誘導
________ネロ__________
今のところ順調だ。僕は水晶を眺めながら、安心をする。
プロメテウスの部屋には工房があり、僕も見たことのない魔道具がいくつもあった。全てプロメテウスの自作らしい。その点に置いては彼は間違いなく天才だろう。
僕はこっそりとその魔道具の原理を調べて理解し、応用し、映像も音も送信できる水晶を勝手に量産した。それを無断で魔王城中に仕掛けた。
この城の中で何が起こっているかは手に取るように分かる。
僕はプロメテウスを利用している。彼の約束通り、アリアテーゼとレンさんをぶつけることには成功した。しかし、そこが終着点ではない。
最終的にアリアテーゼを倒したレンさんとプロメテウスが戦う状況を作り上げるつもりだ。せっかく強者が2人もいる。2人ともぶつけた方が面白い。
ドラクロワが戻ってきたのは予想外だったが、彼には退場いただく。その為の手も既に打ってある。
僕は通信用の小さなクリスタルに口を近づける。
「聞こえますか? 手筈通りドラクロワさんを殺しましょう、分かったら咳払いをしてください」
しばらくして、咳払いが聞こえた。あの俗物はドラクロワに付き従っているが、欲望に忠実だ。ちょっとエサを垂らせば、容易に懐柔できた。既にドラクロワを殺すための道具は渡している。
最果ての村に行ったアドマイアはダンテの動きを封じるための要だ。
穏健派のダンテをいかに最果ての村に留めるかが、この作戦の肝だ。普通に暴れていては、ダンテに一瞬でやられるだけだろう。
プロメテウスが言うには、最近は滅多に戦いに出なくなったが、隠居する前は凄まじい強さだったらしい。プロメテウスでは絶対に勝てないと言っていた。
だから、ダンテを少しでも長く留まらせる工夫をしてある。アドマイアは一暴れした後、1時間後にもう一度来ると宣言して、遠くに逃げるよう指示した。
ダンテの気配察知能力は異常だ。最果ての村で隠れていた僕の存在にも気づいていた。その力が届くよりも遠くにアドマイアを逃した。
ダンテは村人から状況を聞き、周辺を探しはじめるだろう。それでも見つからないとなれば、1時間後まで待つはずだ。
もちろん、アドマイアに約束通り行かせる気なんて更々ない。ダンテを最果ての村に釘付けでおけばそれで良い。
メリーはこの辺りでは使い物にならない。まあ、指示を忠実にこなしてくれるので、手元にまだ置いておくつもりだ。雑務をする要員も必要だから。
今のところ、レンさんは逃げるだけで何も面白いところがない。いや、1つ興味深いことがある。
この短時間でレンさんのレベルがありえないほど急成長していることだ。『アナライズ』を使用していないから正確には測れないが、僕の知っているレンさんとはステータスがあまりに違っている。
普通の手段でここまで短時間で強くなることなど出来ない。やはりレンさんは興味深い。
しかし、このままレンさんの仲間たちに逃げられるのは良くない。仲間を目の前で失ったり、仲間が危機に陥った時、レンさんはきっとパフォーマンスを上げる。
だから、僕は念のため、ここにいる。初めから僕はこの魔王城の入り口にいた。レンさん達がここを通るのも隠れながら観察していた。
そして、やはりここで待機していて正解だった。
「もう行ってしまうのですか?」
僕は前に現れた彼らに、問いかける。ここで彼らを外に出すわけにはいかない。
「てめぇは! ……誰だ!」
「ドラクロワ様、最近城に出入りしてるネロ様です」
ドラクロワはかなり強い。戦闘になれば僕に勝ち目はない。しかし、戦いは何も戦闘能力だけに左右されるのではない。僕と彼では土俵が違う。
「このまま逃げて良いのですか? レンさんは戻ってこなくなりますよ」
ドラクロワを無視して問いかける。揺さぶるのはリンだ。
「レンの旦那なら、絶対無事に戻ってくる、むしろ俺たちがここにいれば足手まといだ」
ギルバートが強気に言い切る。リンもそのつもりのようだ。
「これを見てください」
僕は水晶を1つ取り出して、放り投げる。リンがそれをキャッチする。その水晶には逃げ回るレンさんの映像が映っている。
「相手はアリアテーゼ、最強の魔法使いです、レンさんはアリアテーゼを倒せる手があると言っていたようですが、それはプロメテウスに聞かせるためのハッタリだったんじゃないですか?」
ギルバートの反応を伺う。やはり思った通りだ。
「そもそも彼の作戦ではアリアテーゼと遭遇した時点で負け、プロメテウスと遭遇したら勝ち、そうゆうものだったのではないですか?」
リンが答えを求めにギルバートを見る。ギルバートは嘘が付けないタイプなのだろう。素直に頷いてくれた。愚かな男だ。ここは嘘でもリンを安心させるべきだろう。
水晶の映像には魔法の嵐に晒されながら、逃げているレンの姿が映っている。
あと一押しだ。
「僕はレンさんを救う方法を知っていますよ、これを使えば良い」
魔法陣が書いてある金属の円盤を見せる。
「これはエルドラドの魔法協会など使われているアンチマジックフィールドを作る魔道具です、あの元魔法協会総帥ソラリスが開発したものですね、この周辺では魔法が使えません、試しに私に魔法を放ってみてください」
リンは言われた通りに【ライトニング】放ってくる。雷光は私の手前で急に掻き消えた。
これで信憑性は担保された。実際は魔法攻撃力がある魔法使いの上級魔法は打ち消せない。だから、アリアテーゼに対して何の抑止力にもならない。しかし、この場でそれは証明できない。
「アリアテーゼは魔法が使えなければ大した相手ではありません、レンさんなら確実に勝てるでしょう」
これで良い。リンの天秤はこちらに傾いた。
「てめぇは怪しいと俺の直感が言ってるぜ! リン、騙されんじゃねぇぞ!」
せっかく上手く行きそうなのに邪魔だな。もういい。彼には退場頂こう。僕は目で合図を送った。
「痛て」
ドラクロワが急に声を上げる。彼が後ろを振り向くと、短剣を握ったペペがいた。
「ドラクロワ様、悪いのですが、私は仕えるべき人を今まで間違えていたみたいです」
ドラクロワが何かする前に、動きが止まる。
「う、動けねぇ、てめぇ! 何しやがった?」
ぺぺは足早に僕の側にやってきた。僕が代わりに説明する。
「ここに来る前、ある研究所に寄ったんです、そこで手に入れた毒をナイフに塗りました、どうも沼地の奥にいるヒドラというモンスターから取れる毒らしく、特殊な状態異常で、ハイキュアや万能薬で治らないようです」
ドラクロワが刺された患部から、皮膚の色が変わり始める。
「ペペ、てめぇ、自分がしたこと分かってんのか!? お前はそのガキにだまさ……」
ドラクロワは床に倒れ込んだ。身体に毒が周り、身動きが取れなくなっている。
「くそがあぁぁあ!!」
凄まじい怒声が耳をつんざく、その瞬間、動けないはずのドラクロワが弾丸のように向かってきた。
信じられない。資料には麻痺の効果もあり、身体の自由を一瞬で奪うと書いてあった。精神力だけで、無理矢理攻撃を仕掛けてきた。
速い。僕の素早さでは回避ができない。【フィジカルリフレクション】はかけていない。そもそもかけても無駄だ。ダメージ量を3分の1にできるが、余裕で僕のHPはなくなる。それだけドラクロワの攻撃力は高い。
ドラクロワの悪あがき、渾身の拳は僕の身体にめり込んだ。
甲高い音が鳴り響き、床に倒れ伏す。
「くっ……て、てめえ」
僕は今度こそ倒れて動けなくなったドラクロワを見下ろす。危なかった。油断は良くない。
「今のスキル、あなたならよく分かりますよね、『金剛』という防御スキルです、あなたが使っているのを見てコピーしました」
僕は『スキルコピー』というスキルを最果ての村で手に入れた。これは使い勝手が良い。1つしかコピーしておけないが、僕なら最大限に使いこなせる。
この魔王城に来て、出来るだけ多くのスキルを見て、吟味していた。デスナイトの『透明化』も捨てがたかったが、それでは偶然の流れ弾であっさり死ぬ可能性がある。
だから、いざという時に身を守れるスキルが欲しかった。それをドラクロワが持っていた。ドラクロワが訓練をしている時に使用しているのを覗き見てコピーしていた。
僕はドラクロワからリンに視線を戻す。これでうるさい奴は消えた。
「麻痺の効果と毒の効果を併せ持つような効果ですね、ただ治すにはヒドラの血清が必要です、それはここにあります、ちゃんと研究所にストックがありました」
僕はそれをポケットから出して見せつける。
「おい、そいつを俺たちに渡せ」
ギルバートが銃を突き付けてくる。しかし、指は引き金にかかっていない。
「あなたに僕を撃てるのですが、僕はただの人間ですよ、モンスターじゃない」
彼の心理は楽に読み取れる。優しいといえば聞こえは良いが、ただ甘い。彼に僕を撃つ覚悟はない。
ギルバートは葛藤しながら、銃口を僕に向け続けている。意味のない葛藤だ。彼が出す結論は初めから決まっている。
「僕はただレンさんを助けたいだけです、でも僕には戦闘力がない、だから、この円盤を彼に届けてほしい、もし届けてくれたなら、その後、ヒドラの血清を渡しましょう」
「それまでにドラクロワが死ぬ可能性がある」
リンは冷静に言う。しかし、実は冷静さを失っている。落ち着いているふりをしているだけだ。僕には分かる。
「ドラクロワさんには『HP自動回復』のスキルがあります、それにヒドラの毒は時間による一定ダメージです、最大HPが高い彼なら30分以上保つでしょう」
さらに条件は揃えた。レンさんがピンチに陥っていて、助けるための道具がある。ドラクロワは死にかけており、助けるために血清が必要。
この状況下で、この魔王城から逃げ出すと言う選択は選べない。人を思い通りに動かす為には、準備が必要だ。このように条件を整え、1つずつ選択肢を奪っていく。あたかも自分で判断したように見えて、僕の思い通りに行動してくれる。
「分かったわ、あなたの言う通りにする」
そう、それで良い。人というのは実に簡単に操れる。だから、つまらない。
だけど、レンさんだけは違う。僕は彼を思い通りに動かせる気がしない。あの人はきっと僕が想像も出来ない道を自分で作り上げる。
だから、僕は道を切り開く彼を見てみたいんだ。
さあ、せっかく助け出して逃そうとした仲間は、再び危険な戦場に戻っていくよ。
僕は楽しくて仕方がない。まるでゲームをしているようだ。今まで誰かと頭を使うゲームをしても、皆が弱すぎて何も面白くなかった。
でも今は違う。僕が負けるかもしれないほどの相手と戦えている。それがとても嬉しい。
きっとこれが世間で言う友達というものなのだろう。
レンさんは僕の初めての友達だ。楽しく遊ばないとね。