開戦
翌朝、俺は黒水晶でプロメテウスに決行を告げた。魔王城の入り口の鍵を開放してもらい、プロメテウスに俺が誘導した場所で待機してもらうためだ。
アランは飲みすぎて爆睡していたので、放置して外に向かった。昨日十分に語り明かした。今更別れを惜しむこともない。
そして、俺たちは準備を済ませ、最果ての村を出た。
最果ての村から魔王城は近い。山道を進めばすぐだ。
近づいていくにつれて、辺りが暗くなっていく。魔王城の上空は常に禍々しい雲に覆われている。
針葉樹林の森が続き、気温が下がっていく。空が暗いので、不気味な影が森に広がっている。
俺は覚えている道のりを最短距離で進んだ。魔王城周辺の森にはモンスターが出現しないので、楽に進むことができる。
30分ほど森の中を進み、俺たちは到着した。
灰色の濁った巨大な湖が広がり、その中央に陸地があり、荘厳な雰囲気を持つ城が聳えている。
幅が広く、距離のある橋がかかり、それが唯一の入り口だとわかる。
ギルバートやユキはその雰囲気に言葉を失っていた。幻想的であり美しくもあるが、どこか不気味さを感じさせる光景だった。
灰色の湖の水に触れると、凄まじい速度でHPとMPが減少していく。泳いで中央の島にたどり着くことは不可能だ。だから、橋を渡るしかない。
「これが魔王城か……」
ギルバートが気圧されながらも呟く。
「ああ、行こうか」
俺たちは唯一の入り口の橋を渡り始める。これだけ見晴らしの良い場所だ。見張りがいれば、すぐに俺たちの侵入を見つけるだろう。
魔王城に近づけば近づくほど、その大きさが分かる。遠目に見ていてもある程度分かっていたが、巨大な王宮だ。
俺は知っている。このラストダンジョンは広大な敷地を持っており、複雑なギミックやトラップが満載だ。LOLスタッフの悪意の集大成と言って良い。
隠された宝も価値があるものばかり。モンスターも最強クラスが揃っている。まともに攻略をするのは今の俺でも厳しい。
だから、今回は最短距離で最も危険のないルートを選択する。モンスターも逃げる一手で積極的に戦おうなどとは思わない。
魔王城の扉まで到着した。20メートルほどの高さがあり、美しいレリーフが刻まれている。その左右に宝玉が埋め込まれていて、淡い光を発していた。
プロメテウスは約束を守り、鍵を開けてくれていたようだ。本来なら宝玉の光は失われており、扉を開くことが出来ない。
アルデバラン迷宮の奥で手に入れられる開門の証というアイテムを手に入れることで初めて開くことができる。
「いよいよね」
「ああ、少し緊張してくるな」
「くーん」
俺は仲間たちを安心させるように笑ってみせた。今必要なのは自信と成功を信じ続ける精神だ。わずかでも不可能だと思ってしまった瞬間、それは本当に不可能になる。英雄のメンタルはいつでも可能性を信じ続けることから始まる。
「大丈夫、俺たちなら必ずやれる」
そう言って、扉に力を込める。身体の奥まで響くような音が聞こえ、重い扉は開いた。中に吸い込まれるように風が吹く。
円柱の柱が立ち並ぶエントランスだった。両側の壁に石像が並んでいる。
「打ち合わせ通りに」
俺の合図にギルバートは銃を構えた。
俺たちは堂々と中央を歩いて行く。そして、お約束が発生する。
左右の石像の目が光り、次々と動き出した。丸々とした巨体に分厚い鎧に巨大な剣。このゲームで誰もが初めに戦うことになる敵。
オープニングのチュートリアルで戦った巨神兵が現れた。巨神兵はゆっくりと左右から3体ずつ迫ってくる。動きはひどく遅い。
素早さがゲーム初期よりかなり高いので、動きがゆっくりに感じられている。もはやここまでたどり着いたプレイヤーにとって、鈍重な巨神兵の攻撃など当たるはずがない。
ただ防御力とHPは高いので、無駄に倒すのに時間がかかる嫌なモンスターではある。
しかし、今の俺たちには関係がない。
ギルバートが俺より前に進む。そして、両腕を上げ左右に向ける。
両端から巨神兵が迫ってくる。巨大な大剣を振り上げる。
「さあ、開戦の狼煙を上げてくれ」
俺の言葉に、ギルバートが引き金を引く。二発の銃声が重なり、左右の巨神兵が同時に青い粒子に変わる。
神兵の腕輪は全状態異常無効の効果であるが、巨神兵自体は全状態異常の耐性がない。
即死へのかなり高い耐性があるが、完全耐性ではない。ギルバートがフィンガーピストルで『スナイプ』を使用することによりクリティカルが発生し、一撃で倒すことが出来る。
巨神兵はこの魔王城で最も弱い。オープニングで現れた敵がラストダンジョンで出てくるという演出のためだけにいると言っても良い。
一度使用したフィンガーピストルは青い粒子になって消える。ギルバートは間髪を置かずに両手を懐に持っていき、次のフィンガーピストルを装備する。
流れるような動作で再び大剣を振り上げる巨神兵を青い粒子に変える。6発の銃弾で6体の巨神兵は消滅した。
「作戦開始だ」
俺たちは一斉に行動を開始する。俺とポチが左へ、ギルバートとユキが右へ走り出す。
俺はギルバートとユキへの心配を心の中から消し去った。俺も目の前のことに集中しなければならない。特にプロメテウス戦では一瞬足りとも気を抜けない。
だから、ギルバートとユキのことを信じると決めた。あの2人なら絶対にリンを救出してくれる。
目の前に剣と鎧を装備した骸骨が現れる。デスナイトというモンスターだ。見た目はスケルトンと変わらないが、強さは次元が違う。
デスナイトが俺を認識し、その瞬間に消える。俺は地面を思い切り蹴り、横跳びをしながら、斬鉄剣を空中にふる。
手応えがあり、目の前にデスナイトが現れる。デスナイトはのけぞっている。俺はその隙に横を抜けた。
後ろからデスナイトが追ってくる。しかし、俺の方が素早さは高い。距離を稼ぎ、すぐに別の部屋に入り、息を潜める。
デスナイトの骨が軋む音が聞こえたが、やがてその音は離れていった。
その後、ポチが堂々と俺の下に歩いてやってくる。ポチは攻撃を仕掛けない限り、敵に認識されないので、もはや一緒に逃げる必要もない。
デスナイトはこの魔王城によく出てくるが、かなりの強敵だ。まあ、全員強敵なので、その中では雑魚に分類されるかもしれない。
まず『透明化』というスキルがあり、姿を消すことができる。それに加え、異常に剣技が巧く、フェイントもかけてくるし、剣でこちらの攻撃を流してカウンターも放つ。
回避も上手いため、一撃を入れるのがかなり難しい。それにも関わらず、極めて高い魔法防御力を持っているので、魔法でもダメージを与えづらい。
透明になりながら、その卓越した剣技で襲われるのだから、その強さが分かってもらえるだろう。
更に複数体現れることもよくある。達人レベルの透明剣士達に囲まれると考えると、もはや勝ち目はないように思える。
しかし、透明化しても微妙に空気の揺らぎで判別することができる。俺達英雄はその僅かな光の屈折、空気の揺らぎにより、デスナイトを認識し、暗記している攻撃パターンと照らし合わせて、完璧に回避することが可能だ。
今の俺は『剣の極み』により、斬撃無効だが、デスナイトは攻撃パターンに打撃ダメージも織り交ぜてくるので、タチが悪い。
剣技がいくら卓越していても、モーションは決まっている。全部で52という意味不明に多いデスナイトの攻撃モーションは全て頭に入っている。俺なら奴に攻撃を入れることは容易だ。
俺は隠れた部屋の中にある宝箱を開ける。この部屋でこの宝箱を開けることも計画通りだ。
ミラーシールド。光属性の攻撃を全て反射することが出来る盾だ。防御力も極めて高い。
プロメテウス戦で必須の装備だ。プロメテウスの攻撃は基本的に手数が多い。ただの通常攻撃も信じられないほどの剣速で連続ダメージを受ける。
また魔法では光属性の【セイントレイ】を発展させた独自魔法、【セイントレイン】を放ってくる。光速の雨が無数に降り注ぐため、回避は不可能と言っていい。
俺は二刀流なので、盾は装備出来ないが、【セイントレイン】が発動する予兆は分かる。すぐに斬鉄剣を外し、ミラーシールドを装備することは可能だろう。
光属性無効装備でも良いのだが、ミラーシールドの方が優れている。ミラーシールドは光属性の魔法を全て反射する。
これはカジノで利用したシルバートレイとは違い、角度が違っても全弾魔法を放った対象者に跳ね返る。つまり、【セイントレイン】をミラーシールドで受けると、受けた全弾がプロメテウスに向かうことになる。
速度が速いので、回避が不可能なのはプロメテウスも同様だ。貴重な攻撃手段となる。
ミラーシールドがなければ、今の俺のレベルでも【セイントレイン】を一度でも放たれれば即死だ。
これで通常攻撃は『剣の極み』の斬撃無効、【セイントレイン】はミラーシールドで無効にできる。
俺は部屋を出て、更に奥に進む。踊り場のような場所に出た。そこにピエロがボールの上に乗っている。
クラウンというモンスターだ。こいつは状態異常スキルに特化しており、混乱、毒、麻痺などの上位異常、狂乱、猛毒、石化を使いこなす。付与率が100%であり、完全耐性がなければ、勝ち目がない。
幸い俺には神兵の腕輪がある。こいつなら実力でねじ伏せられる。
俺は斬鉄剣と妖刀村正を構え、クラウンに姿を見せる。早速クラウンは俺にスキルを発動する。しかし、効果が出ないことに首を傾げた。
俺は一気に突っ込み、射程距離に入った瞬間にスキルを発動する。
『閃光連撃』