勝利の鍵
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何とかアリアテーゼを振り切ることができた。ポチは『ロンリーワン』の効果で、アリアテーゼの攻撃に巻き込まれていないので、俺についてこれている。
先程、『濃霧』と『不動心』の効果が切れた。MPはエクストラマナポーションで回復できているが、クールタイムが終わるまで再使用ができない。
それまでアリアテーゼに追いつかれるわけにはいかない。『濃霧』がない状態で魔法を受ければ即死だ。
もしギルバートとユキがリンを救出していたら、俺は自分が脱出するだけで良い。
しかし、魔王城の外には障害物がない。格好の的にされる。アリアテーゼの魔法で爆撃されれば、『濃霧』があっても焼石に水だろう。
ならば、アリアテーゼを倒すしか魔王城から逃げ出す術がない。既に何度もシミュレーションしている。現状俺の力だけで倒す道はない。どの選択をしても、全て俺の死で終わる。
何か断続的な鈍い音が聞こえた。俺はその音の方向へと向かう。ちょうどリンが捕われていると思われる方向だ。
そして、俺は壁を打ち付ける黒い怪物を視認した。ジャガーノートだ。今の俺でも倒すことが出来ない、魔王城の全モンスターの中で最強のHPと攻撃力を持つ。最も遭遇してはならない敵だ。
ジャガーノートはがむしゃらに何かを殴り続けている。俺はぞっとした。もしリンが殴られていたらと考えた。
しかし、すぐにそれはないと分かる。この世界ではHPがゼロになると、青い粒子になって消える。だから、ジャガーノートが殴り続けていることで、まだ死なずに耐えていることが分かった。
間違いなくユキだ。ユキは『物理ダメージ無効』のスキルがある。自分が囮になって皆を逃したのだろう。
俺はユキに感謝した。それと同時にそんなユキを殴り続けるジャガーノートに怒りを感じた。
「俺の仲間に触れるな」
俺はジャガーノートに背後から接近し、斬鉄剣で斬りつける。ジャガーノートの苦痛の声が漏れる。
攻撃を止め、俺に向き直る。ジャガーノートは大きいダメージを与えた者を攻撃対象にする。これで攻撃対象は俺に移った。
「レン!」
今まで痛みは感じずとも、ずっとジャガーノートの攻撃に受け続けていたユキは、驚いたような顔をしていた。
ジャガーノートの拳が俺に振るわれる。あまりに遅い。俺が一歩位置を移動するだけで回避する。俺はレベルも300を越え、回避術も全盛期に近づいている。
今の俺ならアバランチ一体の攻撃を全て避け切れるだろう。ゲーム時代の全盛期の7割くらいの回避能力を持っている。
「ありがとう、ユキ、こいつを引きつけてくれて」
俺は全ての攻撃を危うげなく回避しながらユキと会話する。
「リンとは合流できたわ、ギルバートと一緒に入り口に向かっている」
リンが捕われているだろう部屋はもっと奥だった。この地点で合流できたということは、リン自身、脱走を試みたのだろう。
リンはダンテがいなくなったことから、今が逃げ出すタイミングだと悟ったのだろう。賢明な判断だ。
もし脱走していなければ、プロメテウスに先を越されていたはずだ。
「こいつは俺が何とかしておくから、ユキはここを離れてくれ」
「私なら大丈夫よ、攻撃が効かないから、レンの盾になれるし、魔法で援護もできるわ」
気持ちはありがたい。事実、俺はスペクターというモンスターを倒す術がない。途中で遭遇すれば厄介だ。しかし、俺の判断は変わらない。
「ユキを殺せる敵が俺を追っている、ここにいない方がいい」
ユキは決して無敵ではない。物理ダメージが無効で、氷属性以外無効で、氷属性は吸収できる。一見、ダメージを与えようがないように思えるが、それは間違いだ。
艶王アリアテーゼには『魔力暴走』がある。あれを使用した後は精霊魔法が使えるようになる。精霊魔法は回避不可能な広範囲極大ダメージだ。更に無効が無効という訳が分からない仕様となっている。
もちろん『魔力暴走』の効果が切れた後に、アリアテーゼ側にデメリットはあるのだが、そもそも効果が切れるまで生き残れない。
精霊魔法を使用されれば、ユキでも生き残れない。もちろん、ポチも同様だ。『ロンリーワン』はポチがこちらから攻撃しない限り、広範囲の攻撃でもダメージを受けないスキルだ。しかし、これさえ無効になり、精霊魔法ではダメージを受ける。
ちなみに『ど根性』というHPが1で一度だけ耐え切るスキルもあるが、精霊魔法は発動中、ありえないダメージが連続で入り続ける。1になった瞬間に次のダメージを受けるので、意味がない。
『お手玉エスケープ』も空中に投げたポーションが魔法で破壊されるし、『ジャグリング』の時間より、精霊魔法のダメージを受け続ける時間の方が長い。
結論、使われたら最後、ダメージを受けることは避けられない。
「でも、それは……」
ユキが何かを言いかける。ジャガーノートは中々攻撃が当たらず、怒り狂っているが、俺は最小限の動きで避け続ける。
きっとユキは、それは俺も同じだと言いたいのだろう。
「俺は大丈夫だ、というか一撃で死ぬ攻撃なんて、今まで何度もあったし、生き残る道を知っている、俺が生き残るためにユキにはこの先に進んで、プロメテウスを足止めして欲しい」
ユキは俺と視線を合わす。そして、力強く頷いた。
「分かったわ、絶対生きて戻ってね」
「ああ、約束するよ」
ユキはそう告げて、部屋を出て行った。これで良い。プロメテウスはユキを殺す手段がない。ステータス的には圧倒的な差があるが、魔法攻撃力はユキの方が高い。それに周りに仲間がいなければ、ユキは範囲魔法も使用できる。
「ぐおおおおぉ」
ジャガーノートの突進を俺は軽くいなす。英雄にとって、今 こいつの攻撃など児戯に等しい。
俺は回避を続けながら、集中に入る。徐々にジャガーノートの動きが遅くなり、ついには止まる。
俺は時間が引き伸ばされた超集中の世界で、あらゆるシミュレーションを始めた。アリアテーゼを倒すために。
俺の力だけでは絶対に勝てない。それだけは確実だ。どの条件分岐、運を絡めても俺単独でアリアテーゼに勝つ道はない。
ならば前提として、俺以外の要素を条件に加える。再び膨大なシミュレーションが再び始まる。
思考がクリアになっていく。全能感が溢れ出てくる。どこまでは深く潜っていく。
見つけた。俺の前に一筋のわずかな光が見えた。しかし、それは糸のように細く、今にも途切れそうな道だ。
この道は進めない。ゲームでなら何百回と死にながら試行すれば、この道を渡り切れる。しかし、一度しかない現実ではとても渡り切れない。
ならば、この道の光を強める要素を探す。手持ちのアイテム、仲間のスキル、出現するモンスター、魔王城のトラップや出現アイテム、あらゆる条件を組み込む。
そして、俺はたどり着いた。絶望という深い闇を照らす一筋の光。先程は細く弱々しい光だったが、ある存在がその光を強める。
栄光への道は確かにあった。そして、そこに至るための鍵は彼女だ。
リンに会わないと。
彼女の姿が光り輝く道の上に見える。リンと会うことが出来れば、俺はアリアテーゼを倒せる。
そのために、魔王城の入り口へ向かわなければならない。しかし、その方向には追ってくるアリアテーゼがいる。
俺がリンと会えずに、アリアテーゼに遭遇すれば終わりだ。しかし、もうその道しか残されていない。
世界が再び動き出す。飛んできた黒い拳を避ける。
さあ、艶王を攻略しよう。