07 中庭で
少しシリアスが入ります
あと少し長めかもしれません
でも最後に…
ヒロシ君事件(私命名)から一週間が経ち、結衣ちゃんとの距離も少しずつ縮まってきた。先週の最後の政経の授業時に萩野先生が、「来週の一回目の倫理は中庭へ行きますよ〜。」と言った為、私と結衣ちゃんは今、中庭へ向かおうとしている。
「しの〜どこ行くの〜?」
「あ、友希ちゃん。今日は中庭に来てって言われてるの。」
「えっ!?中庭!?なんで?」
「私もよくわかんないんだけど…」
「ゆいも〜?」
「そー!わかんないのー…」
「変なの〜…先生何考えてるのかな?」
「…………。」
「友希ちゃんごめん!私たち遅れちゃうからもう行くね!」
「あ!ごめんごめん(笑)いってらっしゃーい!」
確かに萩野先生が何を考えてるのかはあまりよくわからない。ヒロシ君事件の後から先生を観察してみてはいるのだが、全く読めない。目を見たら何かわかるかもと思って少しだけ見てみたものの、目が合った時に先生に不思議そうな顔をされただけで、何も読み取れなかった。…まぁ前髪が長いからあちらからは私の目はあまり見えてないだろうけど…
「篠ちゃん篠ちゃん!今日本当に何するんだろうね〜?」
「そうだね。日向ぼっこでもするのかな?」
「ふふっ(笑)そうだと面白いね〜。」
中庭の大きな石の上に座って待っていると萩野先生が此方へ歩いて来た。
「やぁ。今日は天気も良くて気持ちがいいね。…あ、挨拶は要らないよ。」
なんというか遠足に来たみたいな雰囲気がある。…それにしては人数が少ないが。
「さて、授業をしましょうか。今日どうして中庭に来てもらったのかというと、ギリシャの風を感じてもらう為です。…まぁここはギリシャではありませんが。本当は近場の公園まで行きたかったんですが、校長先生のお許しが出ませんでした…。残念極まりないですね。」
公園まで行こうとしてたのかこの人は。本当に何を考えてるんだ…
「昔古代ギリシャで哲学は生まれたとされています。有名どころだと、ソクラテス以前だとタレス、ピタゴラス、ヘラクレイトスなど、ソクラテス以後だとプラトン、アリストテレスなどですね。彼らは何故哲学をしたのでしょうか?何故タレスは万物の根源は水であるというようなことを考えたのでしょうか?」
昔の人は何故そんなことを考えたのだろうと時々思う。哲学に限らず、どうしてこれを食べようと思ったのだろうとか、どうしてこれを作ろうと思ったのかとか。人は不思議な生き物だ。
「その答えは、暇だったからです。彼らは暇で時間があったからこそ、広場に集まり、そのようなことを考えていたのです。暇のことを古代ギリシャ語でスコレーと言います。あ、因みにこのスコレーはSchoolの語源にもなっていますよ。面白いですね。」
確かに時間がなければ何かをじっくり考えるなんてことはしない気がする。忙しいときは何かを考える暇なんてない。
「まぁ、そんな訳で君達にここをその広場として物事を考えて貰おうと思った訳ですよ。今日は程よい暖かさですし、まぁピクニックにきたついでに討論しよう!みたいな感じで話し合ってください。私は向こうで草むしりでもしてますよ。……あ、お題は『善く生きるとは』です。じゃあ頑張って下さい〜。ちゃんとお話してくださいよ〜?」
そう言って萩野先生は本当に草むしりを始めてしまった。そしてお題が重過ぎる。しかも最後にちゃんと話せと釘を刺されてしまった。確かに言っておかないとこの六人だと日向ぼっこして終わってしまうのが目に見えている。
「善く生きるってなんなんだろうね〜。」
結衣ちゃんが話しかけてきた。確かになんなんだろうと思う。色んな哲学者達がそれぞれ色んな答えを出してはいるが、それらが本当に善いのか?と言われると誰も答えられないだろう。
「…そうだね。善く生きようなんて、日頃あんまり考えないもんね。」
「ね〜…。ねぇねぇ!そこの四人はどう思う?」
「…うーん…全然思いつかない。」
「俺も。」
「僕も。」
「難しいよな…。」
そう言うと、皆考え出したのか沈黙が続いた。男の子達は、うーん…と言いながら頭を回転させている。結衣ちゃんも私の隣で、わかんない〜という顔をしながらも考えている。
「……何か話は出ましたか?」
「うにゃあっ!!?」
「おっと…驚かせてしまいましたか。ふふっ…すみませんね。」
急に後ろから萩野先生が話しかけてきた所為で座っていた石から転げ落ちそうになってしまった。草むしりはどうしたんですか。もうずっと草むしってて欲しかった。あと、背後に立たれても全く気配を感じ取れなかった…
「わかんないねってなって今皆考えてたところです。」
「そうですか。まぁ、難しいお題だとは思いますよ。それに答えがある問いではありませんしね。」
「難しすぎです先生ー…」
「ほらほら遠野さん。諦めてはいけませんよ〜。御上さんはちゃんと考えてるみたいですよ?」
「………………。」
善く生きる、善く、生きる。善というものすらよくわからないのにそれに生き方まで足してしまったらもう正直死ぬまで考えてもこれというものが出て来る気がしない。寧ろ生きるより死ぬというものの方に気が惹かれる。生きることは本当に辛い。私たちは気づいた頃には生まれている。悪く言えば、生まれてしまったのだ。仏教ではこのような考え方はあまり良いものとされてはいないが、正直私は産んでくれてありがとうとは思えない。そんな罰当たりなことを、と言われてしまいそうだが、感謝など……出来ない。私は死にたいのだろうか?……いや、死にたいではなく、消えたい。消えてしまいたい、が正しいのかもしれない。
「難しい顔してますね。篠ちゃん。」
「そうですね。前髪とマスクでほぼ何も見えませんがね(笑)」
「ふふっ。先生は篠ちゃんの目をちゃんと見たことありますか?」
「……いや、無いですね。遠野さんはあるんですか?」
「ほんの数回ですけどね〜。……去年同じクラスだった時に。話したことはほとんどなかったんですが、泣いていた時に少し。涙を拭く時に少し髪をあげていたんですよ。とっても綺麗な目でしたよ。ああやって隠しているのが本当に勿体ないくらい。あ、これ篠ちゃんには内緒ですよ?」
「……そうですか。それはいいことを聞きました。勿論内緒にしておきますよ。」
「はーい。……篠ちゃーん戻ってきて〜!」
「……………?戻ってきて?」
「大分難しい顔をしていましたよ?」
「……っ…せ、先生?」
「はい。先生ですが。」
「…………いや…びっくりした…だけ…です。」
「そうですか。何か良い答えでも見つかりましたか?」
「………いえ……その…」
「……ん?」
「……………し……死ぬ…方…」
「…うん。」
「………何でもない…です。」
「……そうですか。大丈夫ですよ。無理に言わなくても。」
「…っ……?…いいの?」
「いいですよ。気が向いたら教えてください。」
「………すみません…」
「謝らなくていいですよ。」
「……………?」
「では男子達の話も聞いてきますかねぇ〜…」
萩野先生はそう言って男の子達の方へ歩いて行った。先生は前みたいに、私の話をちゃんと待っていてくれた。遮ることなく。どうしてなのだろう。それにとても優しかった…ような気がする。私なんかにどうして優しくしてくれるのだろう。本当によくわからない。
「篠ちゃん大丈夫?」
「あ、…うん。ちょっと考え事してただけ…。」
「そっか〜。あんまり考え過ぎても毒だよ〜!」
「うん。ありがとう。」
「いいえ〜」
そうして暫くの間、討論とは言えないが、話し合いとギリギリ呼べそうな話し合いをして、授業時間が過ぎていった。
「では、今日はもう終わりにします。明日はいつも通り生物室に来てください。」
「礼。」
『ありがとうございました。』
「どうもありがとう。」
挨拶が終わり、少し萩野先生を見てみると、目が合ってしまった。先生は此方の方へ歩いてくる。内心しまった、と思う。
「御上さん?」
「…………あ、…」
「どうしましたか?」
「……せ…先生は……なんで…、…なんで…」
「…ん?」
「…なんで…話……待ってくれるんですか?」
「おや、そんなことですか。普通のことですよ。当たり前です。」
「………当たり前?」
「……はい。当たり前です。…あと、僕は君と仲良くなりたいんですよ。」
「…私?」
「そうですよ。御上さんと。」
「………???」
「ふふっ。まぁ、いいです。また明日お会いしましょう。」
「………さ、…さよなら…」
「さようなら〜。さっ!篠ちゃん、帰ろ!」
「…うん。」
先生は私と仲良くなりたいと言った。正直何を言っているんだろうと思った。それに、待つのが当たり前だと言った。普通だと。……よくわからない。でも……良い人なのかもしれない。ちゃんと話せる人なのかも…少し近づいても大丈夫なのかな?
篠ちゃんが萩野先生に少し心を開きました。
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