野望
「俺はお前を殺さない」
アリアテーゼが驚いた顔をして、俺を見上げた。俺がアリアテーゼを殺さない理由は2つある。別に情が湧いたなどではない。
1つは既にリンが救出出来たので、彼女を殺す理由がなくなったことだ。むしろ説得して、対プロメテウスのために、協力をしてほしい。
そして、もう一つの理由はとても重要だ。
アリアテーゼは絶世の美女でダイナマイトボディのプロポーションを持っているからだ。
大切なことだからもう一度言う、ダイナマイトだ。ヤング何とかの表紙を飾っているグラビア級のダイナマイトだ。ドレスの姿で無意識に視線が誘導されてしまう。
俺には夢がある。ゲーム世界に来たからには、ハーレム形成を必ず成し遂げる。既に何人か候補を考えている。
アリアテーゼは外見的に俺の理想郷には必要不可欠だ。
「レン、鼻の下伸びてる」
顔がだらけきってしまったようで、リンから氷点下の眼差しが送られる。
「ごほん、とにかく、俺はお前を殺さないよ、そもそも俺はプロメテウスに仲間を人質に取られて、お前を殺すように依頼されたんだ」
アリアテーゼの目に怒りと驚きが同時に生まれる。自分を騙したプロメテウスに向けての怒りだ。
「それにな、俺は確かにウォルフガングを倒した、あいつに無理矢理戦わされたようなもんだけどな、だけどもう一度復活させることができる」
「それは本当なの!?」
アリアテーゼは高慢な女から少女の顔になっていた。
「ああ、それは約束しよう」
これは事実だ。そもそもゲームで魔王軍幹部を仲間にするためには、ある条件のもと彼らを討伐しないもならない。
その条件は死霊術士デュアキンスをパーティに入れた状態で倒すことだ。
ウォルフガング戦では偶然ではあるが、デュアキンスがパーティにいた。条件は満たしているはずだ。あとはある儀式を行なえば、ウォルフガングは復活し、仲間に加わる。
その儀式をするのが難易度が高いが、俺はやるつもりだ。ソラリスも含め、最強パーティのためにウォルフガングは欠かせない。
「すぐにというわけには行かないが、必ずウォルフガングにもう一度会わせると約束する」
アリアテーゼの目から無意識に涙が流れる。
「約束しなさい……もし破ったら消し炭にしてあげるわ」
よし、これでアリアテーゼは敵にならない。味方に引き込むことができた。
さあ、もう1人の強敵を相手にしよう。
奴の性格は嫌というほど知っている。アリアテーゼが『魔力暴走』により、無力化した。この好機を奴は絶対に見逃さない。
扉が静かに開き、音もなく、風のような速さで何かが向かってくる。俺はアリアテーゼを庇うように立ちはだかる。
一瞬で無数の斬撃が俺を襲う。しかし、無敵時間であり、一切ダメージを受けない。もし効果が切れていても『剣の極み』により、俺はダメージを受けないが。
軍刀を振り抜いた男は邪悪な笑みで、笑っていた。
「ふはははは、ありがとうございます、レンさん、おかげでアリアを無力化できました、あとは私がやりますよ」
仮面を被るのをやめた賢王プロメテウスは、ドス黒い殺気を放っていた。
「アリア、残念ですが、君はここまでです」
「プロメテウス……貴様はやはり裏切り者だった、妾の読みは正しかった」
「ええ、あなたは勘が良過ぎました、しかし、残念です、今のあなたは無力な赤子同然、勝ち目はありませんよ」
俺は二刀流を構える。
「レンさん、何をしているのですか? 私は約束通り、リンさんを解放しましたよ」
逃げられただけなのに、恩着せがましい。
「俺も勘は鋭くてね、多分、お前、全員生きて帰す気ないだろ?」
「く、くふふふ、くはははは」
プロメテウスを心底楽しそうに笑う。指を鳴らした。
「御明察、全員殺しますよ」
正直まずい状況だ。プロメテウスを倒す準備はある。しかし、それは一対一の場合のみだ。
アリアテーゼや他の仲間を守りながらでは、とても倒せない。
奴の性格を考えると、俺を無視してアリアテーゼを狙う。ならば、その前に無敵時間内に倒し切るしかない。
「リン、ギルバート! アリアテーゼを……」
逃してくれ、そう言いかけた。しかし、俺はその判断が不正解だと気づいた。
この場を全員無事で切り抜ける。その可能性を1%でも上がる選択は別にある。ここで逃げるのは悪手だ。
英雄の思考は最も可能性が高い選択を弾き出す。しかし、それはやはり細い道だ。それでも他に手はない。
「プロメテウス、最後に1つだけ聞かせてくれないか?」
軍刀を抜こうとしていた手が止まる。俺が話しかけてきたのが予想外だったのだろう。
「おしゃべりなどしていて、良いのですか? 恐らく何らかのスキルでダメージを受けない状態を作っているのでしょうが、効果時間があるのでは?」
「どのみちすぐに効果は切れる、俺達に勝ち目はない、だから最後に聞きたいことがある」
俺が勝ちを放棄する発言をする。プロメテウスの性格からして、疑いながらも優越感を持つはずだ。
「ええ、良いでしょう、あなた達を殺すことはいつでもできますからね」
乗ってきた。これがプロメテウスの欠点だ。彼は傲慢であり、自信により油断をする。
「なぜ魔王になろうとする?」
プロメテウスに反応がある。俺がプロメテウスの目的を知っているのが予想外なのだろう。
「力ですよ、権力です、私は常に一番でなければ気がすまない、だから魔王様の代わりに魔王になる」
「この外道め! 恥を知りなさい! 魔王様への恩義を忘れたとは言わせない!」
アリアテーゼが激しい嫌悪を見せる。プロメテウスは無感情に彼女を一瞥した。
「確かに、魔王様には感謝していますし、憧れでもあります、しかし、あの人は封印された、つまり本当の強者ではなかった」
演説をするように両手を広げる。
「私は魔王様を超える力を手に入れたい、そのために私はまずこの城を手に入れる」
「ダンテが黙ってないわよ、あの方が本気になれば、あなたでは止められない」
「確かに、ダンテは全盛期より力が落ちたと言っても私を凌駕しています、しかし、彼は優しすぎる、魔王様を人質に取れば私の操り人形になってくれるでしょう」
「まさか……魔王様の生命維持装置を……」
「ええ、封印により魔王様は常に魔力を失い、衰退を続けています、ロストテクノロジーを利用した装置でその衰退を遅らせていますが、その装置を作ったのは誰だったかお分かりで?」
「信じられない……ここまで腐った奴だったなんて」
「失礼ですね、私はただ自分の目的のために手段を選ばないだけです、ダンテは我が子を人質に取られれば、必ず言うことを聞くでしょう」
俺は会話に一石を投じる。
「そこまでして魔王核が欲しいのか」
反応が今までと違った。余裕などが消え、プロメテウスは驚きを見せていた。
「なぜ……お前が、そのことを知っている?」
プロメテウスの狙いは権力ではない。真の狙いは魔王になることで手に入れることができる魔王核だ。
俺は知っている。ゲーム時代、俺はこのLOLをやり込んだ。隠し設定や細かいストーリー、背景など全てを知っている。
「……本当に君は何者なんですか? 誰も知り得ないことを知っていて、ウォルフガングを倒し、短期間で恐ろしいほど強くなり、アリアを無力化した、不可能なことを次々と成し遂げる」
「俺は英雄だからな、不可能を乗り越えるのが仕事だ」
そろそろ厳しくなってきた。ここはもう少し自分語りをしてもらおう。
「プロメテウス、お前が魔王核を求める理由を教えてくれ」
プロメテウスが俺をしばらく見つめる。そして、にっこりと笑った。
強烈な寒気に襲われる。
「君、時間稼ぎをしてますね」
気づかれた。俺の目的は時間を稼ぐことだった。
強烈な殺気がプロメテウスから放たれる。もう限界だ。
「リン、ギルバート! アリアテーゼを逃せ!」
緩やかに流れた時が急速に動き出す。全員が一斉に動き出す。
俺は剣を抜き、賢王プロメテウスに向かった。