死神の潜む場所
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独りが好きだった。
傷付かずに済むから。
空気を読む力というものを世間は求めている。悪目立ちせずに、場を乱さずに、コミュニケーションを取る力。
その力を身につけるのが、学校の役割だ。
クラスメートという強制的な人間関係を作り上げ、そのコミュニティで過ごすことで、社交能力を身に付ける。
その意味で、力を身につけられない落ちこぼれが迫害されるのは、システムとして正しいのかもしれない。
俺の目の前には少年がいる。学ランを着ているので、中学生だろうか。
少年は机に伏している。顔は見えないが俺には分かる。
彼が泣いているのだと。
何熱くなってんの、きもい。ただの球技大会じゃん、本気すぎ。いや、楽しむのが目的だからガチ過ぎだよ。というかサッカー部が多い4組が勝つって初めから決まってんじゃん。お前、前もこうゆうことあったよな、一度病院行った方が良くね。
クラスメートから浴びせられた言葉が少年を追い込む。
本気になることは駄目なことなのだろうか。諦めが悪いことは、そこまで気持ち悪いことなのだろうか。
集団から疎外された個体は弱者だ。人間という生き物が社会的な生物である以上、それは摂理だろう。
そんなことをこの年齢の少年が理解できるはずもなく、ただ涙を流して感情を発露している。
人と違うことは個性なのか、それとも異物なのか。その問いは周囲の人間の理解に委ねられ、当の本人に決定権はない。
評価は常に他人によって下されるものだ。
教室の扉が開き、外から光が差し込んだ。そこには1つのシルエットがあった。逆光で顔は見えない。
何でそんなところで泣いてるんだい?
優しい声が聞こえた。少年は顔を上げる。
泣いてない。
涙で濡れた頬を慌てて、袖で拭う。強がってそう答えた。
そうか、それならいいんだ。
俺は懐かしさを感じた。なぜだろう、目の前の存在の顔が思い出せない。それでも、この人は俺の大事な人だ。
世の中には、他者を平気で傷付ける人間がいる。地球上にこれだけ人間がいれば、普通のことだ。他者を貶めることで、自分の優位を確立して、安心する。
しかし、それは全員じゃない。逆に言えば、地球上にこれだけ人間がいれば、どんな人にも大切な存在が出来る。
認めてくれて、一緒にいて楽しいと思える存在。それを友達と呼ぶ。
俺はこの人と友達だった。しかし、自分の中の何かが、フィルターとなり、そのことを隠そうとしている。
邪魔が入り、名前も顔も思い出せない。けれど、確かに存在した。俺の大切な友達。
さあ、そんなところで座ってないで、早く一緒にゲームをしようよ。
少年は立ち上がった。
そして、教室の外へ。光の中へ姿を消した。
俺はしばらくその教室で、少年が消えていった教室のドアを見つめていた。
忘れていた何かを思い出しそうだった。
ああ、そうか、あの約束……。
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俺は目を覚ました。ぼんやりする頭が急速に覚醒していく。
すぐに武器を確認し、辺りを見回して警戒する。幸い周囲に敵の気配はない。
『エアリアル』による落下ダメージ回避をしようとしたが、いつ地面に激突するか分からなかったため、早めに使用してしまった。
おかげで、予想以上にまだ谷底まで距離があり、結構な衝撃を受けて意識が飛んでしまった。この世界でも気絶はするらしい。たまたま周囲にモンスターがいなかったから良かったが、生きていられたのは奇跡だ。
俺はゆっくりと立ち上がる。
何だか夢を見ていた気がするが、思い出すことが出来ない。
俺はネロに突き落とされた地点を思い起こした。どちらかと言えばエルドラド方面が近い位置だ。このままエルドラド方面に向かった方が早い。
上を見上げる。曇天に覆われ、霧が篭っているせいで視界は悪い。
どちらがエルドラド方面か判断が出来ない。気絶してしまったせいで、方向感覚が失われていた。
それに加えて、俺はこの谷底のマップに詳しくない。何回かジェノサイド討伐に挑んだが、本気で通過しようとは思っていなかったので、マップが頭に入っていない。
やるべきことは明白だ。この谷底からジェノサイドに一度も見つかることなく、脱出をしなければならない。
ジェノサイドは一度見つかると、谷底にいる間はどこまでも追い続けてくる。しかも、必ず素早さが主人公より高い。
装備品やスキルで素早さをいくら底上げしても、ジェノサイドはその上昇した素早さの上を常に行く。こちらの上昇に合わせて、ジェノサイドも上昇していくのだ。
更にジェノサイドはどんな守りも突破し、絶対に一撃死をさせる攻撃をしてくる。攻撃を避けられる度に、素早さが向上して速くなっていく。
そして、どんな攻撃をしてもダメージが通らない。倒すのが不可能な存在だ。
見つかったら最後だと思った方が良い。出来るだけ音を立てないことが大切だ。アンデッドが多数出現するが、戦闘になればその音をジェノサイドは聞きつけて、接近してくる。
空中散歩で上に戻るのも危険すぎる。障害物がなければ周りから丸見えだ。ジェノサイドは空中だろうと謎の歩行技術で攻撃してくる。
また新しい無理ゲーが始まった。
周りを見ると所々に水晶の塊が散らばっている。これは監視用の魔水晶だ。ネロが事前に橋の上からばら撒いておいたのだろう。
今頃、俺の様子を楽しみながら鑑賞しているに違いない。
仲間達が助けに来ないかが若干心配ではある。もし助けにこの谷底に来て、俺より先にジェノサイドに見つかれば、全員殺される。
ジェノサイドのことはリンやギルバートが知っているし、ギルバートはともかく、リンはこうゆうときに冷静な判断を下せる。俺はそれを信じて、自分の身を案じよう。
ゴツゴツとした黒い岩が乱立している。この岩が俺の命綱だ。岩から岩へ敵に見つからないように渡り歩く。
岩から顔を出すと、人型の黒い影が複数蠢いていた。グールだ。アンデットはタフで中々倒せない。だから、光魔法か回復魔法で倒すのが王道だ。
状態異常ゾンビ化と同じで、回復魔法によるダメージを受ける。【フルケア】をかければ、基本即死させることが出来る。俺は【フルケア】を使えないが、【ハイケア】は使える。
ただ回復魔法の白い光はこの暗い谷底で目立つ。すぐにジェノサイドが追ってくるだろう。
結局、見つからないように行動するしかない。俺は気を引き締めて、死神の潜む谷底を進んだ。
第3章スタートしました!
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