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下町異世界探偵  作者: 一宮真
6/34

下町異世界探偵(6)~バイオレンスは突然に~

真琴を自宅まで尾けて、その屋敷に入り込んだフィーは道場で真琴の強さに目をみはる。

魔力を失ってただの猫の姿になってしまったフィーは、真琴の部屋で一晩を明かした。

そして翌日……。

 翌朝、真琴は頬をざらりと舐められる感触で目覚めた。

 枕元にはフィーが座っている。

 真琴は目覚まし時計をかけることがなかった。

 翌朝起きなければならない時間に必ず目が覚めるのだ。それにここ数ヶ月、仕事の悩みで眠れないことも多く、時間前に目が覚めることもよくあることだった。

「起こしてくれたの……」

 フィーは真琴を見つめてニャーと鳴く。

 ―ん~、こんなにしっかり眠れたの、久しぶり……。

 真琴は毛布に入ったまま大きく満足げに伸びをして、フィーの頭を優しく撫でる。

「フィーのおかげかな」

 が、真琴は目覚まし時計を見て、ガバっと体を起こす。

「いっけない! 今日は寄り道してから区役所行くんだった!」


 真琴は押入れの奥から出してきたケージにフィーを入れると、朝食も摂らず、出勤仕度もそこそこに家を飛び出した。

 ケージを嗅ぎまわり、不満そうに鳴くフィーに真琴は言った。

「ごめんねー、そのケージ、前に飼ってた猫のなんだ」

 真琴は大股で歩き、平和橋通りを渡って神崎探偵事務所へ向かう。

 ―でも、探偵事務所って何時に開くのかな。

 きのう、一応十時から十一時ぐらいに顔を出せば良いと所長の神崎に言われたのだが……。


 マンションの階段を上り、神崎探偵事務所のドアの前に立つ。

 やはりドアには鍵がかかっていた。

 ―やっぱり電話してからくればよかった。

 真琴が困っていると、フィーが鳴いてケージの扉を前足でがたがたと揺すった。

「開け方を知ってるのかな?」

 ケージを開くとフィーが出てきて、上の階へ向かう階段の方にゆっくりと歩いていく。

「そっち?」

 真琴がフィーの後をついて階段を上ると、そこは屋上だった。

 屋上では女たちが洗濯物を干しながら中国語で何やら楽しそうにお喋りをしている。

「ニンツァオ!」

 真琴が挨拶すると、女性たちは愛想よく口々に答えた。

「オハヨーゴザイマス!」

 フィーはその少し先で待っていて、真琴を見ている、

 屋上の半分向こうは少し段が下がっていて、真琴が小さな階段を降りると、そこでは中国の老人たちがテーブルを囲み、朝粥を食べながら麻雀に興じていた。

 鶏がらスープで炊いた粥は、付け合わせの搾菜の香りもあいまって香ばしく、真琴は自分が朝食抜きであることを思い出した。

 老人たちはまだ湯気を立てる粥がたっぷり入った寸胴鍋を傍らに、どんぶりに粥をめいめい勝手によそっては、薬味の搾菜をたっぷり入れ、油条と呼ばれる揚げたパンを粥に浸してもりもりと食べている。

 フィーの鳴き声がする方を見ると、神崎が手すりにもたれ、油条を頬張っていた。

 手にはマグカップ、その足元にフィーは身体をこすりつけていた。

「伊勢さん、ちょと早すぎない?」

 あわててそう言う神崎のスタイルはくたびれた白のTシャツに縞のトランクス、サンダル履き。

 まぎれもなく起きぬけそのままだ。

「おはようございます、神崎さん」

「あ、おはようございます」

「フィーがきのう、うちに泊ったので届けてから役所に行こうと思って」

「え? こいつが?」

 フィーは相変わらず喉をゴロゴロと鳴らしながら、神崎の足元に身体をこすりつけていた。

「あ、えっと……、あの、こいつ何かまた?」

「ううん、いい子だったわ。じゃ、わたし遅刻しちゃうんで!」

 その時、老人の一人がアルミのボウルに山盛りになった油条を指差して真琴に何事か話しかける。

「食ってけ、ってさ」と神崎が通訳する。

「ありがとうございます。でも、急いでいるので。せっかくですけど、また!」

 真琴は神崎と老人たちに笑って手を振ると走って屋上を去った。

 去り際に真琴は、洗濯ものを干していた女性たちにも手を振っている、

「せわしない娘さんじゃ。兄さん、ありゃ彼女か?」

 とひとりの老人が雀卓から目を離さず中国語で神崎に話しかける。

「違いますよ!新しい仕事のパートナー」神崎は慌てて打ち消す。

 それから神崎は、今では足元にすました顔できちんと座っているフィーに言った。

「さてと、お前には事務所でいろいろ聞かなきゃならんことがある」

 フィーは上目遣いでニャーと答えた。


 神崎はネコミミ少女の姿に戻ったフィーにひとしきり説教をし、一応探偵らしく身だしなみを整え、事務所のカギを開け、フィーが淹れ直したコーヒーを飲む。

 フィーは神崎の机を拭きながら、話の続きに夢中になっている。

「……そんでー、同伴出勤ってわけ」

「同伴……お前、どこでそういう言葉覚えてくるの?」

「でね、でね、聞いて所長!。真琴ちゃんの剣先はこう……ヒュンって早くて。ボクにもいつ抜いたかわからないくらい」

「ほんとかよ、お前にすら見えないなんて」

「ホントだにゃ。あれだけの使い手は()()()にもなかなかいないにゃ」

「ふむ。だとすれば彼女はあっちでもこっちでも相当頼りになるってことだ」

「後は実戦経験だにゃ」

「そりゃ、まあ……な。こっちで本当に人を斬りまくってたらシリアルキラーってやつだ。区役所に勤めるどころじゃない」

「ん?」

 フィーが何かに気付く。

「所長、お客様ですにゃ。しかも男が三人」

 フィーの鋭い聴覚は一階から階段を上ってくる人間を早くも捉えた。

「んー、男は中年に若いのがふたり。ふたりとも重心が右に傾いてるから、お尻のポッケに拳銃が入ってますにゃあ。あ、中年は腰痛めてますにゃ」

 フィーはどこか楽し気だ。

「今日アポイントなんてあったっけ?」

「この事務所にそんなのあるわけないにゃ」

 

 男たちの足音は廊下に響き渡り、今や神崎にも十分聞こえる。

 足音は事務所の前で止まった。

 と、事務所のドアが乱暴に開けられ、若い男が拳銃を抜いて飛び込んできた。

 ふたりともこの辺りのチンピラ風。

 ツーブロックの髪型に黒のパーカー、首にはごつい金メッキの鎖をぶら下げた一人がいきなり全弾発砲する。

 しかし銃口から飛び出した九発の銃弾は神崎の目の前でピタリと止まった。

 戸惑う男の傍らには、排莢され、回転しながら宙を舞う薬莢がやはりピタリと止まって浮かんでいる。

「後ろの人、入ってドアを閉めてくれ」

 神崎が声をかけると、生成りの麻のスーツに黒の開襟シャツを着た、細身で小柄な中年の男が事務所に入り、後ろ手にドアを閉める。

 もう一人、裸の上に金魚の柄の派手なアロハを着た男がジーンズの尻ポケットに入れた拳銃を抜こうと動いたその時、フィーが机を飛び越えてその動きを封じた。

 男たちにはフィーの動きはまったく見えなかった。

 フィーの中指の先からは湾曲した鋭い、まるで鎌のような爪が飛び出し、アロハの男の首筋にピタリと当てられていた。

 

 フィーは無邪気な笑いを浮かべながらキラキラした目でアロハの男に言う。

「ねー、血しぶきってみたことある?」

「な、ないです……」

「見たくないかにゃ?」

「け、けっこうです」

 フィーは男の股間を下からグリっと握る。

「あれぇ?タマタマがどっかお出かけしちゃってますにゃー」

「た、タマタマは…えと、えと……たまたまタバコ買いに!」

 男は頬を引きつらせながらまずい冗談を口にする。

「面白くないにゃ」

 そう言ってフィーはかぎ爪で男の首筋をチクリとつついた。

「ひぃッ!」男は悲鳴を上げる。

 もう一人、発砲した男は宙に浮いたままの薬莢をおそるおそる触ってみる。

「アチッ!」

 薬莢は薬室から飛び出した時のまま、熱を保っていた。

 麻のスーツの男は若い二人の様子に動じる様子もなく、黙って椅子に座った。

 神崎が自分の目の前に迫った九発の弾丸をまとめて手のひらに握りしめると、宙に浮いていた薬莢は音を立てて床に落ち、バラバラと跳ねて転がった。

「お前らもういい。()()しまって外で待ってろ」

 スーツの男がチンピラ二人に命じると、二人は青ざめた顔でそそくさと事務所を出て行った。

「あんたが、異世界探偵か?」

 男は椅子から身を乗り出すと、鋭い目で神崎を凝視しながら言った。


                 次回「下町異世界探偵」(7)につづく


今回も読んでいただき、ありがとうございます。

今回、ちょっと長くなってしまいましたが、ようやく探偵ものっぽくなってきました。

これからまだまだ面白くなります。

異世界にもちゃんと行きますので(笑)。

どうかこれからもご贔屓にお願いいたします。

引き続き、感想、評点、メッセージなどお待ちしております。

感想はログインしなくても書き込めるようになっておりますので、ビシバシ書き込んで下さい。

当方Mにつき、容赦ないダメ出しなどお待ちしております。

それから本作の相乗効果でしょうか、完結した前作「トッケイ-東京特殊警備保障-」もここにきてPV数が漸増し始めております。

未読の方、こちらは本作とはだいぶ味わいが違いますが、面白いので「下町異世界探偵」と併せてお読みになっていただけると嬉しいです。

ではまた、次回お会いしましょう!



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