賭けの勝敗
クラウンを倒した俺は先へ進む。そこには長い廊下があった。床が絨毯ではなく、正方形のタイルになっている。
俺は立ち止まる。この廊下にはトラップがあり、普通に進めばあっさりと殺される。タイルに圧力がかかることでトラップが発動する仕組みだ。
最初のトラップは誰も引っかからない。初めの一列はどれを踏んでも少し前のタイルがなくなり、落とし穴があることが分かるからだ。
それにより、プレイヤーはこの廊下のタイルには罠があることに気づく。
罠の種類は豊富であり、上からギロチンが落ちてきたり、レーザー光線を打たれたり、電撃だったり、矢が飛んできたりする。ちなみにどれだけの防御力とHPがあっても当たれば一撃死する。
ゲームでは、どの順番にタイルを踏んでいくかを何度も死にながら模索していく必要がある。
しかし、それこそがLOLスタッフの悪意。これはゴールがない迷路なのだ。ゴールギリギリまでは上手くタイルを選んでいけば辿り着ける。もちろん、それまでに何十回と死ぬことになるが。
そして、最後の方はどのタイルを踏んでも一撃死となる。ゴールギリギリまで行かせておいて、最後は行き止まりだ。
何時間も時間をかけさせて、最後に絶望を与える。ここまでたどり着いたLOLプレイヤーは耐性がついてるから大丈夫だが、普通ならクレームが入るだろう。
俺は一歩目を進む。タイルに圧力がかかり、少し前のタイルがなくなり、落とし穴ができる。
俺は躊躇わずに、その落とし穴に飛び込んだ。
実はこの廊下、一番初めに現れる明らかに誰も引っかからない落とし穴に落ちることで、次に進むことができる。スタッフのプレイヤーを嘲笑う顔が思い浮かぶ。
落ちた先は真っ暗な部屋だった。明かりが天井の穴しかないため、まともに周囲の様子が伺えない。
しかし、俺は知っている。既にモンスターに囲まれていることを。
周囲から骨が軋む音が聞こえる。俺はすぐに後退して、アイテムのタールをぶちまけ、【ファイアーボール】で点火する。
いくら俺でも視界がなければ、回避ができない。
複数のデスナイトが視認できるが、既に姿を消しているものも数体いる。それよりも一番厄介なのは部屋の一番奥にいる蜘蛛だ。
ガルンチュラ、体長が2メートル程あり、素早さが高い。蜘蛛糸を使ったスキルで遠距離攻撃をしてくる。また雷属性の魔法を使用してくる。
俺がこの魔王城で一番意識している敵だ。ある理由から俺は魔王城で最強の敵だと思っている。
「ぎょえええ! 虫むりぃぃぃ!」
奴が強敵である理由はその見た目だ。グロテスクな巨大蜘蛛なんて、勝ち目がない。
一刻も早く逃れるため、一気に加速する。目に見えないデスナイト達の斬撃を全て回避し、無駄のない動きで突き進む。
ガルンチュラが動いた。カサカサと異常に速い。
「もうやだぁぁ、むりいぃぃ、ぎょえええ!」
こうゆう時は冷静になるべきだ。落ち着いて行動すればよい。鍛え抜かれた英雄は、メンタルコントロールに秀でている。
「ぎゃああああ!! こっちくるなぁぁぁあ!」
俺は冷静に事態を把握し、行動する。英雄として、どんな時でも平常心を忘れてはならない。
「むりぃぃ! もうやだぁぁぁ! うわあああぁ!」
そして、俺は無事に壁の隠し扉から、部屋の外に出ることが出来た。息を整える。やはり冷静な行動をして正解だった。
中々の強敵だった。もしかしたらプロメテウスを超える敵かもしれない。
俺は気を取り直して、先へ進む。まもなくプロメテウスが待ち伏せをしているだろう部屋に着く。
途中の部屋にある宝箱からアイテムを回収しながら、廊下を進む。エリクサーと神秘の腕輪を入手する。本当は複雑な謎解きギミックをクリアして入手するものだが、全部知っているのでヒント無視でアイテムだけ手に入れた。
エリクサーは完全回復アイテムだ。パーティー全員のHP、MP、クールタイム、状態異常、デバフを全て回復させる。さらにHPMPの最大値を一時的に2倍にする。
これはアイテム聖樹の蜜と同じようなシステムだ。最大HPが増えるが、そこからダメージを受けても最大HP自体が減るので回復はしない。もとの最大HPまでくれば、効果がなくなる。
エリクサーはいざという時の逆転の切り札となる。プロメテウスは状態異常やデバフを使いこなしてくる。状態異常は神兵の腕輪でどうとでもなるが、デバフは無効化できない。
特に攻撃力と素早さが大幅に下げられてしまえば、勝つのは難しくなる。だからこそ、短期決戦に持ち込むつもりだ。
時間が経てば経つほど、デバフによるステータス低下は致命的になる。下げられる前に、叩き潰す。それがプロメテウス戦の勝ち方だ。
しかし、もしデバフの効果により、勝つことが難しくなれば、エリクサーで挽回できる。これは最後の切り札だ。
そして、神秘の腕輪、これはプロメテウス戦に必要というわけではなく、純粋に使える装備だ。スキルのクールタイムが70%になる。
この70%はかなり大きい。戦闘中は常にクールタイムを意識していかないといけない。使いたいスキルのクールタイムを待たなければならないことも多い。
その中で30%カットできるのは、かなり大きい。『ハイジャンプ』と『エアリアル』の空中散歩も、クールタイム削減により、利用しやすくなる。
それに俺の最強の技、『閃光連撃』のクールタイム削減も大きい。オバケ大木のように、クールタイムが終わるのを待って、『閃光連撃』という戦い方で大幅な時間短縮となる。
左手に神秘の腕輪を装備する。もちろん右手は神兵の腕輪だ。
準備を整えて、俺は廊下の先の扉に手をかける。この先にプロメテウスがいれば、作戦は成功と言って良い。
あとは俺が賢王プロメテウスを倒すだけだ。
準備は万全だが、慢心は一切出来ない。プロメテウスは4人の中で最弱と言われているが、それは周りが強すぎるからだ。プロメテウスも通常のボスとは比べ物にならないほどの強さを有する。
ゲーム時代でも、ノーコンティニューで倒すのは難しかった。それを今は一度も死なずに倒す必要がある。
恐怖はある。だが、俺が今感じるべきは違う思いだ。
息を深く吐き出す。時の流れが緩やかになる。世界がスローモーションに感じる。俺は笑っていた。
楽しくて仕方がない。絶望、無謀、不可能、その全てを己の力でひっくり返したい。
俺は扉に手をかけた。この向こうに誰がいるかで、俺の勝敗が決まる。
扉の隙間から、紺色の軍服を身につけ、軍刀を腰に下げた姿が見えた。黒髪の隙間に眼鏡のフレームが光っている。
プロメテウスがそこにいた。俺は賭けに勝った。
一瞬の喜びは、すぐに絶望へと変わった。
俺は賭けに負けていた。いや、こんなシナリオ想像もしていなかった。
これはあいつの描いた脚本だ。
扉を開け放ち、プロメテウスの横にいる人物が見えた。
深紅と黒が混じった豪華なドレス。見る者を魅力する完璧なボディーライン。美しく整えられたブロンドの長い髪。
妖艶な笑みを浮かべた絶世の美女がそこにいた。
意味が分からない。なぜプロメテウスと彼女が一緒にここにいるのか。
「ほう、あの男がウォルフガングを葬った者か」
美しい声が聞こえた。耳触りが良い響きだが、急激な寒気が押し寄せる。
魔王軍幹部。ソラリスを除き、全てが最強クラスの魔法使い。
艶王アリアテーゼは俺を見て、目を細めて笑顔を作った。どこまでも美しく、ぞっとする笑みだった。