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下町異世界探偵  作者: 一宮真
28/34

下町異世界探偵(28)~永遠と一瞬~

志乃の母、悠乃から事件の顛末を聞いた真琴と神崎。

一方、志乃はアラガンと霊山イハで修業に励む。

「ふーん、それでそれで? どうなったのかにゃ」

 

 事務所でフィーはケンタッキー・フライド・チキンの6ピースパックの箱を一人で抱え込み、むしゃむしゃバリバリと食べている。

 フィーは骨ごと食べているのだ。


「119番通報したけどそれは断って、そのまま病院にタクシーで行って傷を縫ってもらったみたい。幸い腱は傷ついてなかったら動きに支障はないらしいけど……。

 手のひらの縫い跡が痛々しくて」と真琴。


 真琴と神崎は新宿から事務所に戻り、フィーに悠乃から聞き取った事件の顛末を話していた。

「おまえ、ところでそれ、よく骨ごと食べられるね」と神崎。

「所長、わかってないにゃー。骨も一緒に食べてこそのフライドチキンだにゃ。皮のパリパリ感、柔らかくてジューシーなお肉、骨のゴリゴリ感と濃厚でくせのある骨髄が一体化した美味さといったら。

 あ、真琴ちゃん、人間は歯が折れたり口の中切ったりしちゃうからマネしちゃだめだにゃ」

「マネしないよ」真琴は苦笑する。

「んで? お母さんを傷つけてしまったというリョーシンのカシャク? に耐えかねてあっちへ行っちゃったのかにゃ」

「おそらくな」

「それだけじゃ、やっぱし帰って来ないんじゃないかにゃあ」

 フィーはあっという間にフライドチキン6ピースを平らげ、まだ名残惜しそうに指を舐めている。「こっちの世界では、やってしまったことをなかったことにはできないんだにゃ」

「悠乃さん……お母さんに、とにかく一ヶ月だけ待ってほしい、そう志乃さんが言っている。俺がそう言ったら『志乃がそう言うなら待ちます』って」

「でも、それって嘘ですよね。あんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」

「大丈夫。火竜が約束してくれた」

「火竜が?」真琴は疑わしげだ。

「竜は人間の心の深淵をのぞき込むと言われている。自閉世界の賢者の中には、竜の知性は人間をはるかに超えると考える者もある」

「それは前にも聞きましたけど……。どうなの? フィー」

「マユツバですにゃー」フィーは鋭い鉤爪を出し、爪の間をザリザリと入念に舐めながら言った。

「本当なんだ。俺は確かに聞いた」

「火竜が喋りますかにゃ?」

「喋るんじゃない。ここに……」神崎は人差し指で自分の頭を指しながら言う。「頭の中に直接語りかけてくるのさ」

「まるでテレパシーですね」と真琴。

「それとこれは俺が感じたことだが、志乃さんは何かを乗り越えるために努力している」

「それで火竜にこだわってると……、そういうことになりますかにゃ」

「ふむ……」真琴は考え込む。



 志乃の、アラガンの下での修業は続いていた。

 アラガンの教えは独特で、型というものがない。

 こっちの世界に来てから、以前学校の体育館で何となく目にしていた剣道部の練習を思い出し、我流で剣を振りまわしていた志乃には、アラガンの教えは退屈だった。

 今日も岩の上から屠龍の剣を逆さにぶらさげるように持ち、腕を水平に保って、剣を地面に落とさないように命じられた。

 アラガンはアラガンで自分の修行に没頭しており、ときおり志乃に呼吸について注意を与えるのみだ。


「なー、ジジイ」

 アラガンはものすごいスピードで剣の素振り—それはまるで剣道の面打ちのようだった—を繰り返している。

 繰り返し寸分違わず同じ軌道を描く剣先が、志乃にはまったく見えなかった。

「オレにもそういうの教えてくれよ。ずーっとこれじゃ、モチベーションっつーもんがさあ」

 アラガンは素振りを止めると、岩の上の志乃をじっと見てぶっきらぼうに言った。

「なんじゃ、そのモチなんとかというのは。食い物か?」

「ちげーよ。食い意地の張ったジジイだな」

「や、あの兵糧丸は申し訳なかった。あの時はもう百日以上食うておらんかったのでな。で、モチというのはなんだ」

「モチベーション。つまり、やる気っつーかさ」

 そう言って、志乃は巨大な屠龍の剣を肩に担いだ。

 屠龍の剣は両刃であり、志乃はセーラー服の上から、右肩に分厚い革の肩当てを付けていた。

「ふむ、ひと息つくか」

「やたっ!」

 志乃は岩から飛び降りて、アラガンのもとへ走った。


「な、ちょっとオレにもその剣を触らせてくれよ」

「ん? これか? ホレ」

 アラガンの差し出した剣を志乃は手に取る

 屠龍の剣に比べればごく軽いものだった。

「なーんだ、軽いじゃん」

「そうかな? じゃ、ちょっと振って見せろ」アラガンはニヤリと笑って志乃に言う。

 志乃は鼻で笑って思いきり振りかぶった。

 だが、振り下ろそうとしたその瞬間、剣は急に重くなり、志乃は思わず後ろによろめいた。

「ほれ、また腕力に頼ろうとしておる」

 志乃は瞬時に肉体と剣の間に魔力の導通を作り、体勢を立て直す。

 そして、一振り。

 それもよろけながら、体は前につんのめった。

「なんだ? この剣……」

「それはな、聞いて驚くなよ、ええっと……何だっけ?」

「オレが知るか!」

「だいたいその時の気分でそこいら辺に埋まってる剣をテキトーに選んで稽古しておるだけじゃからのう」

「テキトーって……、ギャルかよ」

 その時志乃は、さっきまでアラガンが素振りをしていた岩場に、深さ15センチほどの窪みがあることに気付いた。

 窪みはつるつるとなめらかで、人の足の形に見えた。

「ジジイ、これって……」

「もうかれこれ100年、毎日そこで振っておるからの」

「100年……、毎日……」


 志乃にはわかった。

 この足跡はアラガンが100年かけて、素振りで穿(うが)ったものだ。

 自分があの屠龍の剣を使えるようになるまでに、どのぐらいの鍛錬、どのぐらいの歳月が必要なのか。

「ジジイ」

 志乃は真剣な顔でアラガンに訊ねた。

「オレ、永遠に火竜を倒すことなんてできないんじゃないか?」

「永遠か、ふむ……」

 アラガンは束の間、瞑目して言った。

「志乃、一瞬を永遠に感じたことはないか?」

 志乃はその言葉にビクッと反応する。

 母・悠乃の手のひらをカッターナイフが切り裂いていく一瞬の感覚、ナイフから滴り落ちる鮮血。それは今なお続くスローモーションのように、志乃を苦しめる感覚だった。

 志乃は絞り出すように言う。

「……あるよ」

「ならば永遠が一瞬と感じることもあろう」

 志乃は黙って唇を噛んでいた。

 

 アラガンは志乃の様子にため息をつくと、すたすたと志乃に近づいた。

「剣を返せ」

 志乃は素直に剣をアラガンに渡す。

「ま、たまには気分転換もよかろう」

 アラガンはそう言うと剣をぐさりと地中に突き刺し、新たに別の剣を引き抜いて二度三度振って泥を軽く落とすと、志乃に渡した。

 それはごく軽い剣で、一見木刀に見えた。


「なんだ、木刀じゃないか。修学旅行のヤンキーじゃねーぞ! バカにすんな!」

「何を言っとるのかよくわからんが、それでワシを思い切り突くなり、斬るなりしてみろ」

「なにそれ、またあれだろ? 振ると重いとかそういうの?」

「違う。それはただの木剣じゃ」

「あ、どうせ振っても当たんないっていうあれだ」

「違う。志乃、どうしてお前はやる前から……。よし、約束する。ワシはお前の剣をすべてこの身で受けよう」 

 志乃はアラガンの思わぬ申し出に思わず唾を呑み込んだ。

「マジか?」

「マジだ」

「ほんっとーにいいんだな?」

「そのかわりそれを真剣と思え。ワシを本当に切り刻むつもりでかかってこい」

 ―よーし、やってやる‼


 志乃はこれまで溜まりに溜まった悔しさ、悲しさ、虚しさをすべて吐き出しながら、裂帛の気合でアラガンに木剣を打ち込んだ。


 ゴッ‼


 志乃の渾身の一太刀は狙いを(あやま)たずアラガンの頭頂部に炸裂し、鈍い音が響く。

 ―当たった!

 アラガンの頭が切れ、顔に血が流れる。

 そして、その目は白目を剥いている。

 志乃の血の気が引いた。

「ジジイ……、大丈夫か?」

「……痛いじゃないか。せっかく教えてるのに、そんなマジ殺すって感じで来なくても」

 アラガンは涙目だった。

「いや、だって。まさかあんなモロ当たるなんてさ……。だいたい『本当に切り刻むつもりで』って言ったじゃん!」

 志乃はオロオロしている。


「なーんつってな」

 アラガンは袖で頭の傷口を拭って、ニヤリと笑った。

「ほんのかすり傷じゃて。それに今の一発はサービス、サービス」

 ―またやられたッ!

 カッとなった志乃は再びアラガンに打ち向かう。

「こンのクソジジイ‼」


 パァァン!


 次の一撃はアラガンの逞しい肩に当たり、小気味よい音を響かせた。

 志乃は何とも言えぬ心地良さを感じる。

 だが、アラガンは平然としている

「なかなか良い太刀筋じゃ! さあ、どんどんこい!」

 志乃はしゃにむにアラガンに打ち込んでいく。

 アラガンは言葉通り、志乃の太刀をすべて肉体で受ける。

 しかし、最初の一撃以来、一度もアラガンを捉えてないことにやがて志乃は気付いた。

 喉を狙った必殺の突きは手刀で柔らかく捌かれ、したたかに打ち据えアラガンが「見事!」と言う一撃も、響きが良いだけで狙いを微妙にずらされている気がした。

 ―遊ばれてる……。

 志乃はムキになり、何度も何度もアラガンに打ちかかる。

 そしてあたりが暗くなってきた頃、ついに志乃はがっくりと膝を着いた。

「どうした? もうおしまいか?」

「クソッ!」

 志乃は最後の力を振り絞って、アラガンの脛を払った。

 だがアラガンは軽く挙げた足の指で木剣を挟むと、ひょいと志乃から取り上げた。

「本日はこれまで! そうそう、今晩これからいいことがあるぞ」

 ―いいこと?

 魔力も、体力も使い果たした志乃は立って歩くのがやっとだった。


「志乃、お前どのくらい飯を食っとらんか覚えておるか?」

 志乃はハッと気づいた。

 ―そういえば……。

 イハでアラガンに出会ってから、もう五日、いや、七日は食べてないことに志乃はようやく気付く。

「一瞬に思える永遠じゃな。ハハハ!」

 アラガンは笑って洞穴に向かう。

 誰もいないはずの洞穴には灯りがともり、そこからはなんともいえぬ旨そうな匂いが漂ってきて、志乃の鼻孔をくすぐった。

「腹減った……」

 イハの頂上に到達してから初めて、志乃は空腹を感じていた。


                   「下町異世界探偵」(29)につづく


今回も読んでいただき、ありがとうございました!

また一回分が長くなっていますね……。

反省はしているのですが。

なお、フィーのフライドチキンの食べ方は間違っています。彼女の言う通り人間の皆さんは決してマネしないでくださいね(笑)。

喉に骨が刺さったといってもわたしは責任取りません。


ところで昨日、漫画家の吾妻ひでおさんが亡くなっていたことが発表されました。

わたしなどの世代には重要な漫画家のひとりで、少年チャンピオンの「ふたりと五人」や「チョッキン」アニメ化もされた「ななこSOS」「オリンポスのポロン」

SF雑誌での「不条理日記」

そして特に晩年の「疾走日記」「アル中病棟」に打ちのめされるようなショックを受けました。

晩年の二作を読めば、いつ亡くなっても仕方がないような生活ぶりだった時期があることはわかっていましたが、それでも作品のテンションからはまったく衰えが感じられなかっただけに、ショックは大きいです。

享年69。

ご冥福をお祈りいたします。

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