友情
____________ユキ____________
危なかった。紙一重でリンは攻撃を回避した。リンに合流出来たのは幸運だったが、こいつに出会ったことは不幸だ。
レンは私たちに出現モンスターの多くの情報を教えてくれた。その中にこいつの情報はあった。
ジャガーノート。この魔王城で蜘蛛のモンスターの次に注意をしなければならない相手だと言っていた。全てのモンスターで詳細は聞いたが、レンは特にジャガーノートだけ詳しく説明してくれた。
レンからのアドバイスは1つ。絶対に戦うな、だった。
ジャガーノートは魔王城でウォルフガングを除いて最も高い攻撃力を持つらしい。どれだけ防御を固めても一撃死する。と。
そして、膨大なHPを持っていると言っていた。状態異常無効は持っているが、属性無効や吸収などのスキルはない。有り余るHPで耐えきってくる。更に『HP超高速回復』というスキルがあり、ダメージを与えてもすぐに全回復するらしい。
その回復速度を上回るダメージを与え続けて膨大なHPを減らすのはレンでもかなり長時間かかると言っていた。
そして、一番注意が必要なのが、『逆上』というスキルらしい。これはダメージを受ける度、全ステータスが向上していくものだ。身体が赤みを帯びてきて、防御力も向上し、ダメージが与えにくくなる。
素早さも向上し、最終的にレンでも回避出来ないほどの速度になる。
更に良いのか悪いのか、ジャガーノートは周りのモンスターにも攻撃し、逆にモンスターからも攻撃されるらしい。
この特徴の良い点は一緒に現れたモンスターを、勝手に倒してくれること。ジャガーノートは敵味方関係なく、まず大きなダメージを与えてきた対象、次に近くにいる対象を攻撃する。
悪い点は周りのモンスターからの攻撃で、こっちが何もしなくても『逆上』が発動して、ステータスが強化されていくこと。今は周りに他のモンスターがいなくて本当に良かった。
以上のことから、ジャガーノートと遭遇した時は逃げる一択だ。
「逃げるわよ! もうここにいる意味はない、きっとレンなら自力で脱出できる」
私の声にギルバートとリンが動き出す。逃げようとする私達にジャガーノートはぞっとする雄叫びを上げた。
次の瞬間、その巨大をしならせ、身体が大きくなる。
違った。大きくなったんじゃない。近づいているから大きく見えた。身体が勝手に動く。想定より遥かに速い。
速すぎる。ノーダメージで『逆上』が発動していない段階で、この速度なら素早さが上がれば対応のしようがない。
ギルバートに振るわれる拳に、私は身体をぶつける。恐怖はある。でも私しかこの攻撃を受けきれない。
拳を受け止める。衝撃は来て、私は吹き飛ぶ。壁にぶつかり、壁にひびが入る。それでも私にダメージはない。
私には『物理ダメージ無効』のスキルがある。だから耐え切れる。
もちろんこちらから攻撃は出来ない。ダメージを与えれば、ジャガーノートが強化されてしまうだけだ。でも、足止めは出来る。
「私が食い止める、早く逃げて」
この選択が正しい。私は盾になるべきだ。
ギルバートの目に一瞬躊躇いが浮かんだ。私の身、いや、メアリーの身を心配したのだろう。だけど、今はそんな気持ちはいらない。
「早く行って! 私は大丈夫だから!」
声を張り上げる。リンは優秀だった。初めからここは私に任せて逃げようとしていた。ギルバートも私の声でようやく逃げ出す。
これは信頼だ。同じ状況なら、レンは私を躊躇いなく置いていく。むしろ、私はそうして欲しい。私は物理ダメージを受けない。ならば、全員が生き残る最適解は私がみんなを守ることだ。
ジャガーノートからの追撃が来る。凄まじい迫力だった。私の身体に太い腕が食い込むが、私にダメージはない。
「さあ、私をもっと攻撃しなさい!」
私は注意が逃げ出す2人に向かないように、必死に声を上げて、挑発する。
猛獣のような声を出しながら、ジャガーノートは私を滅多打ちにする。速度が速すぎて、私は何をされているのかも分からない。
永遠に続くとも思えるほどの連打に、私はただ耐え続けた。
___________リン____________
私たちはユキのおかけで、あの怪物から距離を取ることができた。
隣のギルバートは何度か後ろを振り向いている。ジャガーノートが拳を何度も打ち付ける音が生々しく響いているのを、気にしているのだろう。
ギルバートは甘い。それが彼の良いところでもあるが、今の状況では不安要素でしかない。
ユキには物理ダメージ無効のスキルがある。あの怪物ではユキを殺せない。それにあの怪物の素早さは明らかに私を超えている。ユキがいなければ逃げきれなかった。
だから、あの場をユキに任せて逃げる選択は正しかった。レンならそうしているだろう。私の行動指針は常にレンを想定している。彼に追いつくために。
「まずい……」
ギルバートが急に立ち止まった。呆然と前を見ている。それはジャガーノートが拳を打ち付ける轟音を聞いたのか、無数のモンスターが集まっていた。
「だめだ、スペクターまでいる」
ギルバートが絶望したように言葉を漏らす。彼の視線から察するに、赤いフードを被った小人のようなモンスターをスペクターというらしい。フードから見える顔の部分は大きな目玉だけだった。
既にモンスターはこちらを視認し、向かってきている。
「嬢ちゃんは、スペクター、あの赤いのを魔法で攻撃してくれ、あれは俺の攻撃が効かない」
私は理解した。さっきユキはあの腕輪をつけていなかった。つまり解放されて魔法が自由に使えるということだ。だから、ここに来るまで、恐らく物理ダメージ無効のスキルを持つスペクターはユキが担当だったのだろう。
骸骨の剣士たちはギルバートの銃弾一発で倒せている。何か特殊なスキルをレンが銃に付加したのだと推測した。
私は魔法の【ライトニング】をスペクターに放ったが、無駄だった。私は魔法使いではない。私の魔法攻撃力ではスペクターの魔法防御を突破出来なかった。
ユキの魔法攻撃力は異常値だ。私とは天の地の差がある。
トカゲのようなモンスターやスペクター、骸骨が押し寄せてくる。
素早さでも明らかに負けている。逃げきれない。いくらレンならどうするかを考えても、解は出なかった。
間違いなく、殺される。他に選択肢なんてない。
私は死を覚悟した。一匹ですら勝てないモンスターが群れをなしている。いくら回避術があっても、数の暴力には勝てない。
「レン、ごめん」
ここまで助けにきてくれたのに、私はここで死ぬ。危険を省みず、ここまで来てくれたレンに申し訳なかった。私はあの人のいる場所に、たどり着けないまま、この命を終える。
それがどうしようもないほど悔しかった。
「しけた面してんじゃねえぞ! そんなキャラじゃねえだろ!」
絶望に打ちひしがれ、伏せていた顔を上げた。
そして、視界に吹き飛んでいくモンスター達が映った。
あれほど恐怖の対象だった強敵達が嘘のように吹き飛んでいく。
その中央に品性を感じさせない尖った金髪が見えた。ファーのついたレザージャケットは風に靡いている。腰からジャラジャラと邪魔そうな金色のチェーンが揺れていた。
「俺様、参上だ! こらっ!」
ドラちゃんだった。
そこからは圧倒的だった。こんなにドラちゃんが強いとは知らなかった。いつも組み手では手加減されていたのだと気づいた。
物理が効かないスペクターも、拳に炎属性を付与するスキルで、呆気なく倒していた。
数十秒で全てのモンスターが青い粒子に変わった。
「どうしてここにいるの? 命令で出かけているはずじゃ」
ドラちゃんはふんっと鼻を鳴らした。
「命令は無視した、そもそも俺はプロメテウスの野郎が嫌いだ、あいつの命令なんか聞けるか! それに怪しいと感じた、今回の命令はまるで俺をここから遠ざけるためのものに思えた、だから、戻ってきたら案の定だ」
「ドラクロワさまー、お願いします、戻りましょうよ、このままではプロメテウス様に殺されてしまいます」
ぺぺが泣きそうになりながら、ドラクロワを追いかけてきた。
「その時は俺がプロメテウスを返り討ちにしてやる」
「いやいや、無理に決まってるじゃないですか!」
2人の掛け合いが張り詰めていた空気を和ませる。
「よし、取り敢えずてめぇらを外まで連れてってやる、俺様に感謝するんだな」
ドラちゃんは頼もしく、そう言った。
「本当にいいの? 多分、ただじゃ、済まされないと思う」
「ふん、さっきも言っただろ、俺はプロメテウスが嫌いだ、それにな、俺は別に地位や権力なんて興味がねぇ」
「ドラクロワ様、それは嘘です、あれだけ幹部になりたがっていたじゃないですか、俺は龍王ドラクロワだ、って鏡の前でポーズを決めて」
「うるせぇ! 何でそのこと知ってんだ! あの時は誰も周りにいなかった!」
「ありがとう、ドラちゃん」
私は素直にお礼を述べた。第一印象は最悪だったが、今は命の恩人だ。
「礼を言われるまでもねぇよ、当たり前じゃねぇか」
ドラちゃんは少し気恥ずかしそうな顔をして、私に背中を向けた。
「てめぇはダチだからな、命張る理由はそれで十分だ」