英雄の思考
_______リン________
レンから投げられたそのアイテムを私は空中で見つめる。
このアイテムの効果は知っている。以前、使っていることを見たこともあるし、レンに説明もされた。
でも何故このタイミングでなのだろうか。
今にも何かを発動としようとしているアリアテーゼ。恐らくあれが発動されるのはまずい。
レンならどうするかを考える。無意味にこのアイテムを渡すわけがない。そこには必ず意図がある。
私はアイテムをキャッチし、すぐに飲み干した。私の身体に効果が発揮される。
魔法を使えという指示なのだろうか。
しかし、私の魔法攻撃力ではアリアテーゼを倒すことは絶対に出来ない。ダメージを与えることすら不可能。
ならば、望まれているのは攻撃じゃない。選択肢は絞られる。
私しか出来ないこと。答えはきっとこれだ。
レンは私に伝わると信じてくれた。信頼に応えたい。
私は、私を信じてくれたレンの判断を信じる。
私はスキルを発動した。
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俺の全身が闇に包まれる。
闇属性の精霊魔法『ディアボロス』
全てを崩壊させる闇の魔法。空間が歪み、空中に黒球が現れる。紫電が発生し、大量に周囲に放電する。そして、黒球は体積を増し、全てを飲み込む大きさになる。
魔法が終わり、場に明るさが戻る。そこでアリアテーゼは目にする。
跡形もなく消えたジャガーノートと。
無傷で勝利のダンスを披露する英雄の姿を。
「よっしゃ! 勝ったあああ!」
アリアテーゼは放心している。なぜ俺が、俺たちパーティ全員が無傷でいるのか分からないのだろう。
まだ『魔力暴走』は切れていない。アリアテーゼはすぐに我に帰り、魔法を行使する。
精霊魔法『イフリート』
空中に現れた小さな太陽から全てを燃やし尽くす灼熱の劫火が吹き荒れる。圧倒的な火力で空気中の水分までが蒸発し、全てを灰にする。
魔法が終わり、静けさが舞い戻る。
俺はにやっと笑ってアリアテーゼに話しかける。
「ん? 今のは攻撃だったの? てっきり部屋を暖かくしてくれただけだと思ったよ」
「ありえない! ありえない!……何かの間違いだわ! 精霊魔法が効かないなんて」
アリアテーゼは現実が受け入れられず、何度もありえないと呟いている。
「精霊魔法って、この程度なんだね、大したことないな」
「レン」
リンに制止される。これ以上煽ると、リンからの視線が厳しいからやめておく。
「精霊魔法は防ぐことができない……妾でさえ、防ぐ方法は見つけられてないのに」
「ああ、精霊魔法は無効を無効にする魔法攻撃だ、だから、俺は無効を無効にする攻撃を無効にした」
もはや自分が何を言っているのか、よく分からなくなってくる。
これは俺の力じゃない。リンのおかげだ。
リンが気づいてくれていなければ、ここにいる全員が死んでいた。
「リン、よく気づいたな、ありがとう」
「私も驚いてる、ただいつもレンならどうするかを考えてたから、あの時、エルフの秘薬を投げられたとき、必死で考えた」
俺はあの瞬間、エルフの秘薬を投げた。これはウォルフガング戦で魔剣ダイダロスに自分のMPを吸収させるために使用した。効果は一定時間、MPを使用してもMPが消費しなくなる。
本来はソラリスなどに使用し、大規模魔法連発する用途などに利用される。
リンは続ける。
「一瞬、私に魔法を使わせるのかと思った、けど私の魔法攻撃力がアリアテーゼに通用すると思えないし、エルフの秘薬が必要なほど消費MPが多い魔法もない、だから、消去法で私しか持っていないスキルを使うことにした」
リンのユニークスキル。あまり使い勝手が良くないので、今まで使用することはなかった。
『生魔転換』HPとMPの役割を入れ替えることができる。つまり魔法を使用するとHPが減り、ダメージを受けるとMPが減る。もちろんその状態でMPが0になれば、死んでしまう。
このスキルとエルフの秘薬により、リンはダメージを受けることで、MPが消費され、エルフの秘薬の効果でMPが消費されないので、無敵となる。
しかし、これだけではリンだけが生き残り、他は全員死んでしまう。それをどうにかするのは我らがポチ様の力だ。
ポチのスキル『ワンフォーオール』。パーティ全員のダメージを1人に肩代わりさせることができる。
『ワンフォーオール』により、俺たち全員のダメージをリンに肩代わりしてもらった。
これにより、パーティ全員無敵状態が作れる。精霊魔法のダメージを防ぐのは不可能だ。だから、ダメージを受けても死なないようにした。
ユキを遠くに逃した理由もここにある。ユキは敵NPC扱いなので、パーティに組み込めない。だから、ポチの『ワンフォーオール』で肩代わりができない。
リンが気づいてくれるかどうかは賭けだった。もしアリアテーゼより先に会えていれば、ちゃんと説明できたのだが、今回はその時間がなかった。
エルフの秘薬を投げただけで、『生魔転換』を使った機転はもはやNPCのAIを超えている。俺と共に旅をして、リンの考え方がプレイヤーに寄ってきている。
これはリンだからだ。他のキャラクターではこうならないだろう。リンには有り余る向上心がある。俺は知っている。常に強くなるため、考え続けている。
彼女は英雄の戦い方を学び、近づこうと必死に努力をしている。アリアテーゼに勝てたのは、リンの努力による。
皮肉だが、ネロにも感謝しないといけない。あのアンチマジックフィールド装置を俺に届ければアリアテーゼを倒せると吹き込んだのだろう。そのおかげで俺はリンと合流できた。
アリアテーゼから放たれていた魔力が消える。『魔力暴走』の効果が切れたのだ。『魔力暴走』が切れるとアリアテーゼは半日間、魔法が使えなくなる。
俺の初めに思いついた作戦はジャガーノートを育てて、アリアテーゼにぶつけることだった。偶然ユキがジャガーノートに襲われていたので、利用しようと考えた。
しかし、これは失敗の可能性も高い。チャンスはアリアテーゼが油断している初回だけだ。『イリュージョン』で距離を取られてしまえば、簡単に魔法で吹き飛ばされてしまうジャガーノートでは中々接近出来なくなる。
あの時点では『魔力暴走』を使われたら、俺の負けだった。しかし、リンの登場で勝利条件は逆転する。
『魔力暴走』を使われたら勝ちになる。
今回の無敵状態には当然ながら、時間制限がある。エルフの秘薬の効果時間、『生魔転換』の効果時間、『ワンフォーオールの効果時間、どれかが切れたら終わりだ。
そうなると、無敵状態中にアリアテーゼを倒さないとならない。アリアテーゼには全回復魔法【フルケア】や、『イリュージョン』【フィジカルリフレクション】もある。
彼女が本気で時間稼ぎをしたら、時間内に倒し切ることなど出来ない。だから、『魔力暴走』を使わせる必要があった。
『魔力暴走』の効果時間は長くない。そして、終了後、アリアテーゼを完全に無力化できる。
その使わせるトリガーがジャガーノートだった。『濃霧』により、魔法があまり効かず、かつダメージを受けるたびに速くなり続けるジャガーノートを倒すために、アリアテーゼはいずれ『魔力暴走』を使用する。
これが俺の作戦の全貌だ。エルフの秘薬と『生魔転換』『ワンフォーオール』の複合技は、ゲーム時代には知らなかった。そもそもリンをパーティに入れていなかったし、ネットでも話題に上らなかった。
「妾は負けたのか……ウォルフよ、妾もそちらに行こう」
アリアテーゼは脱力して、床に座り込む。俺はアリアテーゼに向き直る。
リンが何かを言いかけたが、口をつぐんだ。俺の判断に任せるという意思表示だろう。俺はアリアテーゼに近づく。
「さあ、妾を殺しなさい、それが目的なのでしょう?」
これは千載一遇のチャンスだ。きっとこれを逃したら、二度とアリアテーゼには勝てない。倒すなら今しかない。
次にアリアテーゼに命を狙われたら、俺たちは為す術なく殺される。
俺の結論は既に出ている。