ようこそ無理ゲーの世界へ
面白いRPGゲームの定義とは何だろうか。
ストーリーがよく練られている。世界観が秀逸である。キャラクターが魅力的である。戦闘システムが革新的である。
それらも確かに重要なファクターだろう。しかし、俺はこう思う。
達成感が得られること。
レベルを上げ、武器を揃え、強敵を仲間と共に倒す。努力が報われる。その成功体験が面白いゲームの絶対条件だと。
俺はあるゲームに出会った。その全てを裏切るゲームに。努力は報われない。挫折しか味合わない。最低で最悪で、だけど最高のゲーム。
レジェンドオブライオット通称LOL。
それまで無名だったメーカーのデビュー作であり、大きな話題を生んだ作品だ。
それは世界最高峰の無理ゲーだったのだ。無理ゲーとは難易度の設定がおかしく、クリアするのが極めて困難なゲームの総称である。無理ゲーランキングでは常に1位を保持し続けている。
発売と同時にゲーム業界に旋風を巻き起こした。
下記のゲーム評価抜粋。
30回オープニング繰り返してる。チュートリアルの敵が倒せなくて全く進まん。あのやたら壮大な音楽が頭から離れない。
防具が意味ない。ボス戦は防具固めても基本一撃で死ぬ。回避ゲー。
エルザ仲間にすると詰む。
エルザがやばい。
エルザ 仲間 外す方法。
ポーションが高級品すぎる。値段設定おかしい。貧乏すぎて何も出来ない。
回復は諦めた。俺はこれを一撃死回避ゲーだとようやく気付いた。
無職が一番強い気がする。各職業にデメリット付けすぎ。くせありすぎて、まともに戦えない。
戦士選んで死んだ。回避ゲーなのに、すばやさ落ちて避けれない。防御上がったけと、やっぱり一撃で死ぬから意味ない。
盗賊なったら詰んだ。素早さ上がって回避はしやすいが、攻撃力低すぎてボス倒すのに15時間かかった。ちなみに3回目のチャレンジ。2回目は10時間ぐらいで回避ミスって一撃死。
邪龍強すぎ。というか時間制イベントだから準備不足だと初めからゲームやり直さないと無理。というかやり直してもイベントまでにそこまで強くなれない気がする。
……このようにネットでは絶賛の嵐だった。
しかし、それが真のゲーマーの魂に熱い火を灯した。彼らは私生活を犠牲にし、膨大な時間をかけ、目の前に連なる不可能を超えて来た。
いくら越えようと、その向こうにはまた不可能がある。それを強靭な意志で乗り越えてきた。
人は貴重なものを犠牲に、不可能を超える人々を、尊敬と侮辱を込め、英雄と呼んだ。
生粋のゲーマーにとって、このゲームは伝説になった。
俺、唐木蓮太郎もその英雄の1人だった。リアルという下らないものを捨て去り、その世界で生きていた。
そして、俺はまた新たなる不可能に立ち会ってしまった。今までを超越した完全なる無理ゲー。
目の前に広がる豪華な広間に赤い絨毯が敷かれている。足下には複雑な魔法陣。それは何度も見た光景だった。
唐木蓮太郎はゲームの世界に転移した。俺はその感動を口に漏らした。ずっと下らないリアルから異世界に行きたいというロマンを持っていた。それが今の叶ったのだ。心の叫びを抑えることができない。
「まじかよ……詰んだ」
考えてもみてほしい。LOLは究極の無理ゲーだ。初見殺しが蔓延し、プレイヤーは何度も死を経験しながら学んでいく。
そんな世界に来てしまった。一個しかない命ではとても足りない。
「おお、導かれし勇者よ、よく来てくれた」
俺は冷めた目で、仰々しく両手を広げる初老の男を見つめた。今まで何千回と聞いたセリフだ。
どうやら本当にゲームの中に召喚されたらしい。イベントは順調に進行していく。
「この世は魔の軍勢に脅かされている、世界に平和をもたらすために、是非力を貸してほしい」
俺はもう目の前の男、グランダル王国の王、サミュエル=グランダルの言葉を聞いていなかった。今から起こることを想像し、冷や汗が止まらなかった。
60%のプレイヤーが、このゲームを諦める原因となった名イベントが始まろうとしている。
「ほう……こいつが新しく召喚された勇者か」
心の中に直接響くような悪意に満ちた声が聞こえる。俺は覚悟を固めた。このゲームを命一つで渡り歩くのは、普通の人間には出来ない。
「どれ、この私、魔王からのささやかな贈り物を捧げよう」
そう、普通の人間なら……だ。俺はこのゲームに全てを捧げた英雄だ。蓄えた知識と技術がある。LOLユーザーとして、この不可能な状況すら楽しめなければならない。
不可能を超えるのが英雄の条件だ。
始まる。多くのゲーマーを断念させ、LOLが無理ゲーと称される最も有名で、凶悪なイベント。
『戦闘チュートリアル』が始まった。