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下町異世界探偵  作者: 一宮真
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下町異世界探偵(5)~刃(やいば)~

神崎探偵事務所を後にした真琴を尾けて、フィーは真琴の家にたどり着いた。

フィーは猫の姿になって真琴の家に忍び込むが……。

 真琴の住む屋敷の庭には大きな池があった。

 フィーは庭を横目で見ながら塀の上を歩いていく。

 —それにしてもでっかいお屋敷だ。

 庭を通り過ぎると、奥にこれまた大きな建物があった。

 これが真琴の祖父、合気道の達人といわれる植村芝八の道場であった。

 道場からはヒュッ、ヒュッという風を切るような音が聞こえてくる。

 ―ん? 何かにゃ?

 フィーは興味を惹かれて、塀を飛び降りると、道場に向かって歩いた。

 その赤い首輪からぶら下がった青い石が揺れながらかすかなきらめきを放つ。

 道場は窓だけが開いていて、灯りが洩れていた。そしてそこから例の不思議な音は聞こえてくる。

 窓の下まで来たが窓は高く、猫の姿のままでは中を覗くことができない。

 フィーは周囲をキョロキョロと見回すと、ケモノビトの姿に戻る。

 道場の中からは相変わらず、音が聞こえてきた。

 フィーはしばらく窓の下にうずくまって中の様子をうかがっていたが、やがてそろそろと立ち上がり、そっと窓を覗いた。


 畳敷きの広い道場の中央には真琴が一人、紺色の袴を履いた合気道の道着姿で正座をしているが、その帯にはなぜか日本刀を差している。

 道場はシンと静まり、張りつめた空気が漂っていた。

 緊張してじっと真琴を見つめるフィーには、真琴がただ座っているのではないことがわかった。

 これは次のアクションを起こすための「動作」つまり真琴は静かに座っているように見えてすでに動いている。

 ケモノビトであるフィーの五感は自然に研ぎ澄まされ、真琴の次の動きを注意深く観察する。

 それと同時にフィーは自らの発する闘気を魔力で隠すことも忘れなかった。

 これはネコのケモノビトのいわば本能といえる。

 と、真琴は抜き手を見せず腰の剣を抜くと同時に立膝となり、真上から剣を振り下ろす。

 ヒュッと空気が切れる音がした。

 フィーはこの動きをまったく予測できなかった。

 残心、真琴は正面を見据えたまま右膝を後ろに引いて半身になると、帯に差した鞘を左手でグイと引き出し、刀を納める。

 ―今、斬られてた……。

 フィーは恐怖を感じた。

 真琴は再び正座に戻るが、次の瞬間再び真琴の日本刀は一閃し、横に払われる。

 そして残心、納刀。

 真琴の一連の動きはよどみなく流れるようだった。

 ―また斬られたにゃ。


 真琴は帰宅してから朝からのモヤモヤとした気分に耐えられず、夕食もそこそこに道着に着替え、道場に向かった。

 ―煩悩を断つ!

 真琴は久しぶりに居合術の稽古をしようと思い立ち、厳重に鍵の掛けられた倉庫から自分の刀を持ち出し、稽古に打ち込んでいた。

 合気道は他の武術の稽古を取り入れることがある。

 それは他の武術の体の捌き方が、合気道に通じるところがあることと、体幹を鍛えるためだ。

 だが、真琴のように居合術を取り入れる者はまれで、普通は剣道、柔道、空手、杖術を習得する。

 現に道場を継ぐ真琴の兄は空手を稽古に取り入れている。

 最初は久々の日本刀の重さに振られ、よろけて太刀筋がまったく定まらなかった真琴だったが、一心に剣を振るうちに太刀筋が安定し、それはやがてただ一本の線になっていった。

 ―そうだ、腕の力で振るんじゃない。腰で振るんだ。

「ふう……」

 真琴はようやく一息ついて流れる汗を道着で拭う。

 その時、不意に道場の片隅からパチパチと拍手の音が聞こえた。

「誰!?」

 驚いた真琴が振り返るとそこにはネコミミ少女がちょこんと座って手を叩いていた。

「すごいにゃ、真琴ちゃん!まるでサムライみたいだにゃー」


 真琴に気付かれず道場に入り込むのは魔力を使えば簡単なことで、フィーは途中から道場の中で真琴の稽古姿を眺めていたのだ。

 真琴は立ち上がると無言ですたすたとフィーに近づき、その前に座って、身を乗り出した。

「ちょっとあんた、何しにきたのよ」

「真琴ちゃん帰る時元気なかったから、心配で見に来たにゃ」

 フィーは悪びれもせず笑顔で答える。

「元気ない?誰のせいだと思ってんの?」

 真琴が更に身を乗り出すと道着の合わせが乱れ、胸元があらわになった。

 もちろん道着の下には白のTシャツを着ていたが、問題は汗で濡れたTシャツがピッタリと真琴の肌に貼り付き、透けていることだった。

 フィーの視線が自分の胸元に釘付けになっていることに気付いた真琴は、顔を赤くしてあわてて合わせを直し、刀の柄に手をかけた。

 ―斬る!

 ―斬られるぅぅ~!

 突然、フィーは猫に姿を変えた。

「!」

 真琴の目の前には一匹の猫が仰向けに長くなりお腹を見せて、愛くるしい瞳で真琴を見上げ、そして鳴いた。

「ニャー」

 真琴は刀の柄をグッと握りしめ、じっとフィーを睨む。

「ニャー」

 フィーはもう一度鳴いた。

 真琴はがっくりとうなだれる。

「き、斬れない……」

 真琴はフィーの両脇を掴み、目の前に持ち上げた。

「ちょっとあんた~、これは卑怯だよぉ~」

「これはわざとじゃないよ。もう魔力が切れちゃったんだにゃ」

「魔力? だってあんた今、喋ってるじゃないの」

「まだこのぐらいは残ってるにゃ。それもなくなるともう喋ることもできなくなる。それからケモノビトでも名前はあるんだにゃ。ボクの名前はフィー、『あんた』じゃないにゃ」

「それは……」

 真琴はフィーをていねいに畳の上に戻し、手をついて頭を下げた。

「ごめんなさい」

 フィーは器用に自分の脇をぺろぺろと舐めながら言った。

「ボクは首から下げてるこの石に魔気を貯めておくことができるんだにゃ」

「へえー」

 真琴はフィーの首輪に思わず顔を近づけて、青い石をしげしげと眺めた。

 するとフィーは真琴の額をペロリと舐めた。

「練習の邪魔して悪かったにゃ」

 真琴は不思議に悪い気がしなかった。

「いいのよ。もう切り上げようと思ってたところ」

 そう言って真琴は笑顔でフィーを抱き上げた。

「見つかるといろいろと面倒だからこっそりわたしの部屋に行きましょう」


 シャワーを浴びて真琴が自分の部屋に戻ると、フィーはベッドの上で丸くなって眠っていた。

 真琴はその姿に微笑んで、静かに机に向かう。

「真琴ちゃん、何してるにゃ」

「ん? 日記書いてんの」

「日記? 毎日書いてるのかにゃ?」

「うん。小学生の時から毎日」

「なんか真琴ちゃんらしいにゃ」

 そう言うとフィーはまた眠ってしまった。

 真琴は日記を書き終えると、ベッドに入った。

 フィーは目をつむったまま体を少しずらして脇に寄り、毛布の上から真琴の体に沿ってぴたりと体をくっつける。

「おやすみ、フィー」

 フィーは口だけ開けて、声を出さなかった。

 ―魔力がなくなったのかな。

 真琴は枕元の電気を消した。

 するとフィーが寝ぼけた声で言った。

「真琴ひゃん、さっき斬ってたの、あれ、自分でしょ……」

 真琴はぎくりとしたが、フィーはただ静かな寝息をたてているだけだ。

 ―この子、いったい……。


                  次回「下町異世界探偵」(6)に続く

今回も読んでくださり、ありがとうございました。

それにしてもなかなか事件が起こりませんな。

申し訳ありません。

次回ぐらいから探偵ものらしくなると思いますので、どうか見捨てずに読んで下さいにゃあ。


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