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下町異世界探偵  作者: 一宮真
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下町異世界探偵(8)~カミソリと呼ばれた男~

神崎事務所を訪れた地元のヤクザ、広岡哲郎は神崎に「行方不明の娘を探してほしい」と依頼する。

広岡は娘が異世界にいることを確信していた。

しかし広岡の態度はどこか怪しく……。

 殿山の許可はあっけなく出た。

 だがそれは非公式なもので、休日出勤扱いにはできないという。

 というわけでその日曜日、真琴は神崎やフィーと共に、広岡の自宅があるという錦糸町に向かって、黄色い鮮やかなラインの入った総武線の各駅停車に乗っていた。

 電車は空いていて、三人は座席に並んで腰かけた。

 フィーはいつものように耳隠しのため大きな帽子をかぶり、赤いチョーカーに黒のカットソー、その上からぶかっとした白のシャツを腕まくりして羽織っている。下はこれも少し大きめで膝丈の短パンだ。

 神崎もTシャツにジーンズ、そして緑のジャケットと事務所とはうって変わってラフなスタイルだった。

 真琴だけが生真面目に黒のパンツスーツだ。

「悪いね、伊勢さん。せっかくの休みなのに」

「いえ、いいんです。これも仕事ですから。それよりなんで快速に乗らないんですか? 快速なら錦糸町まで一駅なのに」

「所長は鉄道オタクなんだにゃ」フィーがニヤニヤしながら言う。

「まあ、そんなに時間が変わるわけじゃないし、みんなでのんびり座って行った方がいいだろ? 天気だっていいしさ」

 確かに今日はすっきりからりと晴れて、中川の河川敷ではあちこちで少年野球チームが試合をしている。


「せっかくのデート日和なのに、リクルートスーツ着てヤクザの家に遊びに行くってのは年頃の女性としてどうにゃの? 真琴ちゃん」

「リクルート……。や、だって知らない人の家を初めて訪問するわけだし、それにこれは遊びじゃなくて仕事なんだからね! ていうか、何でみんなそんなにいい加減な恰好なの?」

「気にすることないよ。真琴ちゃんは美人だから何着たって似合うにゃ」

 美人と言われて真琴もまんざら悪い気はしない。

「ま、だいたい休みの日に家に居たって稽古ぐらいしかすることないし、ってそういうことじゃなくて!」

「彼氏とかいないのかにゃ?」

「フィー、それってセクハラ!」

「それは人間同士のルールで、ネコであるボクには何の関わりもないことなんだにゃ」

「それに……」

 真琴は急に真剣な表情になって、目を落とした。

「高校生の女の子が三ヶ月も行方不明なんて、心配じゃない?」

「ううっ、真琴ちゃんって優しいんだにゃー。ボクますます惚れてしまうにゃ」

 フィーが真琴に腕を絡めて肩に頭を乗せた。

「ちょっ、フィー! 真面目な話をしてるんだから」

 先日の事もあり、真琴は警戒して体を引いたが、フィーは調子に乗ってますます真琴にしなだれかかり、豊かな胸を真琴の肘にグイグイと押し付けてくる。

 神崎が咳払いをする。

「それにしても神崎さん、わざわざ三人で訪問ってのは大げさすぎませんか?」

 真琴が迫ってくるフィーを向こうに押しやりながら尋ねる。

「それはその……」神崎はなぜか口ごもる。

「所長はヤクザが怖いのね。だからボクと真琴ちゃんを連れてくんだにゃ」

「違げ―よ! 怖くなんかねえよ!ただ……、俺の魔力は事務所を離れるとどんどんなくなってしまうんだ。だから……腕力とか暴力とかに関しては、その、こっちの人間の並以下というか……」


 真琴は神崎の様子が先日とまったく違うことにようやく気付いた。

 事務所では圧倒的な威圧感と自信で、その場の気をすべて支配しているかのようなふるまいだった神崎だったが、今はごく普通の、しかも少し気弱な若者に見えた。

 もともと華奢な体格がそれに輪をかけて、今では少し頼りなさすら感じる。

 だが、その事がかえって神崎の容貌の美しさを際立たせてもいた。

 ―この人、ちょっとかっこいいかも。

 真琴は改めて気付いた事実に、思わず赤くなって下を向いた。

「ん? どしたの、真琴ちゃん。もしかして所長に母性本能うずいちった~?」

 フィーは真琴に意地悪い笑みを向ける。

「なっ!そんなんじゃないわよ! だ、だいたい、フィーだってそうやって魔気をためて携帯できるんだから、神崎さんもそうすればいいじゃないですか!」真琴は慌てて話をそらす。

「法具のことか。法具はその者だけに合ったものじゃないと使えない。俺にはその法具がまだ見つからないんだ」

 神崎はため息をついて肩を落とした。

 ―なんてことだろう。デートどころか、これからヤクザの家に行くというのに、わたしは私立探偵から暴力担当であてにされてるんだ……。

 急に心細くなる真琴だった。



 広岡のマンションは錦糸町の南口を出て、駅前の場外馬券売り場近辺の雑踏を抜け、しばらく歩いたところにあった。

 マンションはきちんとセキュリティが施されているものの、小さな七階建てのビルだった。

「意外とセコいにゃ」

 フィーが忌憚のない意見を述べる間に、神崎は入り口で広岡の部屋番号を押し、何やら話している。するとマンションの自動扉が開いた。

 エレベーターで最上階まで上がり、インターフォンを押すとチェーンロックのついたドアが細く開き、広岡がなぜか目を泳がせながらぎこちなく言った。

「お、おう。よく来たな、ごくろうさん」


 部屋に入った三人は言葉を失った。

 暴力団の幹部とは思えない狭いワンルームマンション。

 だが、その狭い部屋の壁一面、いや、天井にまで隙間なくゲームやアニメのポスターが貼られている。

 そしてもう一面の壁に置かれた大きなガラスケースには勇者、魔法使い、妖精、それからドラゴンをはじめとするモンスターなど、これまた隙間なくびっしりとキャラクターフィギュアが並んでいる。

 その部屋は、見渡す限り剣と魔物と美少女で埋め尽くされていた。

 だが、フィギュアの整然として手入れの行き届いた様子に、神崎は広岡の性格を見てとる。

 さらに窓に面したOAデスクの中央には43インチの巨大な4Kモニターが、左右にやや小さめのサブモニターを従えて鎮座していた。

「こりは……、い、痛いにゃ」

「な? こんなのがうちの若いのに知れてみろ」

「もっとこう……、神棚とか日本刀とか組名の入った提灯とか、そういうのは?」

「バカだなあ、ネコミミ。それじゃまるでヤクザみたいじゃねえか」

「だってヤクザだにゃ?」

「ハハハ、ちげえねえや!」


 真琴は、世の中にこういう人がいる、という話は聞いたことがあったが、実際に見たのは初めてだった。

「すごい……」

 その数に圧倒された真琴は素直に感嘆した。

「モノってのは集まると、ある種の力を持つ」と神崎。

 神崎の言葉に深くうなづきつつ、真琴はフィギュアの並んでいる棚を熱心に見ている。

「あっ!これ知ってる。『グラップラレスラー狂四郎』の柔剛丸!」

「わかるかい? そりゃ割と最近出たゲームバージョンのフィギュアなんだ」

「へえー、昔のアニメだと思ってた。まだ人気があるんですね」

 フィーは勝手にマシンを起動させて、ゲームを始める。

「ひえー!すごぉい!速い速い!」

「お、わかるか?そいつはな、凄腕のパソコン改造屋の夜逃げを手伝ってやるかわり、特別に組ませたマシンだ。いいか、スペックを聞いて驚くなよ……」

「広岡さん! そろそろ」

 上機嫌でまくしたてる広岡に、神崎が口を挟む。

「そろそろ……、仕事の話を始めませんか?」

 神崎は口元に静かな微笑みを浮かべていた。


                   次回「下町異世界探偵」(9)に続く


今回も読んで下さり、本当にありがとうございました。

ここでお詫びです。

先週の「ヤクザとネコミミ」の焼き肉屋のシーンで、オーダーに誤りがありました。

「骨付きカルビ」が二度オーダーされてますね。

訂正いたいたします。

さて、ようやく事件のとっかかりに入ってきました。

神崎たちが異世界へ行く日も近づいております。

乞うご期待!


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