引き分け
ゲームでも実際に魔王の封印はプレイヤーが放っておけば魔王軍によって解かれる。タイムリミットがあり、ある程度のイベントを進めてしまえば、魔王は自動的に復活する。
そうなれば、ソラリスを仲間にすることは二度と出来なくなる。魔王軍により魔王を復活させられれば、力を失ったソラリスが殺される。プレイヤー自身が魔王を復活させることで初めてソラリスを仲間にできる。
だからこそ、ソラリスを仲間にするのは難しい。魔王を復活させるイベント自体の難易度もあるが、下手を打つと二度とソラリスを仲間にできなくなる罠がいくつもある。
ゲームの時はそこまで知らなかったが、どうやら魔王の復活にはプロメテウスが関わっていたようだ。
プロメテウスより先に魔王を復活させなければ、ソラリスを失う。それだけは避けなければならない。
俺たちは塔に入り、巨大なエレベーターに乗って上を目指した。魔法の力で浮き上がるシステムだ。
そして、最上階に着く。そこには1つの部屋しかなく、360度前面が窓になっていた。ここがラスボス、魔王との戦いの場だ。
その中央に魔法陣があり、そして、真っ黒な立方体が浮いていた。あの中に魔王とソラリスが封印されている。
プロメテウスは懐から小さな水晶を取り出した。それを床の窪みに嵌める。
「これで問題ありません、ただ魔力供給の仕組みを解除していただけです」
ダンテは魔眼でプロメテウスを見て、嘘がないことを判断する。
俺は最後に説得を試みる。少なくとも身の安全だけは確保しなければ、今後仲間が狙われてしまう。ダンテの力を借りたい。
「プロメテウスは嘘をついていないかもしれませんが、きっと裏があります、俺やリンをこの後殺しにくる可能性もあります」
ダンテは少し思案して頷いた。瞳孔が金色に染まる。ダンテは複数の魔眼を使い分けできる。どれか1つの魔眼は発動を常時続けている。今違う魔眼に切り替えた。
「では誓約の魔眼を使おう、これは約束を守らせる呪いだ、本人に約束を反故にしたという意識が芽生えれば、この呪いが命を奪う」
俺は既に知っている。ダンテに誓約の魔眼を使わせることが目的で提案した。
「プロメテウス、私の目を見なさい」
プロメテウスは大人しくダンテと目を合わせる。
「レン君とその仲間に一切の危害を加えるな」
ダンテの瞳の輝きが強くなる。
「わかりました」
了承と同時に、プロメテウスの眼にダンテの魔眼から光の筋が一瞬走った。
これで誓約を成立した。この能力は使い勝手がよく、契約に幅が持たせられる。本人に誓いを破ったという意識があれば、呪いは発動する。そういう設定だ。
逆を言えば、誓いを破ったとしても、本人に破った意識がなければ、呪いは発動しない。全て本人の意識次第だ。
たとえば、プロメテウスが第三者に俺たちの殺害を依頼したとする。この状況でもプロメテウスの意識は俺たちに危害を与えたと認識するので、呪いは発動する。
誓約の魔眼は使う側のダンテにもデメリットはあるが、プロメテウスを逃す判断をするなら、これぐらいしてもらってよいだろう。これでひとまずプロメテウスから狙われることはなくなる。
「ダンテ、これは通信用の水晶です、今後これで連絡を取り合いましょう、魔王様復活のために何が必要か伝えます、アリアはきっと私を許さないでしょう、だから、私はここから離れます」
ダンテに黒い水晶を渡し、プロメテウスは部屋の端に行き、窓を開ける。風が吹き込んだ。
同時に巨大な鳥のモンスターが現れる。リンを攫ったプロメテウスの使い魔だ。既に周辺の上空に待機させていたようだ。
「プロメテウス、魔王様を復活させるためにお前を逃す、もし約束を違えれば、私は君を殺してしまうだろう」
「わかっています、私は必ず魔王様を復活させます」
プロメテウスが鳥の首から伸びる鎖を掴む。そして、俺に顔を向けた。
「レン君、君と私、一対一で戦えば、どちらが勝っていたと思いますか?」
「俺だ」
プロメテウスは笑顔を見せた。それはネロのような狂気に満ちたものではなかった。
「君は結局全てを守り抜きました、私が想像した以上でした、もう君とは関わり合いになりたくないですね」
「それはこちらの台詞だよ、二度とお前には会いたくない」
プロメテウスは眼鏡を白い手袋で持ち上げる。光が反射して、目の奥が見えなくなる。
「私には野望がある、そのために私は最善を尽くします、君にも私と似た何かを感じます」
ある意味、プロメテウスは英雄に近いのかもしれない。自分の目的のために、諦めずに足掻き続ける。その姿勢は共通している。
ただ奴は自分の目的のために、大勢の人を犠牲にする。俺とは根本が違う。
「俺はお前と似ているなんて思ったことはない」
「私も嫌われてますね、当然でしょうが、今回の件……私は逃げ切り、君も仲間を守り切れた、引き分けというところでしょうか」
「いや、お前の負けだ、結局アリアテーゼを倒せていない」
「確かに、しかし、君も実は私の命を狙っていたのでしょう? やはりドローだと思います」
プロメテウスはそう言って、背中を向ける。プライドが高く負けず嫌いな男だ。
「言い忘れました、1つ忠告です、真に恐ろしいのは、私などではないと思います、あの少年、早く始末しておいた方が良いですよ」
そう最後に告げて、プロメテウスは怪鳥に捕まって去っていった。
プロメテウスが言っていた少年とは、ネロのことだ。
ネロはアドマイアを仲間にしていた。グランダル王立図書館から情報を得て、研究所の場所を探りあて、そこでアドマイアを起動させた。
そうなると、ネロは研究所にある文献やデータを全て得ていると考えて良いだろう。それをどう活かされるか不安ではある。
しかし、俺は非道になりきれない。邪魔だからという理由でネロを殺すことが俺には出来ない。これは甘さなのかもしれない。
ネロは俺たちを危険に晒す存在、もはや敵と言っても良い。それなのに、俺は心のどこかでネロを憎めずにいる。彼に悪意はない。ただ好奇心が抑えられないだけだ。
邪魔な者を排除できる力を俺は持っている。でもそれが癖になってしまえば、俺は力に溺れるだろう。
プロメテウスを殺そうとしていた立場で言えたものではないが、やはりプロメテウスとネロは違う。
幸い俺達はこの世界で十分に生き抜けるほど、強くなった。ネロ自身の戦闘能力は低い。たとえ、『スキルコピー』によりトリッキーな戦い方が出来たとして、俺たちとはステータスが違いすぎる。
魔王軍ともある意味和解した。アリアテーゼはもう襲ってこないだろうし、ダンテも敵対しない。プロメテウスに至っては誓約の魔眼により、俺たちと戦えない。
ネロが俺の力を試す手はほとんど残っていない。彼が天界にでも行けば話は別だが、いくら天才という設定のNPCでも、天界にたどり着くことは出来ないだろう。
「巻き込んでしまって、すまなかったね」
ダンテは眼鏡を掛け直した。俺相手に魔眼は使わない。一種の彼なりの礼儀なのだろう。
「こちらこそ、助かりました、リンを助けてくれてありがとうございます」
「彼女は大事な茶飲み仲間ですからね」
そう言ってダンテは笑う。ポケットから髪紐を取り出し、後ろで髪を縛る。いつものダンテに戻った。
俺はダンテにソラリスを守ってほしいとは言わない。彼の優先順位は魔王が一番だ。魔王のためなら、彼はソラリスを殺すだろう。
ダンテは魔王が封印されている黒い立方体をちらっと見た。その目は愛おしい者を見つめるものだった。
俺は願うしかなかった。
魔王と戦わなくて済む未来を。