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下町異世界探偵  作者: 一宮真
20/34

下町異世界探偵(20)~火山と黒い森と火竜~

ボルケリカに到着した真琴たちは、志乃を見つける。

 馬車が高度を下げると、やがて三つの大きな篝火が見えた。

 神崎が再び御者台の後ろの小窓から顔を出す。

「よし! こっちも確認した。高度はこのままで」神崎は指差す。「あそこのハイロウ樹に馬車を付けてくれ」

 リルリーは馬車の速度を落とすと、神崎の指示通り、巨大な―高さ100メートルはあるだろうか―樹のてっぺんから少し下がったところにぴたりと横付けした。

 神崎は真っ先に馬車の扉を開け、ハイロウ樹の太い枝に飛び移り。真琴とフィーも続いた。

 枝は直径が1メートルはあろうかという太さで、三人は並んで枝に腰かける。

 リルリーはモノ・マーの手綱を別の枝に繋いで、遅れて真琴の横に座った。


 眼下には巨大な篝火の炎が高く上がり、その下に三人の人影が見えた。

「バックネット裏だ」

 神崎はニヤリと笑う。

「そうすると、この樹の一番近くにいるのがキャッチャー、その向こうで剣をぶらさげてるのがバッター、その前に立ってるのが守備ってことかにゃ」

 フィーもどこか楽し気だ。

「ピッチャーはまだブルペンらしい」と、神崎。

「ちょっと、神崎さん、また見物ですか? それに、志乃さんかどうか確認しなくていいんですか?」

 真琴は神崎に抗議する。

「だいじょうぶ、あれは間違いなく志乃ちゃんだにゃ」

「だったら! だったらなおのこと彼女を危険にさらすようなことは!」

「もしここで彼女を保護したとしても、彼女に元の世界へ帰る意志がなかったら?」神崎は無表情で答える。

「それは……」

「もしここで都合よく火竜が現れれば、戦い方で彼女の覚悟がわかる」

「でも!」なおも真琴は食い下がる。

「大丈夫ですわ、真琴様。皇子がいる限り、あの娘が死ぬことは絶対にありません」

「真琴ちゃん、アリーセの言う通りだにゃ。それに首に縄かけて引っ張ってくことはできないのにゃ」

「わたし、下に降ります!」

 真琴はきっぱりと言った。

「どうやって?」と神崎。

「神崎さんがそばにいる限り、わたしは絶対に死なない、そうですよね」

 真琴は神崎の目を真っ直ぐ見つめて言った。

「そのとおりだ」

 神崎が真剣な表情でそう言い終わる前に、真琴は枝から飛び降りた。

「伊勢さん?」「真琴ちゃん!」

 ハイロウ樹の太い幹に沿って、真琴の体がひらひらと落ちていく。

 神崎とフィーは即座に墜落する真琴を追った。

 リルリーは肩をすくめ、ため息をついた。

「真琴の考えることって、ちょっとわかんないとこがあるのよね」

「でも、それがあの方のまっすぐで良いところでもありますわ、ファム・リルリー」

「かもね」

 リルリーは身軽に、万年樹の枝から枝をひょいひょいとつたって、下へ降りていく。アリーセは軽やかに翔びながら、その後を追った。


 落下しながら、近づく地面を真琴はしっかり見ていた。

 すると、すぐそばに神崎が現れて真琴をしっかりと抱きとめた。

 続いてフィーも現れる。

「あ、いいにゃー、お姫様だっこ。所長、ボクもそれがいいにゃ」

「神崎さん」

「まったく、あなたって人は」

 神崎は苦笑いして、ふわりと地面に着地する。

「立てますか?」

「あ、はい」

 神崎は、まるで壊れ物でも扱うようにやさしく真琴を草むらに立たせた。

 真琴は顔を少し赤らめながら神崎の腕を離れた。

「しかし無茶するにゃー」フィーがニコニコしながら言い、そして急にいたずらっぽく言った「所長にお姫様だっこ、ちょっとときめいちゃったかにゃ?」

「ちょっ! フィー! 今はそんな場合じゃないんだから! 志乃さんが……」

「火竜来たよー」リルリーがそう言いながら、アリーセを伴って地面にぴょんと飛び下りた。


「神崎さん!」

 真琴はそう言いながら、神崎の両肩をつかんで激しく揺する。

 神崎は険しい表情で、しかし穏やかに言った。

「伊勢さん、今度は俺の言うことを聞いてもらう。ここから先は手出し無用だ」

「そんな……」

 

 その時、志乃がこちらを振り向いた。篝火に照らし出され、真琴には志乃の顔がはっきりと見えた。

 真琴は志乃と目が合ったような気がした。

 志乃の目には強い意志と気魄(きはく)がみなぎり、真琴は圧倒された。


「志乃さんッ!」

 

 真琴は夢中で叫ぶ。

 しかし、防具を付けず、なぜかセーラー服を着た志乃は、プリーツスカートの裾をひるがえして正面に向き直った。

 真琴の声は届かない。

「伊勢さん、むだだ。もう結界が張ってある。ここで黙って彼女の戦いを見るんだ」

 真琴は悔しそうに唇を噛む。


「他人の人生に関わる。それを仕事にするってのは結局こういうことなのかもしれないな……」

 

 神崎は誰に言うでもなく呟いた。

 その言葉が、真琴の胸に重く沈んでいく。


 すっかり陽は落ちて、あたりは真っ暗になった。

 三基の篝火だけが煌々(こうこう)とあたりを照らしているが、それはかえって森の暗さを強調しているかのようだ。

 その時、風もないのに、黒々とした巨大なハイロウ樹の森が、ゆさゆさと揺れ始めた。

 その揺れは広がり、波立ち、まるで巨大な黒い森全体が動き出し、迫ってくるかのようだ。

 突然、闇をまっすぐに切り裂く鋭い咆哮が、森に響き渡った。

 そして地響きと共に、森の中から、首の短い巨大な竜が現れた。

 それは短い四つ足で歩き、竜というよりは亀に近く、背中は硬そうな無数の突起に覆われている。

 体高はちょうどハイロウ樹に隠れるほど、80メートルはあるだろうか。

「これが火竜……」

 その見上げるような大きさに真琴は呆然とする。


 火竜は目を細めて篝火を見ると、ゆっくり近づいてきた。

 同時に志乃は剣を抜き、盾を持った防御専術者を前に押し立ててゆっくりと歩き始める。


「ちっ、盾はもっと剣士より前に出ないと!」

「志乃ちゃんが自由に動けないんだにゃ」

「これではどっちが護られてるのか、わかりませんわ」

「それとー」リルリーがつまらなさそうに言う。「回復術師はどうしてあんなに離れているのかな。戦闘中に回復術を使う気がないみたい」

 呑気なネット裏の解説者たちのおしゃべりを聞きながら、真琴は焦れる。

 ―どうして、志乃さんは()()()仲間を選んだのだろう。

 そう考えて、真琴は拳を握りしめる。


 次第に志乃と火竜の距離が縮まってくる。

 火竜は志乃の姿を気にも留めず、鼻孔を大きく膨らませると篝火の炎を吸い込み始めた。

 燃え上がる篝火は、渦を巻いて火竜の鼻に吸い込まれていく。

 一つの篝火は、あっという間に吸い込まれて消えた。

 火竜は満足げに鼻から煙を吐く。

 その隙に志乃たちは、消えた篝火の暗がりから回り込みながら、慎重に火竜に近づいていく。


「遅い! 遅すぎるにゃ! 志乃ちゃんの実力ならとっくに仕留めてるはずなのに!」

 フィーも焦れて、思わず声を上げる。

 火竜はもう一つの篝火に首を向けると、再び炎を吸い始めた。

 すさまじい風が地面から激しい砂ぼこりを巻き上げたその時、それに驚いた盾の術士が転んでしまった。

「あ、バカ!」

 真琴の口から思わぬ罵声が飛び出し、皆が目を丸くして真琴を見たその瞬間、火竜は志乃たちに気付き、炎を吸い上げるのをやめ、鋭く短い威嚇の咆哮を上げる。

 怯えた盾の術士は、あろうことか盾を投げだして一目散に森へと逃げだした。

 真琴たちはあまりの成り行きにあっけに取られた。

 火竜は背中を向けて逃げる盾の術士を目で追うが、志乃はすかさず盾を取って叫んだ。

「こっちよ!」

 火竜は志乃を目で捉えると、大きく息を吸い込んだ。

 志乃は一旦剣を鞘にしまうと、両手で重く大きな盾を持ち、体の前に掲げて火竜に突進する。

 火竜は、大量の空気で喉を大きく膨らませると、大きく開いた口から轟々と炎を吐き出した。

 志乃は炎を盾で受けるが、盾は炎の勢いで跳ね飛ばされ、闇夜を大きく舞う。

 まったく無防備となった志乃は、火竜の炎をまともに浴びてしまう。


 真琴はいつか見た悪夢を思い出し、体が震えた。

 火竜は、なおも炎を吐き続ける。

 志乃の髪が燃え上がり、顔が燃え、足が燃える。

 しかし、なぜかセーラー服にはなかなか火がつかない。

 だが、それもつかの間、セーラー服からもちらちらと炎が見え始めた。

「いかん!」

 神崎はそう叫ぶと瞬時に志乃の前に飛び出し、大きく手を広げて火竜の炎を受け止めた。

 神崎の肉体が炎に包まれる。

 志乃を舐め尽くした炎は神崎によって遮られるが、その後ろで黒焦げになった志乃は、どさりと倒れた。

「神崎さんっ!」

 真琴の悲鳴が黒い森に響いた。


                 次回「下町異世界探偵」(20)につづく


今回も読んで下さり、ありがとうございました。

このとおり、連載は不定期ですので、アップされてすぐお読みになりたい方はブックマーク登録とお知らせ機能の利用をおすすめします。

のんびり、気が向いたときに読むというのが読書ではありますが。

私自身連載小説を読み続けた経験があまりないので、読者の方がどのように捉えているのかよくわからないのが不安ですね。

ではまたお会いしましょう。


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