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下町異世界探偵  作者: 一宮真
30/34

下町異世界探偵(30)~火竜ふたたび~

イハでのアラガンと志乃の修行は続いた。

そして……。

 真夜中、ボルケリカの火山群はその峰々の輪郭を闇の中にぼんやりと浮かべている。

 自閉世界の夜には光がない。

 その夜は風もなく、森のざわめきもすっかり途切れ、あたりは深閑としていた。

 篝火のための薪が(やぐら)のようにうず高く積まれ、三つの塔を形作っている。

 あたりには、薪にかけられた油のにおいが漂っている。

 それを前に、屠龍の剣を軽々と肩に担いだ志乃とアラガンが立っていた。


 志乃がアラガンと出会ってから、一年が経っていた。

 そしてついに志乃が火竜と再び、相まみえる時が来ようとしていた。

 

 アラガンが厳かに口を開く。

「では、始めるぞ」

 志乃は無言でうなずいた。

 

 アラガンは火打石を手に、篝火のもとへ向かう。

 カチッ、カチッ

 明るい火花が散ると、積みあがった薪は一気に燃え上がった。

 たちまち巨大な篝火が三つ。

 あたりは昼間のように明るくなる。

 志乃は無言で屠龍の剣を縦横無尽に操る。

 ヒュン、ヒュンと剣がうなりを上げると、剣圧で高々と燃え上がる炎が一瞬切れた。


 その時、宙空にモノ・マーに曳かれた馬車が現れ、それは篝火を目指して緩やかに降下してくる。

 

 同時に遠くから馬のいななきと車輪の音が聞えてきた。

 やはり馬車が数台、こちらは陸路で向かってくるようだ。

 

 背後の森にはそれらとは別のざわめきが起こり始めていた。

 何者かが、松明(たいまつ)を手に森の中に集まってきている。


 先に陸路の馬車が、篝火の横にやって来た。

 まだ馬車が止まらないうち、馬車の中から二人の男たち、ヨシとミッキーが飛び出して、志乃に駆け寄った。

「姐御~!」

 志乃は微笑んで無言で二人を迎える。

 

 リルリーの言った通り、二人の男はまったく別人のように雰囲気が変わっていた。

 ひょろ長く細かった防御専術士のヨシは、すっかり筋骨隆々となっていた。

 ヨシは無言でニヤリと笑い、重そうな三つ折りの盾をひと振りで広げると、頭上でクルクルと回し、地面にズカッと立てて見せた。

 小柄な割にでっぷりとふとっていたミッキーはすっかり痩せ、あご髭を伸ばし、手には杖を持っている。

 志乃は思わずクスクス笑ってしまう。

「ミッキー、痩せたなー。それに何だよ、髭なんか伸ばしちゃって」

 だが次の瞬間、ミッキーは志乃の背後に移動し、志乃の肩をポンと叩いた。

 志乃が驚いて振り返ると、ミッキーはニッコリ笑った。

 —ミッキーに後ろをとられるなんて!

 志乃は胸が熱くなった。

「お前ら……、一年、よく頑張ったな」

「姐御も!」

 三人は互いに肩に手をやり、抱き合った。

 

 そこへ馬を万年樹の太い幹に繋いで、シシドがやってきた。

「どうだい、お嬢さん。この二人の仕上がりぶりは」

「あんたがシシドか? すごいな、よく一年であの二人をここまで。ありがとう!」

 シシドは立てた人差し指を横に振りながら言った。

「おっと、礼を言うのはまだ早いぜ。それと礼ならそっちの神崎さんに言うんだな」

 志乃がシシドの目線の先を見ると、神崎と真琴、そしてフィーが近づいてくる。


「志乃さん!」

 真琴が志乃に駆け寄る。

「やあ、江戸川区役所のお姉さん」と志乃は笑って出迎える。

「え? どうしてそれを?」

「リルリーと仲良しなんでしょ? あの子から色々と聞いたよ」

「ちょっとリルリー!」


「なにー?」

 モノ・マーを繋いで、馬車を守るための結界を張ったリルリーが、アリーセとヤウンを連れ、遅れてやってきた。

「志乃さまーっ!」

 ヤウンは真っ直ぐ志乃に向かって翔んでくると、その肩にとまった。

「ヤウン、おつとめご苦労。ありがとな!」

 ヤウンは連絡係としてリルリーのもとに飛んでいたのだった。

「リルリー、わたしの本職を志乃さんにバラしちゃだめじゃないの!」

「なんでー? 人に言えないようなお仕事なの?」

「そんなことないわよ! だけど公務員は副業が禁止で……、や、そういうことでもなくて」

「真琴ちゃん、そんなのはどうでもいいんだにゃ。それより志乃ちゃん見て何か言うことないのかにゃ」

 フィーはやや呆れている。

「そう! それ! 志乃さん、強くなったでしょ!」

「へへ、わかる?」

 志乃はニッと笑った。

 —今なら、この世界で自分は志乃に触れることすらできない。

 武道家でもある真琴には、志乃の基礎力が以前とはまるで桁違いであることにすぐ気づいた。

 たった一年で(しかもあっちの時間では一ヶ月なのだ)ここまで変わることができるものだろうか。

 そして志乃が担いでいる、バケモノのように長大な剣。

 しかも、その魔力の練度は真琴にはわからない。


 神崎とシシドは握手をする。

「やるね。頼んだ甲斐があったよ」と神崎。

「ま、そのお言葉は残りのギャラと一緒に頂きますよ、皇子」

 シシドは片眉だけ上げて不敵な笑顔を見せた。


 そこへアラガンが力強い足取りで戻ってくる。

「師匠!」

 アラガンは駆け寄ろうとする神崎を制して、志乃たち三人を呼んだ。


「よいか。火竜はじき現れる。

 だが、産みの苦しみと、生きながら肉体を内側から焼かれる痛みに、火竜は狂乱しておる。

 狂乱した火竜の攻撃はこのワシにも予測できん。

 盾は火竜の動きに集中して火焔を受けることだけに集中すること。

 目の動きは狂乱しておるときには当てにならん。

 それから風の動きに注意するのじゃ。

 火焔は風を呼ぶ。そして火焔の向きは風に影響される」

 ヨシは力強くうなずいた。


「回復術士!」

 ミッキーは無言で前に出た。

「回復術士は速度を重視すべし。

 剣士から決して離れてはならないが、その動きを邪魔してもいかん。

 見ての通り、屠龍の剣の振り幅は大きい。

 それと剣士の背後から、常に盾と火竜の位置を把握して、剣士に指示を出すこと。

 剣士の無謀を押さえるのも、時に回復術士の重要な仕事であることを忘れるな。

 それから、術は常に小出しにすべし。

 剣士が常に魔力・体力・気力の三力が十分となることだけを考えよ。

 大きな回復術は、今回に限り必要ないと思え」

「なぜですか?」

 ミッキーは訊ねた。

「まともに火焔を浴びれば剣士は一瞬で消えうせる。だからお前が剣士の蘇生のために魔力を温存しても意味がないのじゃ」

 ミッキーはごくりと唾を呑み込み、うなずいた。


「それから剣士」そう言って、アラガンは志乃に穏やかな表情を向ける。「勝負は一瞬で決まると思え。回復術士の声に常に耳を傾けろ。あとは作法通りに火竜を(ほふ)る。志乃、お前なら必ず出来る」

 志乃もうなずいた。

「最後に、これは言わずともわかっておろうが三人とも仲間を信頼すること。わかったな」

 アラガンのその言葉を合図に、三人は互いを見つめ合い、小さくうなずいた。


 ドムッ!


 その時、黒い森からまるで砲声のような響きが聞こえ、何かが闇夜の空に、真っ赤な炎の尾を引きながら高く天空に打ち上げられた。

 と同時に、真琴たちの後ろの森の中のあちこちからどよめきが上がった。

「なに? なんなの?」真琴は驚く。

「あれが火竜の赤ちゃんだにゃ。赤ちゃんのうちは羽根が生えてて飛べるんだにゃ」

「で、なんだか観客がいっぱいいるんですけど」

「あー、あれは多分『カナハル』目当てのお客さんですにゃあ」

「カナハル?」

「ま、あっちで言うところの原始宗教? 志乃ちゃんが首尾よく火竜を倒せばわかるにゃ」


 森の中から次々と爆発音がとどろき、立て続けに火球が打ち上げられる。

 それは上空で燃え尽きると、黒い鳥のように羽ばたき、飛び回り始める。

 森の中から鋭い咆哮が響くと、それは大地と空気をビリビリと震わせた。


「来るぞ!」

 アラガンがそう言って下がると同時に、ヨシは一瞬で盾をたたみ、素早く前へ走り出ると篝火の前で再び盾を展開させた。

 志乃とミッキーは、ヨシの開いた巨大な盾を底辺にした、三角形の頂点に位置を取る。

 その距離、数十メートル。


 後方に下がったアラガンは、神崎と並んで立つと厳しい表情で囁いた。

「万が一、志乃が仕損じた時は、わかっとるな、坊主」

「わかってますよ、師匠。俺たちでやるしかないんでしょ?」

「で、そこの御仁は手を貸して下さるのかな?」アラガンはシシドに言った。

 シシドは肩をすくめた。

「ギャラに見合いませんな。ま、骨ぐらいは拾ってさしあげましょう」


 再びすさまじい咆哮を上げながら、黒い森の中から火竜が躍り出た。

 まるで地震のように大地が揺れる。

 火竜の目は大きく見開かれ、眼窩からはゴウゴウと炎が噴き出していた。


「神崎さん!」

 思わず真琴が叫ぶ。

 神崎は振り向いて大声で言った。

「リルリー! 結界で伊勢さんとフィーを!」

 リルリーがステッキを取り出してグルグルとリボンを回し、幾重にも重なったドーム型の結界を作り出す。

「フィー! もしもの時はお前がリルリーと伊勢さんを連れて逃げろ!」

「合点承知にゃ!」

「ねえ、フィー。わたしたちは見ていることしかできないの?」

 真琴はもどかしそうにフィーに言う。

「これは志乃ちゃんの戦いなんだにゃ」

 フィーは火竜からじっと目を離さず、珍しく真剣な表情だった。

「真琴、心配ないわ。志乃は必ずやり遂げる。だってわたし、一年間ずっと見てきたんだもの」

 リルリーは確信を持って断言した。

 リルリーの肩に止まっている二人の妖精もうなずいた。

「志乃さまは絶対勝つんだもん……」

 ヤウンはそう呟いた。


                    「下町異世界探偵」(31)につづく




今回も読んでいただき、ありがとうございました。

やっと、やっと火竜をまた出すことが出来ました!

ここからがいよいよ怪獣者の本領発揮。

思い残すことなく狂乱の火竜の異形と暴れっぷり、そして志乃との死闘を描くことができるよう頑張ります。


ところで先日、読者の方からいただいた感想でご紹介いただいた、立ち飲み屋「わか」に行ってまいりました。

いやー、ここはすごい。

おつまみの種類の多さと、その美味しさ、安さに驚くばかり。

グラタンが200円にはびっくり。

その他、ひじきの煮物は100円。

また、刺身の新鮮さも素晴らしかったです。

まるで「大人の駄菓子屋」ですね。

能上さん、素敵なお店をご紹介いただき、ありがとうございました。

この取材(?)結果は、第二部に活かす予定です。


ではまたお会いしましょう。

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