下町異世界探偵(9)~極道ゲーマー子守唄~
「異世界にいる娘を探してほしい」そう依頼してきたヤクザ広岡は意外にも重度のゲームマニアだった。
広岡は神崎たちに娘とのいきさつを話し始める……。
「娘とはもう十五年会ってねえ」
広岡のマンションの狭いワンルームの床に一同は車座になって座っていた。
「俺は兄貴の懲役を被ってよ、つまんねえ傷害致死事件で弁当食わされてな」
「弁当?」と真琴。
「あー、堅気の人にゃわかんねーか。懲役のことだ。そんで五年ム所に入ってた」
「え? 自分がやったんじゃないのに? 何でかにゃ?」
「ネコミミにはわかんねーだろうけど、渡世の義理ってやつでよ。兄貴にゃ拾ってもらった恩があったし、その頃兄貴は組内でナンバーワンになれるかどうかの瀬戸際だった。それで俺が身代わりに、な」
「だけどそれって違法なんじゃありませんか」真琴は少し憤然として言った。
広岡は真琴の正論に少し呆れて答える。
「あのな、お姉さん。そもそも俺たちの存在自体が反社会的なわけで……ん? ところでお姉さんは誰?」
「あっ、申し遅れました。わたしあの……」
真琴は言い淀んで神崎を見る。
「うちの秘書の伊勢です。ご紹介が遅れて申し訳ありません」
「あ、秘書さんね。このネコミミちゃんもそうなんでしょ?」
「第一秘書だにゃ」
―何を勝手に……。
序列をつけられてちょっと面白くない真琴だった。
「秘書が二人なんて、ずいぶん儲かってんじゃないの?」
「ま、特殊な仕事ですからね。それで? 娘さんの話を……」
「俺が刑務所入ってる間に、女房のハンコが押してある離婚届を弁護士が持って来た。あとは俺がハンコ押せばいいだけだ」
「押したんですか?」と真琴。
「押した。そうすれば女房と娘の事は、女房の両親がちゃんと責任持って面倒みてくれるって話だった」
「奥さんのご両親というのは?」と神崎。
「ちょっとした資産家でな。俺も金目当てじゃないかなんてずいぶん嫌われたもんだよ」
「それで?」神崎は表情を変えずに聞いた。
「それっきりさ。もう二度と女房と娘の前には姿を見せない、そういう約束だったからな」
「ではどうして娘さんが行方不明で、しかも異世界にいるってことが?」
「女房がな、年に一回ぐらいは連絡をよこしてくれた。あれはちょうど半年ぐらい前か、父親がヤクザってことがクラスに広まっちまってな。娘はひどいいじめにあって学校に行かなくなったと女房から聞いた」
「引きこもりだにゃ」
「そうだ。それで学校へ行かず、飯もロクに食わずにネットゲームばかりやってるって話だった。
見ての通り、俺はその頃にはとっくにネットゲームにはまっててよ。もしかしたら娘に逢えるんじゃないかと思って、人気のゲームを片っ端から当たって娘をさがした」
「ちょっと待ってください」
真琴が合点のいかない表情で割って入った。
「ゲームでどうやって人探しができるんですか?」
「あー、真琴ちゃんはその辺知らないのにゃ」
「すみません」
「真琴ちゃんの部屋には格闘マンガと喧嘩マンガしかなかったにゃ」
「ちょっとフィー!」真琴は赤面して慌てる。
「ネットゲームってのはな……」と広岡。
「要するにインターネット上でのゲームだ。ネット上にゲームの世界が構築されていて、不特定多数の人間がその世界に端末からアクセスして遊ぶ。
で、ネットゲームの中にはチャット機能のついたものもあってな」
「チャット?」
「あー、要は他のプレイヤーとお喋りができるとか、そういうことだ」
「お喋り? 何のために?」
「ゲームの情報を交換し合ったり、あと普通に世間話とかよ」
「はぁー、今はそんなことができるんですねえ。あ、どうぞ、続けて下さい」
広岡は珍しい生き物を見るような目で真琴を見た。
「俺は色んなゲームの中で、娘と同じ十七歳JKを名乗ってプレイした」
「げっ、ネカマだにゃ」
「ネカマ?」とまた真琴。
「ああそうだ。娘のためだ、ネカマにでも何にでもなってやるさ。その方が話が通じやすいかと思ってな。あ、伊勢さん、ネカマってのはね、ネットの中だけで自分を女性と偽っているやつのこと」
「なるほど、顔も声もわからないネットだからそういうことができるんだ」
真琴は感心しきりだ。
広岡はニヤリと笑って、OAデスクの上に置かれたインカムマイクのジャックをパソコンに差し込んだ。
「こういうこともできる」
そう言って広岡は咳ばらいをし、少し間をあけてマイクに向けてしゃべった。
「やだ、ちょっとマジきもいんだけどー」
スピーカーからはまぎれもなく十代女性の声が聞こえてきた。
「マジにゃ?」
「すごい!」
「まあこういうことをナンパに使う悪い奴もいるけど、俺の場合はあくまでも娘を探すためだ」
「そしてあなたは娘さんに出会った」と神崎。
「そうだ。『アクト・オブ・ブルーザーワールド』ってゲームの中で知り合った子とチャットしてるうちに、お互いに悩み、なんでも打ち明け合う仲になった」
「ヒローカは全然打ち明けてないんだにゃ」
フィーがまぜっかえす。
「いや、もちろん俺の素性を明かすわけにはいかないから色々と言い換えてだな。若いのが生意気だーとか、組長が他の子分をひいきするーだとかさ。
こりゃ、まあ本音だわな。
そうやっていろいろとやり取りしてるうちに、その子の年や血液型、好きな食べ物、好きなマンガやアイドル、それから……」
広岡はしばらく黙って、そして言った。
「父親とはもう十何年も会ってないこと、そして今はその父親がヤクザだって理由でいじめを受けてるってことがわかった」
みな、黙ってしまった。
神崎が重い口を開く。
「しかし、それだけではその子が確かに娘さんだとは言い切れませんね」
「そりゃそうだ。だけど俺にはそうとしか思えないし、もうそれだけが手がかりなんだ」
「もうひとつ、彼女が必ず異世界にいるという証拠は?」
「ああ……。それから娘はだんだん追い詰められていくようだった。そしてある日突然こう言ったんだ『異世界に通じる扉を見つけた』と。
その翌日、彼女からチャットが来て『もうこっちの世界にはいられない。これからは異世界で勇者を目指す』
俺は娘がとうとうおかしくなったのかと思った。
問いかけてももう返事がない。
直後に女房から娘が家出したという知らせがあって、それっきりだ……」
「警察には知らせましたか?」
「ああ。だけどあいつらは本気で人探しなんてしやしねえ。ヤクザの情報網も使って調べ上げたが、それも空振りだ」
「娘さんは他に何か? たとえば、異世界の様子とか」
「それについては俺もいろいろと聞き出したかったんだけど、殆ど何にも教えてくれなかった。だけど一つだけ。『異世界には空がない』って」
神崎とフィーの顔色が変わった。
「それだけですか?」
「ああ、あと何だっけな……呪文みたいな。ちょっと待て、娘とのチャットは全部スクリーンショットで残してある」
広岡はサブモニターに向かってキーボードを操作し始めた。
「これだ! これが最後に娘が残した言葉だ」
三人はモニターをのぞき込む。
モニターには二人のゲームキャラクターの姿と吹き出しがあった。
広岡は片方の吹き出しを指差す。
そこにはこう書いてあった。
「客人よ去り行くならば閉ざされし世界を開くなかれ、留まりたればその力で大地を切り裂き真の光を導くべし」
神崎は立ち上がり、言った。
「広岡さん、娘さんの写真はありますか?」
腕組みをして珍しく真剣な表情でフィーが言う。
「それとゲームで娘ちゃんが使っていたアバターも知りたいのにゃ」
突然の成り行きの変化についていけない真琴は、ただ呆然と神崎とフィーの様子を見るばかりだ。
「さ、探してくれるのか?」
「費用は一日六万円と経費。調査報告は一週間ごと。よろしいですね」
「信じてくれるんだな?」
「それと、娘さんの名前を」
次回「下町異世界探偵」(10)につづく
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
さあ!いよいよ次回から舞台は異世界へ!
嘘じゃありません。
誰ですか、「異世界行く行く詐欺小説」なんて言ってた人は!←わたしのカミさんです(笑)
行くぞー!異世界!
というわけで次回も乞うご期待。