おもてなし
「さあ、我が眷属達よ、客人に美酒を振る舞うが良い」
ダイニングに移動し、俺たちは席についた。バレンタインは高らかにそう告げる。
ドアが少し開き、大きめの蜘蛛がお盆を背中に乗せて入ってくる。
「ぎょえええええ、くくく、くも! くもむりぃ!!」
俺は絶叫して、隣の仲間に抱きついた。この抱き心地、安心感がある。
「悪いな、旦那、俺にそっちの趣味はないんだ」
「って、ちがーう! というか蜘蛛に運ばせないくれ!」
蜘蛛の背中にあるお盆にシャンパングラスがあるが、歩くたびにめちゃくちゃ溢れている。そもそも蜘蛛に運ばせるのが、無理だろう。
「エリザベス! 君という女は! あんなに何度も練習したじゃないか、もっと揺れないように歩くんだ」
バレンタインが蜘蛛に向かって謎の説教をし始めた。
「もういい、エリザベスは下がっていなさい、客人が君を怖がっているからね、アンドレ、料理を持ってきなさい」
次に蛇が現れる。頭の上に乗せたお皿からソースがドボドボと床に流れている。
「いやいや、さすがに蛇に運ばせられないでしょ」
「旦那、蜘蛛はダメなのに、蛇はいいのか?」
「ん? 普通蛇は別に怖くないでしょ」
「俺には旦那の感覚がわからないな」
おかしなギルバートだ。それにしても、バレンタインは床に手を付き、お皿を懸命に運ぶ蛇を応援していた。
「アンドレ! もう少しだぞ! あれだけ練習したじゃないか! ソースは少し溢れているが、やり遂げるんだ!」
アンドレと呼ばれた蛇は何とか机までたどり着いた。ドラクロワが皿をひょいっと持ち上げて、机に置いた。
「おう、ヘビ公、てめぇ、ガッツがあるな」
ドラクロワが親指を上げて、蛇を称賛する。他の者達も自然と拍手をした。蛇は照れ臭そうに戻っていた。
いや、何だよ、これ。
俺は思わず突っ込みたくなる。続いて、またバレンタインが
指を鳴らす。
「続いて、我が眷属によるもてなしの音楽を披露しよう」
悪い予感しかしない。奥にあったカーテンが開いて、コウモリやカエル、黒猫などが現れる。その前にバレンタインは立ち、タクトを振り翳した。
「さあ、今まで練習した成果を見せる時だ」
そう言って、大きくタクトを振り下ろした。
ネコが爪でバイオリンの弦を引っ掻き、蛙がトランペットの口を舐め、コウモリはシンバルに身体をぶつけて、気絶した。
もはや、ただの騒音でしかない。
「な、何をやっている、この日のために必死に練習したじゃないか! フランシス、トランペットは舐めるだけでは音が出ないと何度も教えただろう、それにアンジェリカ、君は弦で爪を研いでいるだけではないか、シュミット、君はいつも気絶してしまう、なぜいつも頭から行くのだ、身体を当てるんだ!」
バレンタインが空回りまくっている。一同はただそのやり取りを、どうして良いのか分からず見守っていた。
「別にそこまでもてなそうと頑張らなくてもいいと思うな、俺たちはただ、美味しい酒と飯があれば十分だ」
ギルバートが見兼ねて助け舟を出す。
「私も料理を手伝うわ、メアリーがするんだけど」
ユキはそう言って、メアリーにチェンジする。
バレンタインは涙目で俺たちを見つめた。若干気持ち悪い。
「うう、何という優しさ、懐の深さ、我は感動した!」
こうして俺たちは全員で宴会の準備をし始めた。問題は食糧がないことだ。最後に買い物に行ったのは、80年ほど前らしい。結局俺たちは自分達の食料を持ち寄った。
ただワインだけはビンテージの物が多く、美味しいものがあった。何本かは酢に変わっていたが。
「そうだ、我が家族も呼ぼう」
バレンタインが指をぱちんと鳴らす。しばらく待ったが誰も来なかった。バレンタインはこほんと咳払いをして、立ち上がった。そして、部屋を出て行く。
少しして、2人の人物を連れてきた。
巨大な鋼鉄の鎧。ガランは軋みながら歩き、頭を下げた。
「拙者はガラン……よろしく頼む」
無口な武人タイプ性格をしている。続いて、隣で少女の西洋人形が浮いていた。
「あら、私の遊びに付き合ってくれなかった人ね、私はアリスよ」
スカートの両端を持ち上げ、貴族のようなあいさつをするのは、闇人形アリスだ。
アリスとガランも混じって、宴会が再開される。2人は食事をしないが、すぐに仲間たちと打ち解けていた。
「ふははは、アリスよ、我が伝説を語ってやってくれないか?」
「いやよ、面倒くさいもの、それより、あなた達2人、彼氏はいるのかしら?」
アリスはバレンタインを完全に無視して、メアリーとリンと女子トークを続けている。
「……で、ではガラン、君に我が伝説を語ってもらおう」
「御意、我が主人は……すごい、どこがすごいかというと……いろいろすごい」
ガランはボキャブラリーが少な過ぎて、全く凄さが伝わってこない。
「……仕方がない、我自身が伝説を語ってやろう、時は1500年前、ある貴族の」
何かバレンタインが自分語りを始めたが、誰も聞いていなかった。俺もワインを飲みながら、女子トークの内容を気になって盗み聞きしていた。
「好きなタイプはあるのかしら?」
「私より強く、修行を見てもらえる人、パーティ全員の生存確率を上げるために行動できる人ね」
リンは質問の意図を理解していない気がする。
「私は優しい人だったらいいな、こう、キラキラしてて、王子様みたいな人かな、ちなみにユキちゃんの好きなタイプなら私、全部分かるよ」
メアリーは子供らしい解答で微笑ましい。
「あ、ごめん、ユキちゃん、怒らないで、ちゃんとレンさんには秘密にするよ」
どうもメアリーとユキの間でやり取りがあったらしい。何で俺の名前が出たのだろうか。
ふと見ると、ポチが黒猫のアンジェリカと一緒に良い感じになっていた。実際は分からないが、2人でご飯を仲良く食べてて楽しそうだ。
「では、場も暖まってきたところで、我の渾身の見せ物をしよう、ドラキュラギャグ、略してドラギャグ100連発だ!」
バレンタインが踊るようにして、前に出る。そして、急にモジモジしながら、ギャグを放った。
「にんにくがーーー、にくい!」
無音が生まれた。全員が固まり、困惑が生まれる。あまりの笑えなさに恐怖すら感じる。
「は、は、は……とても……うける」
ガランが棒読みで言った。
それから残り99個のドラギャグは、苦痛以外の何物でもなかった。ガランが事務的に99回、とても……うける、と言い続けた。俺はむしろその忠誠心に感動をしていた。