒後にはすでに地面に倒れている。動ける頃には場外確定だ。
リンは何やら考えていた。そして、真っ直ぐ俺を見据える。
「レン、私がキングを倒すのは不可能?」
俺はこうゆうところで優しい言葉をかけられない。
「ああ、不可能だな」
リンは嬉しそうに笑った。俺はその表情はよく知っている。
「その言葉を聞きたかった」
小さな英雄の不敵な笑みを浮かべた。