総選挙に向けて
シュタルクに入る。重厚な石畳に、敵に侵入された時のことを考慮した様々な工夫が張り巡らされていた。
門番に負けず劣らずのマッチョも多い。アイテムショップにはプロテインが何種類も置いてあり、逆にマナポーションが1つもない。武器屋も多く、賑わっている。そして、トレーニングジムが乱立している。
「さて、無事にシュタルクまで来たわけだが……旦那、ここで何をするんだ?」
「ああ、総選挙に立候補して、キングになる」
「それはまた……いつも通りだが、とんでもないことだな」
シュタルクにはキングを決めるための総選挙がある。民主主義を鼻で笑う実力主義。選挙とは名ばかりで、ただ戦って勝ち残ったものが当選するという脳筋仕様だ。
この選挙、エントリーに何の資格もいらない。他国の者だろうが、他種族だろうが、とにかく強ければキングになれる。ある意味、平等な社会と言っても良い。強さこそが全てだ。
ちなみに魔法の使用は禁止されている。そのため、魔法使いはキングになれない。魔法使いに偏見を持っている者も多く、魔法都市エルドラドをライバル視している節がある。
いくら300レベルオーバーとは言え、ここは安定のLOL。しっかりと対策をしておかないと、総選挙では呆気なく敗退する。
俺達は取り敢えず、宿屋を押さえ、食事を摂った。シュタルクの良い所は食事が予想に反して旨いところだ。筋肉にはビタミンやミネラルも必要らしく、意外に野菜も多い。食後のプロテインが当たり前のように出てきたが、マックシェイクみたいで美味かった。
そこで、俺たちは作戦会議を始める。
「まず総選挙の第一段階はバトルロワイヤルだ、総選挙の日の昼に広場で赤いスカーフを配られる、その日の夜にバトルロワイヤルが始まる、スカーフを巻くことが立候補条件だ、そして、そのスカーフを5つ奪った者が次に進む」
これは騎馬戦のようなものだ。スカーフを奪われて一度0枚になると、そこから攻撃をしかけてはいけないルールとなっている。つまり落選だ。5つ持っていて、4つを奪われてもまだ落選にはならない。
はっきり言って、これはそれほど難しくない。モブから4つ奪い、合計が5以上になれば、あとはひたすら隠れるか逃げていれば良い。
注意しなくてはいけないのが、中には絶対に戦ってはいけない相手がいることだ。
イベントの性質上、絶対に本戦に出場する候補者がいる。例えば、キングだ。現国王も街中に現れるが、システム上スカーフを奪えない。
奪われそうになると、素早さのステータスがありえないほど向上して、回避される。それでもあらゆる手を駆使して、何とかスカーフに触れても手をすり抜けてしまい、絶対に奪えない。
完全に八百長だが、イベントの仕様なので仕方ない。他にも数名、本戦への進出が予め決まっているキャラクターがいる。
「本戦出場だけなら、正直余裕がある、問題は順位だ」
スカーフを集めた枚数により、順位が発表される。その順位により、本戦で優遇措置が受けられる。この優遇措置がないとキングになることは不可能と言っていい。
「くく、楽しそうじゃねぇか、レン、俺も立候補するぜ! 別に俺がキングになっても問題ねぇだろ?」
ドラクロワが嬉しそうに告げる。ここの所、損な役回りが多かったから、挽回したい気持ちもあるのだろう。
「ああ、構わない、キングにさえなれれば、宝物庫に入れる、欲しいのはそこにあるアイテムだからな」
パーティの誰かがキングになれば、条件はクリアされる。そして、予想通り彼女も手を上げた。
「レン、私も立候補するわ」
正直リンとドラクロワの参戦は想定内だ。この2人は性格からして乗ってくると思っていた。不測の事態を考えれば、これは保険になる。もし俺が落選しても、他の2人がキングになってくれれば、それで良い。
「じゃあ、俺とユキとワン公は外野で応援してるからな」
ギルバートがそう言う。ユキは魔法が使えない時点で参加は不可能だ。『物理ダメージ無効』を持っているからある意味最強ではあるが、ユキの身体能力ではスカーフを5枚集めることができない。保護者として、ギルバートがポチとユキの面倒を見るのは当然の流れだろう。
「よし、じゃあ、誰がキングになるか、真剣勝負だ」
「おう! てめぇらに俺様の力を見せつけてやるぜ!」
「私は強くなった、もう負けない」
俺は久しぶりにワクワクしていた。俺にはゲームの知識がある。この後、何が起こるかを予め知っている。だからこそ、あらゆる準備をしてきた。
だから、既定路線が決められていない真剣勝負をするのは新鮮だ。間違いなく今回の立候補者の中でリンとドラクロワは強敵だ。
リンは300レベルオーバーで、大器晩成型のステータスにより、俺よりもステータスが高い。さらにナイトメア級の回避術を持っている。
ドラクロワは本来、ラスダンの魔王城の中ボス的な存在だ。魔王軍幹部と比べられてしまうから、弱く思われがちだが、300レベルを超えたパーティが、対策を施してようやく勝利できるほどの相手だ。
相手にとって不足はなし。俺たちはそのあと、いくつか取り決めをした。
まずバトルロワイヤルではお互いに敵対しないこと。目的は誰かがキングになることだ。バトルロワイヤルでスカーフを奪い合って0枚になってしまえば、本末転倒だ。
それと、バトルロワイヤルで戦ってはいけない相手を共有した。イベントで出場が決まっているキャラクターだ。まずは現キング。あとは拳闘士ドレイク、猫剣ミア、放浪騎士ジークフリートだ。
バトルロワイヤルでは勝てないが、本戦では勝つことができる。俺はその4人の情報をできる限り細かく共有した。そこから必要なアイテムが何かを伝えてリストアップする。
「お前……いつもこんなこと考えて戦ってんのか?」
俺の情報が細か過ぎたらしく、ドラクロワはなぜか若干引いていた。リンはもう慣れていたようだが、俺の情報量はやはり異常に思われるらしい。
その時、大きな声が部屋に響いた。
「おい! なんだ、この飯は! こんなもの食えるか!」
柄の悪そうな大男が、店員を怒鳴りつけて皿を地面に叩きつけた。
店員の女性は萎縮して、怯えきっている。先ほどまで騒がしかった店内が一気に鎮まりかえる。
ある意味、酒場でのテンプレ的展開だ。
「俺は次の選挙でこの国のキングになる男、バンデット様だ、俺がキングになったらこんな店潰してやる」
絶対にキングになれないフラグを立てまくるテンプレキャラのバンデットさんだ。さて、そろそろ主人公である俺の出番か。俺が立ちあがろうとすると、先を越された。
「ああ、てめぇ、何のつもりだ!?」
バンデットの前に1人の人物が店員を庇うように立っていた。俺は一気に警戒心を強める。
その人物は仮面をつけて、フード付きのローブを被っていた。背が高く、ローブの前からは軽装の鎧が見えた。
俺はこんなキャラを知らない。
これだけ癖の強いキャラだ。イベントキャラだとは思うのだが、俺の知っている中にこのキャラはいない。
バンデットが怒り狂って拳を振り上げる。仮面の人物はたった一歩でバンデットの懐に入り込んだ。
「嘘だろ……」
俺は思わず呟いてしまった。
速い。俺よりも速かった。300レベルを超えた俺の素早さよりも上の素早さを持つなんて、普通に考えればありえない。
バンデットは一瞬で気絶させられ、店員の感謝と周りからの拍手が仮面の人物に送られた。
俺は目を離すことができなかった。イレギュラーが起きている。ゲームが現実になったことで、俺の知らないことが起こっている。
その時、仮面の人物と目が合った。いや、仮面をしているから本当に目が合ったかは分からない。でも俺はそう感じた。
明らかに俺を見ていた。
仮面の人物はさっと踵を返し、店員に支払いをした後、店を出て行った。最初から最後まで一言も喋らなかった。
俺も呑気にしてはいられないようだ。この総選挙、一波乱ありそうだと感じていた。イレギュラー上等。全てを乗り越えて、望んだアイテムを手に入れる。