05 やまたのおろち?
先週の倫理から少し時が経ち、今日は二回目の倫理の授業だ。……身長は伸びていなかった。寧ろ縮んでいた。ただでさえ150cmほどしかないのに縮むとは何事だ…。
「篠ちゃん、おはよう〜」
「あ、おはよう。結衣ちゃん。」
「今日は二回目だね〜。どんな話するんだろう…」
「…そうだね。」
「あっ!そうそう!私身長伸びたんだよ!!」
「…?おめでとう?」
「えへへ〜。151cmから152cmになりました!」
「1cmも伸びたんだ…いいなぁ。」
「篠ちゃんはどうだった?」
「………縮みました…。」
「なっ!…いや…女の子はちっちゃい方が守ってあげたくなるっていうか!寧ろ可愛いと思う!!大丈夫!!」
「…ありがとう…優しいね…」
「いやいや!!篠ちゃん可愛いよ!!」
「………照れるから…(苦笑)」
結衣ちゃんはもう完全無欠な美人さんです。いや、かわいこちゃん?運動も出来て勉強も出来る。その上笑顔がとても可愛い。私が男の子だったら告白したくなるような素敵な女の子です。
「……よいしょー。」
「起立、礼。」
よいしょーって…お爺ちゃんが入ってきたのかと思った。顔の表情と声色が全く合っていない…
「どうも〜。なんか君らとはよく顔を合わせますねぇ…もう僕の顔なんか見飽きたでしょう?安心して下さい。僕も飽きてるので。」
週に四回となると国語、英語、数学に次ぐ回数の多さだ。そりゃあ顔合わせる回数も多くなるに決まっている。
「君らは某ネコ型ロボットの話は知ってる?私は大好きなんですけどね。今日はその話をしようかと思って。」
「(…唐突だな。)」
「話の中にね、ヤマタノオロチの話があるんですよ。某あのダメダメな男の子がヤマタノオロチに追いかけられてる時に、ネコ型ロボットにこう質問するんですよ。ねぇ、どうしてヤマタノオロチはヤマタなのに股は七つなの?と。」
ネコ型ロボットは知っていたが、この話は知らなかった。そんな話があったのか、と少し興味がそそられる。
「そしてネコ型ロボットはこう答えるんですね。もう!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!と。はい。彼は教育者としてダメダメですね。ダメダメです。」
「(そこでどうしてその発想になるんだ…)」
「まぁ、それは置いといて。それじゃあ、考えましょう。何故ヤマタノオロチはヤマタなのに股が七つなのか。ヒントは頭の数が八個です。…ほら集まって集まって!…あ、円になって座るのがポイントですよ。」
萩野先生がそう言うと私以外の五人は動き出した。私もそれに入ろうと体を動かす。
「では、十分後に戻ってくるので答えを出しといてください。私はちょっとお茶を飲んできます。」
そう言って先生は教室から出て行ってしまった。お茶を飲んできますって…自由だなと思ってしまった。残された私達は取り敢えず円になって座った。そうすると結衣ちゃんが不思議そうな顔をしてこっちを見てきた。
「ねぇねぇ。ヤマタノオロチって何?」
「…うーん…なんか蛇みたいなのだったと思う。」
「へぇー…そうなんだー…」
名前だけは聞いたことがあったが実際どのようなものだったかははっきりと知らない。先生は何故股が七つなのかを考えろと言っていたが、あまり話す気配はない。どうやらここに集まっている六人はそれ程グループワークが得意ではないようだ。暫くの沈黙の後、一人の男の子が声を発した。
「……どうしてだと思う?」
「武田はヤマタノオロチって知ってる?」
「……わかんない。辻は?」
「俺も知らない…」
男子四人が話し始めた。しかし、すぐに会話が途切れた。皆頭の中が混乱しているみたいだ。それもそうだろうと思う。高校に入って、なんでヤマタノオロチは七つの股?みたいな質問をされることなんて無かった。
「篠ちゃん、先生頭八個って言ってたのは何のヒントだったのかな?」
「…うーん……絵に描いてみるとわかるかな?」
「なるほど。描いてみよ!」
そうして結衣ちゃんと絵にしている時に先生が帰ってきた。
「…おや?話し合いになってませんねぇ…何となくわかっていましたが(笑)君たちはあまりグループワークに向いている人達ではないと北野先生から聞いてますよ。…あ、君たちのことは北野先生から全て筒抜けなので隠し事は出来ませんからね。」
北野先生恐るべし。仲が良いのだろう。北野先生は結構誰にでもオープンなイメージがあるし、交友関係が広いのかも知れない。
「さて、取り敢えず答えを聞いておきましょうかね。といっても出ていなさそうですが。武田君。何か答えは出ましたか?」
「……特に出てないです。あと、ヤマタノオロチがわかりませんでした。」
「おや。ヤマタノオロチを知りませんでしたか。説明しておくべきでしたね。……うーん、ここには私を入れて七人しかいませんねぇ…少し待っててくださいね。」
「…………?」
先生は教室の隣の生物準備室へ入っていった。待機していると、先生は右手に人体模型を持って帰ってきた。
「はい。この子の名前はヒロシ君です。さて、これで頭が八個になりました。円になって座ってみましょう。」
何と言うか…今どき女子高生風に言えば、強い。といった感じだろうか。まさか人体模型を持ってくるとは予想外だった。
「ちょっと私とヒロシ君を間に入れて下さい。」
そう言って先生は私の隣に座った。座高が高い。当然だが座っていても見上げないと顔が見えないレベルだ。
「ここに頭が八つあります。股の数を数えてみましょう。……一、二、三、四、五、六、七。…ほら。七つ。わかりましたか?何故ヤマタなのに七股なのか。ヤマタノオロチは一つ一つが独立していた訳ではなかったんですよ。実際は七つの股というわけではなく、八つの尾らしいですが…」
そう言って先生は立ち上がった。……ヒロシ君は私の隣に置いていかれました。…やめて頂きたいです。動き出したらどうするんですか。
「まぁ、簡単な話ですよ。少し考えればわかることです。……倫理の授業は考える授業です。自分自身の頭で考えるのです。一人一人、自分の意見を大切にして下さい。では、教科書の内容をやりましょうか。……………」
考える授業…か。物事を考えるのは好きだが、それを人前で話すということは私には上手く出来ない。自分自身のことや、自分の意見を言おうとすれば、喉がきゅうっとなって声が出しづらくなる。出したとしても声が震えてしまう。もう十年程そんな感じのままだ。……何だかんだ考えているうちに授業は終わった。…そしてヒロシ君はまだ私の隣にいる。
「起立、礼。」
『ありがとうございました。』
「どうもありがとう。」
萩野先生はいつも最後にありがとうと言う。そういうところも他の先生と少し違うところだ。
「御上さん。僕のヒロシ君を下さい。」
「………へ?」
「君の隣にいるヒロシ君です。」
「…え、あっ……はい…」
話しかけられるとは思っていなかった所為で何とも間抜けな声が出てしまった。…自分でそこに置いたのに…と少し思ったが、取り敢えず先生に渡した。
「ありがとう。…君のことは北野先生からよく聞いてるよ。」
「……そ、…そうですか。」
「そんなに緊張しなくて良いよ。とって食ったりしないから。」
「………。」
「じゃあまた明日。遠野さんもね。」
「はーい。」
「……。」
今日は一体何だったのだろう。どうして萩野先生は私に話しかけたのだろう。萩野先生のことがよくわからない。…北野先生から聞いているって……何を聞いたのだろう…謎が深まるばかりだ。
「篠ちゃん帰ろ〜。」
「あ、うん。ごめん、今行くね。」
明日の授業、少し萩野先生を観察してみようかな…
次回短めの萩野先生視点を書きます。
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