吸血鬼の真祖
俺はその甲冑を見て、懐かしさを感じた。俺がゲームの時に途中までパーティに入れていたキャラクター、鋼鉄のガランだ。
中身のない、鎧だけのキャラで、防御力は全キャラの中でもトップクラス。盾役として俺も使っていた。
現実になった今は残念ながら、仲間として連れて行くことはできない。防御力が高い分、素早さは低い。俺達の戦いについてこれない。
今の俺のパーティは、リンと俺が回避術を駆使して、ユキはダメージ無効、ポチは『ロンリーワン』の効果により、こちらから攻撃しない限りダメージを受けない。そして、ギルバートは後衛として遠距離攻撃が出来る。ドラクロワは微妙だが、単純に高HPに高防御力でタフだ。そう考えると敵の攻撃を非常に受けづらい構成になっている。
俺はガランとアリスを無視して、屋敷の入り口に向かった。早く皆と合流しよう。きっと心配している。
「待て」
背後から声をかけられる。耳に響く低音だ。俺が振り返ると、そこに1人の男がいた。
黒髪をオールバックにし、貴族のような立派な服を着た若い男だ。目は鋭く、瞳は怪しく赤い光を灯している。肌の色は死人のように青白い。
気配がまるでなく、闇に溶け込むように同化していると錯覚する。
この屋敷の主人。真祖バレンタインだ。吸血鬼であり、長い年月を生き続けている。
中性的な魅力を持つが、どこか近寄り難い冷たさも併せ持つ。
「あ、もう帰ります! おじゃましました!」
俺は丁寧にお辞儀して、帰ろうとする。
「待てと言っている」
バレンタインは玄関の方に走り、俺の行手を遮る。
「我が館に無断で足を踏み入れ、ただで帰れると思っているのか?」
赤く光る目からは鋭い眼光が俺に注いでいる。
「あ、そうですよね、無断で入ってごめんなさい、ちゃんと謝ります」
俺は丁寧に、頭を下げた。
「じゃ!」
そして、バレンタインの横を素通りしようとする。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待った!」
冷静だったバレンタインが焦って俺の腕を掴む。すがるような目で俺を見る。
「せ、せっかく来たのだ、もてなさなくては私の品性が疑われる、ぜひ食事でも」
「いや、仲間が待ってるんで良いです」
「そこを何とか! ほら、トランプとかあるよ、人生ゲームもあるし」
もうお分かりだろうか。真祖バレンタインは重度の寂しがり屋キャラなのだ。面倒くさいので、正直関わりたくなかった。ちなみに男性キャラにも関わらずギャップ萌えランキングでは常に上位にくる。
「美味しいワインだってある、150年間くらい手品だって練習したんだ! その前は300年ほどお笑いの勉強もしている! 我がドラキュラギャグ、略してドラギャグは絶対に受けるはずなんだ」
だめだ。吸血鬼がうざ過ぎる。俺の手を離してくれない。
不死の吸血鬼であるバレンタインはずっとこの屋敷で1人だった。時間だけは有り余るほどあるので、いつか客人が来るときに備えて、もてなす準備をしている。
まあこんな不気味な洋館に客人なんて来るはずがないが。
あまりに寂しく、話し相手を作るために、西洋人形に魔法で魂を定着させ、アリスを作ったり、ただの鎧に魂を定着させて、ガランを作ったりしていた。
それなら街に行けばいいじゃないかと思うが、吸血鬼だから怖がられないだろうかと、ビクビクしている。見た目とのギャップがあり過ぎるキャラだ。
ちなみに仲間に加える気はない。たしかに各種ドレイン攻撃や、ユニークスキル『真祖の血』は強力だ。ステータスも申し分ないし、『不死』というスキルもある。
一見、かなり強いように思えるがバレンタインは、仲間にしてみたらガッカリだったランキングで、ゲンリュウと張り合うほど上位にいる。
理由は昼間の弱体化が著しいからだ。『真祖の血』の効果により昼間は様々なデメリットが発生する。これは太陽の光が届かない屋内ダンジョンであっても昼間であれば適用される。
まず全ステータスか10分の1になる。もはやこれだけで何も出来なくなる。
更に一定時間ごとに何かしらの状態異常にかかる。知らない間に麻痺で動けなくなってたり、石化してたりする。
更に更に、全スキルと魔法が使用不可になる。ただいるだけの存在になる。
更に更に更に、自身の存在を維持するため、【シェアドレイン】の効果が自動で発生する。これはHPとMPを自動的にパーティから吸収をし続けるというものだ。
何も出来ないお荷物を抱えるならまだしも、常にHPとMPがじわじわ減っていくという、とんでもない設定になっている。
「いや、だから仲間が待ってるから」
「それでは、その仲間も呼んでくれ、とにかく! この館に足を踏み入れた以上、我の歓待を受けるしかない」
とてつもなく面倒くさい。外聞も気にせず、俺の足にしがみついている。
そして、タイミング悪く玄関のドアが開き、仲間達が入ってくる。俺を心配して追ってきたのだ。
「レン! あいつは!?」
リンが先頭を切って、踏み込んでくる。手には武器を構えている。
「ああ、大丈夫、ジェノサイドはもう倒したよ」
俺は安心させる為に、そう答える。しかし、急にバレンタインが高笑いを始めた。
「ふはははは、我が館に足を踏み入れし、人間共、我が名は、ぶふぉ!」
いきなり、リンが斬りかかる。敵と認識したのだろう。バレンタインは吹き飛ぶ。
【アイシクルランス】は氷柱が凄まじい速度で向かっていく。そして、バレンタインに直撃する。
「ぎょえ!」
「私はレンを守るわ」
ユキが全身から冷気を漂わせている。
「はっ! 俺もずっと暴れたりなかったんだ!」
ドラクロワが拳に魔力を纏わせ凄まじい速さで、ふらふらと立ち上がったバレンタインに叩き込む。
「あばば!」
バレンタインの身体がくの字に曲がり、漫画のように吹き飛んだ。悲鳴がどこかの世紀末を想像はさせる。
「おい……そいつは別に敵じゃない」
「えっ」「うそ!」「はあ?」
俺が告げると、3人に微妙な空気が流れた。
吹き飛ばされたバレンタインが再び起き上がる。それを見て、ドラクロワが驚愕していた。
「て、てめぇ……さっきの俺の一撃を受けて、平気なのか」
バレンタインは懐から金の櫛を取り出して、髪型のセットをし直す。そして、ゴホンと咳払いをした。
「これはこれは、愉快で元気な客人だ、我が名はバレンタイン、この館の主人である、我は君たちを歓迎しよう!」
今の殺すつもりの暴力を、愉快で元気と表現するバレンタインに俺は感服せざるを得なかった。
バレンタインには『不死』のスキルがある。これは単純にHPが1よりも減らないという力だ。つまりバレンタインはどれだけダメージを受けても戦闘不能にならない。これが先ほどの攻撃を受けても、全く効いていない理由だ。
だから回復させる必要もない。どんな高威力の攻撃を受けても、耐え切れる。ここまで聞くと、夜間であれば十分に戦力となるキャラだと思われるだろう。
しかし、それだけでは、仲間にしてみたらガッカリだったランキングで上位には食い込めない。もう一つ明確な理由がある。昼でも残念、夜でも残念な理由だ。
それはHPが1になると、攻撃スキル『ブラッディレイン』を使うようになるからだ。これが本当に厄介で赤い血液のような雨が広範囲に降り注ぎ、ダメージを与え、与えた分のダメージをバレンタインが回復できるというものだ。何とこのスキル、敵味方の区別がない。
つまり、味方キャラも『ブラッディレイン』でダメージを受け、その分、バレンタインの回復に使われてしまう。どうせ死なないのに、味方のHPを奪って回復するとか、頭がおかしいとしか思えない。
だから、バレンタインが仲間にいる時は、HP残量が1にならないように回復をさせながら、戦闘をする必要がある。もはや『不死』の意味がよく分からない。本末転倒とはこのことだ。
「我に敵意はない、ただこの館を訪れた客人をもてなしたいだけだ」
バレンタインは少し寂しそうに言う。俺は後頭部をかいた。さすがにちょっと可哀想になってきた。
「仕方がないか、よし、じゃあ、今日はここに泊めてくれ、みんなもそれでいいだろ?」
「おお、つ、ついにこの時が、何千年と準備した甲斐があった……」
バレンタインは感激して涙を流し始め、俺たちは若干引いていた。