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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第2章 英雄の成長
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脱出




__________リン___________



時は来た。私には分かる。



温室のおじさんが急に知らせを聞いて、出ていった。同時にドラちゃんも何か命令が下ったようでいなくなった。



タイミングが出来すぎている。私を守ってくれる可能性のある2人が同時にいなくなった。



つまりここで待っていれば、いずれプロメテウスが現れる。そして、レンがこの魔王城にいる。



このまま、呑気にしているわけにはいかない。脱出しなければならない。今、部屋の外に見張りの魔族が2人。強さは分からないが、私のレベルでは太刀打ち出来ないだろう。



それに例え2人から逃げても、ある程度行けばモンスターが現れる。おじさんの話では、この辺りの区画はモンスターが入らないようになっているらしい。私ではそれらのモンスターにも歯が立たない。



それでも私は行動する。あの人ならこの絶望的な状況でも諦めない。不可能を超えてくる。



英雄への一歩として、私も成し遂げなければならない。じゃないと、レンと並べない。追い越せない。



レンは確かこうゆう状況のことをこう呼んでいた。



()()()()と。



じゃあ私も無理ゲーを攻略しよう。



レンはどんな絶望的な状況でも諦めない。しかし、それはただ無謀なのではない。理論に裏打ちされた、計算ありきだ。



だから、私も考えなければならない。考えて考えて考えぬく。



アイテムも武器もない。ならば、周りのものを利用する。私は辺りを見回す。天蓋付きの豪華なベッドと、着替えが入ったクローゼット。天井まで続くはめ殺しの窓に、長いカーテン。



窓を割ることは出来ない。それはもう最初に来たときに試した。あまりに強度が高い。



ここから出るには魔族を倒すか、転移出来るスキルや魔法でも使用しないとならない。



私はそこで気づいた。見えた。空間を移動できるスキルを持つ者に迎えに来てもらえばいい。










_____________竜兵_____________



退屈な任務だった。ただ立っているだけだ。隣の真面目君のせいでサボることも出来ない。



この魔王軍では強さこそが全て。俺もそこそこの実力があるが、上は化け物揃いだ。この生活区画以外は獰猛なモンスターどもが跋扈している。そのモンスターの上位にも俺は勝てない。



特に最悪なのがジャガーノートだ。あの怪物に仲間が何人殺されたか。他の魔物はある程度知性があり、魔王軍の紋章が発する魔力により襲ってはこないが、ジャガーノートだけは躊躇いなく攻撃してくる。魔王城の生活区画から出るときはいつもジャガーノートに出会わないかヒヤヒヤしている。



ドラクロワ隊長は最近、この部屋にいる女にご執心だ。そのことにも腹が立つ。俺もまともに隊長と組み手なんてさせてもらえないのに、あの女は毎日のように隊長と戦えている。



しかも、隊長も楽しそうだった。それが不愉快でしかない。



「私は光栄であります、プロメテウス様から直々に命令を頂くなど、感激の極み!」



隣の真面目君に俺はうんざりする。ただの駒として利用されていることの、何が光栄なのか。失敗すればプロメテウス様に殺されることは決まっている。



魔王軍幹部の中でプロメテウス様が一番怖い。冷たくて、血が通っていない。仲間を何とも思っていない。アリアテーゼ様も私のことなど虫ケラ程度にしか思ってないだろう。



その点、ダンテ様は理想的な上司だ。こんな俺の名前も覚えてくれているし、見張りの最中に差し入れもくれる。肉食の俺に採れたての野菜をくれた時はどうしようか迷ったが、嬉しかった。



最近姿を見ないウォルフガング様も素敵なお方だった。特に酒の席になると、本来従事しないといけない俺たちにも酒を飲ませてくれて、とても楽しかった。プロメテウス様がその有様を見てキレて、俺たちが皆殺しを覚悟したとき、宥めてくれたのもウォルフガング様だった。



まあ、俺はこれで良いのかもしれない。これ以上強くもなれないし、魔王軍は待遇が良い。この魔王城に攻め込んでくる者もいないし、こうやって見張りをしてれば良い。



「ん……」



今、部屋の中で何か音がした。俺と真面目君は顔を見合わせる。どうやら気のせいではないらしい。



きっと人質の女が何かを落としたのだろうが、もし脱走でもされたら俺たちは殺される。念のため、聞き耳を立てた。女が何かを言っている。



「……りがとう……迎えに……くれて、これが転移のスキルなのね」



最後の言葉だけ確実に聞き取れた。俺は血の気が引いた。転移のスキルと言っていた。それはこの部屋の中に現れ、この部屋から自由に出れる能力のことだと推測できた。



俺は慌てて、ドアを開ける。そこに既に女の姿はなかった。



「やばいやばいやばい!  探せ! とにかく探せ!」



俺と真面目君は必死になって部屋の中を探す。しかし、女の姿はない。



俺は絶望した。もう無理だ。俺の人生は終わった。



「ありがとう、迎えにきてくれて、これが転移のスキルなのね」そうあの女は言ったのだろう。何者かがそのスキルでこの部屋に現れた。



そもそも転移出来る奴から人質を守るなんて不可能だ。俺は悪くない。だが、悪くなくとも俺は殺される。



「あわわわ、ど、どうすれば!?」



騒いでいる真面目君に俺は声をかける。



「まずはプロメテウス様に報告だ! 急げ!」



「は、はい!!」



真面目君が走っていく。俺はその背中を見送って、行動を開始した。



あの真面目君はプロメテウス様に殺される。そして、俺はこの魔王城から逃げる。全力で走り出した。



田舎に戻って親の家業でも継ごうと思った。



_________________
























もう行ったようだ。私は腕の力を抜き、床に着地する。



作戦は成功した。あまり露骨にならないように、こちらの声を聞かせ、転移のスキルを持つ者に迎えにきてもらったと思わせた。



私はカーテンの中に隠れていた。もちろん普通にカーテンの中ぐらいは探される。だから、天井近くまでカーテンをよじ登り、上に隠れた。転移スキルの先入観もあり、彼らは天井近くまで探すのを怠った。



これは賭けだった。もし1人がここに残ってしまえば、私は戦うしかなかった。



しかし、私はプロメテウスが部下を大事にする者とは思えなかった。だから、もし私に逃げられたのなれば、殺されるのを恐れて逃げ出すのではないかと読んでいた。この読みは正しかった。



今、見張りの1人がプロメテウスを呼びに行っている。早くここを離れなくてはならない。



私は部屋を出て走り出す。まずは私のエクスカリボーを取り戻したい。これはどこにあるか分かっている。ドラちゃんとの会話からさりげなく情報を得た。



真っ直ぐに廊下を進み、ドラちゃんから聞いた部屋に入る。そこは物置のようにいろいろな物が乱雑に置かれていた。私はしばらくその中を探し、目的のエクスカリボーを見つけた。

レンが作ってくれたこの木刀が今はとても心強かった。



どちらに向かえば良いのか検討はついている。初めて連れてこられた時、脱出するときのことを想定し、道順を暗記した。



誰にも見つからないように廊下を進む。ある程度行ったところで、私は赤い扉の前に来た。この扉の向こうからはモンスターがいる。



今の私では生き残れない。素早さが足りないので、見つかったら必ず追いつかれる。全て一撃死だろう。いくら回避技能が向上したからと言って、基礎の素早さがあまりに違えば、何の意味もない。



やはりここを出て行くのは無謀だ。それにレンも私を救出するための作戦を立てているはず。私が違う所に行けば、合流出来ない可能性がある。



モンスターのいないこの生活区画に隠れて、レンが現れるのを待つのが得策かもしれない。



しかし、問題はまもなく現れるプロメテウスだ。私が攫われた時、力の差が嫌という程分かった。次元が違う。私が何かをしたところで全て無意味と思えるほど、強い。



恐らく気配察知、索敵能力も極めて高いだろう。そのプロメテウスの捜索を私が隠れてやり過ごせるとは思えない。



残っても地獄、出て行っても地獄。結局どちらにもリスクはある。



私はこの生活区画を出て行くことに決めた。単純な選択だ。外にいるモンスターとプロメテウスを天秤にかけ、モンスターの方が遥かに安全だと判断した。



私は赤いドアを開いた。照明が薄暗い。生活区画の煌びやかな装飾は失われ、どこか冷気を含んだ淀んだ空気が満ちていた。



慎重に辺りを伺いながら、足を踏み入れる。



私は足を止めた。何か音がした。エクスカリボーを構えて、ゆっくりと進む。



何かが、床に転がっている。暗くてよく見えない。



私は近づく。先程の竜兵が床に転がっている。辛うじて息をしている。私をその力のない目で見て、微かに痙攣し、青い粒子に変わっていった。



唸り声が背後から聞こえた。息を殺していたのか、先程までは微塵も感じなかったが、今、背中に凄まじい殺気を浴びせられた。恐怖で身体がすくむ。



「嬢ちゃん! 避けろ!」



目の前にギルバートが現れる。その声で金縛りが解けた私は何も考えず、思い切り地面を蹴った。



同時に私が先程いたところに凄まじい衝撃が加わり、私は衝撃波だけで吹き飛ばされる。



そこで初めて、敵の姿を視認した。



黒い巨大な塊。辛うじて人型ではあるが、膨張した筋肉により、ひどく歪な姿になっている。頭の部分にはフルフェイスの兜が被され、白い息が隙間から漏れていた。



あまりに悍ましい姿の怪物だった。




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