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下町異世界探偵  作者: 一宮真
18/34

下町異世界探偵(18)~ボルケリカへ~

リルリーは真琴に神崎の生い立ちの秘密を語る。

一方、神崎は捜索を依頼された広岡の娘、志乃の行方について、シシドから手がかりとなる情報を得る。

 翌朝はやく、真琴はかつてないほど爽快に目覚めた。

 胸の上にリルリーの小さな足が乗っかっている。

 ―ふふ、意外と寝相が悪いんだ。

 昨夜、話し疲れて真琴と一緒に寝入ってしまったリルリーだったが、今はベッドの上に大の字で逆さ向きに眠り、自室から抱いてきた枕は床の上に落っこちている。

 真琴は、あどけないリルリーの寝顔に微笑みながらそっとベッドから出ると、貫頭衣の寝間着を素早く脱ぎ、剣士の装束に着替えた。

 そして窓際に立てかけてある、黒鞘の長剣の十字の柄を握ると静かに部屋を出た。


 真琴は宿の裏口から、広い中庭に出る。

 中庭は芝生のような柔らかい草が短く刈られ、物干し竿が何本もあった。

 庭の隅にはおかみさんの趣味だろうか、真琴の知らない赤い小さな花が植えてあった。

 真琴は庭の少し開けたところまで歩くと、少し柔軟体操をして、剣を腰のベルトに吊るした。

 最初に持った時と、剣の重さがまるで違うことに真琴は初めて気付く。

 ―軽い!

 一昨日(おととい)のようなアクロバティックな抜刀は必要なかった。

 真琴はごく普通にすらりと剣を抜くと、剣道でいうところの正眼に構える。

 ヒュッ!

 ひと振りすると剣は風を斬って鋭い音を発した。

 体に力がみなぎっている。


 その時、勝手口からおかみさんが洗濯物をかごにいっぱい入れ、眠い目をこすりながら現れた。

「おはようございます!」真琴は挨拶する。

「あら、ずいぶん早いのねえ!」

 おかみさんは驚いた表情で真琴を見た。

「朝から剣術の稽古かい。うちのお客にしちゃ珍しく熱心だね」

「そうなんですか?」

「そうさ、うちはね、まあ自分で言うのも何だけど貧乏なアズリエン、あら失礼、まあ決してお金持ちとはいえないお客様御用達(ごようたし)の宿だからね。

 毎晩遅くまで飲んだくれて、そのまま顔も洗わずに仕事に行くような連中ばっかりさ」

「はあ……」

 おかみさんは井戸から水を汲むと、壁に立てかけてあった大きなたらいに水を入れ、洗濯を始めた。

「じきにプーリも焼けるから、そしたら朝ごはんだよ。そうだ! あんた今朝もきのうみたいに食べるのかい?」

 真琴は昨日の朝の爆食を思い出して、真っ赤になった。

「や、あれは特別っていうか……、ものすごくお腹が空いていたので、その……」

「いいんだよ。あんたここに来た時は死人(しびと)みたいな顔色だったのに、今じゃまるでこれから花婿を迎える花嫁さんみたいにピカピカだねえ」

 真琴は照れてまた赤くなった。

「あっ! あのパン、プーリっていうんですか。それとあの塩漬け肉、すごく美味しかったです!」

「あれは塩漬け肉なんかじゃないよ、ローフっていうんだ。向こうの世界から来た人はみんなあれを『ニク』って呼ぶね。何度か意味を聞いたけどさっぱりわからない」


「真琴ちゃん!」

 建物の上からの声に真琴が見上げると、二階の窓からフィーが顔を出していた。

「おはよう、フィー!」

 返事のかわりにフィーは窓から飛び降りた。

 裸にシーツを巻き付けただけのフィーは、シーツをばさばさと翻しながら、とん、と裏庭に柔らかく着地した。

 フィーの運動能力を何度も見せられている真琴だが、いまだに驚いてしまう。

「ちょっと、そういう格好で外に出ないでくださいよ。うちはこう見えてもまともな宿なんですからね」

 おかみさんはフィーの姿をちらりと見て、洗濯物の手を止めずに文句をいう。

「フィー、前、前!」

 フィーが身にまとったシーツは前がはだけて丸見えだ。

「ありゃ。失礼しましたにゃ」

 そう言いつつ、フィーは長い金髪をまとめていたリボンを外すと、シーツの前をガウンのように合わせ、リボンを腰に巻いた。

「真琴ちゃん、すっかり元気そうだにゃ」

「うん! すっごい元気。体が軽いの」

「そりゃそうだにゃ。こっちの世界で限界まで戦って~、所長の強力な回復魔法で疲れを取って~、そこにこっちの世界の食べ物をあれだけ食べて~、あとは寝られるだけ寝る。

 今、真琴ちゃんの体は魔気を魔力に変える力がグングン育ちつつあるにゃ。

 作戦通りなんだにゃ」

「作戦通り?」

 真琴は聞き逃さなかった。

「ちょっとフィー、もしかしてあなたも、着いたらすぐに魔物が現れるって知ってたの?」

 フィーは思わず耳を伏せてしまった。

「あ、いやその……、だけどまさかいきなりあんなのが出てくるとは知らなかったにゃ。あれはあの腹黒い魔女っ()がですにゃ……」

 フィーはしどろもどろだ。

 真琴はため息をついた。

「要するに知らないのはわたしだけだったってことか」

「真琴ちゃんが本気出して戦ってくれないと、うまくいかなかったんだにゃ」

 フィーはどうにもバツが悪い。


 その時、また二階の窓から声がした。

 神崎が身を乗り出している。

「伊勢さん、すぐに出るから仕度してください!」

「え、もう?」

「あら、お早いお立ちね。朝ごはんはいらないんですか?」とおかみさん。

「すまない、おかみさん。朝は途中で食べるから包んでおいて!」

「あいよ!」

 おかみさんはそう請け合って、真琴にいたずらっぽい目を向けた。

「多めに包んどくかい?」

 真琴は思わず下を向いてしまった。

「き、今日は、普通で、いいです……、ハイ」



 宿屋の前に、二頭立てのモノ・マーの曳く馬車が横付けされた。

 ファム・リルリーが肩にリル・アリーセを乗せて御者台に乗り、モノ・マーの手綱(たづな)を取っている。

 見送りは宿の大将とおかみさん、そしてシシドの三人きりだ。

「ユニコーンとは驚いた。あんたやっぱり魔族なんだな」

「シシドさん、あんたはとっくに気付いてたかと思ったぜ」

「へへ、そりゃちょいと買いかぶり過ぎだ」

 神崎とフィーは馬車に乗り、真琴は御者台のリルリーの隣に座った。

 リルリーが真琴を見上げて嬉しそうに笑う。

 神崎が馬車の窓から顔を出す。

「シシドさん、次にあんたに逢う時はどうすればいい?」

「俺たちゃたいていこのあたりにいる。ダムダム団って言えばすぐにわかるさ」

「わかった。大将、おかみさん、ありがとう!」

「こりゃごていねいに。また何かの折には寄って下さいまし」

 大将がそう言って、おかみさんとお辞儀をする。

 真琴はふたりに手を振った。

「じゃ、行くわよ!」

 リルリーが二頭のモノ・マーに合図の掛け声をかけると、馬車は道に残像と土埃を残して消えた。

「たまげたな」と大将。

「あたしゃモノ・マーなんて生まれて初めて見たよ」とおかみさん。

「大将、おかみさんも。このことはあんまりベラベラ喋らない方が身のためだぜ。魔族同士はな、いろいろと面倒くさいんだ」

 シシドは夫婦に忠告した。



 馬車は宿の前の道から急角度で舞い上がり、天空を目指した。

「すごい……、翔んでる」

 次第に小さくなっていく下界を見下ろしながら、真琴は呟いた。

「今度行くボルケリカってとこは、ちょうどさっきの反対側なの。地面を走ってグルっと回るより真っ直ぐ飛んだ方が早いでしょ?」とリルリー。

「それはそうだけど」

「だけど、これだとこの子たちが疲れて向こうまでたどり着けないから、ちょっとズルするね」

 リルリーはいたずらっぽく笑うとステッキを出し、リボンをぐるぐると頭上で回した。

 すると大きな青白い光の輪ができる。

「えいっ!」

 リルリーが力強くステッキを振ると、光の輪は前に放り投げられ、馬車はそれをくぐる。

 周囲は突然闇に包まれた。

 これまでのごうごうという風の音もぴたりとやみ、静かだ。

 モノ・マーたちも足を止めている。

「これは?」

「時の回廊。これを使いながら走ればこの子たちも休めるの。これでもちゃんと目的地に向かってるのよ」

 突如、頭上に炎を引きながら音もなく墜落していく巨大な飛行船が一瞬見えた。

 飛行船からはバラバラと人が落ちていく。

 真琴は人々が叫び声を上げているように感じたが、何も聞こえない。

 背すじが凍る。

「い、今のは?」

「時の残像。今のは……戦争の記憶かな? 時の回廊を通ると色々なものを見るわ」

 リルリーは事もなげに言った。

 モノ・マーたちの様子も、まったく落ち着いていた。


「なんかあのふたり、急に仲良くなったにゃ」

 馬車ではフィーがご機嫌斜めだ。

「そうか?」

「いつの間に……」

「そりゃお前が酔っぱらってる間に、だろうな」

「あーあ、所長は同衾してくれないし、真琴ちゃんはあんな小娘と。フィーはさみしいんだにゃー」

「お前は酔っぱらって寝ちゃったじゃないか」

「だけど所長は自分のベッドの周りに結界張ってたんだにゃ」

 フィーは恨めしそうに神崎を見た。

「そうだっけ? 俺も酔ってたからなあ」

 神崎はとぼけた。


 その時、御者台にふわりと妖精が現れた。

 妖精はリル・アリーセとファム・リルリーに挨拶した

「わたしはチル・セイルと申します。不埒(ふらち)な便乗者を代表して申し上げます。わたくしは主人の使いでウマシマ島へ参ります。途中までの便乗をお許しください」

「許可します、セイル。ごゆっくり」とアリーセ。

「ありがとうございます。旅のご無事を」

 そう言ってチル・セイルは下がった。

「真琴、後ろ見て」とリルリーが言った。

 真琴は振り返り、馬車の屋根を見て驚いた。屋根の上には羽根のついた何人もの妖精たちが、光を放ちながら座っておしゃべりをしたり、歌ったりしている。

 妖精たちは各々が独自の光をはなっており、闇のトンネルともいえる時の回廊を美しく彩っていた。

 ―これはやはり夢ではなかろうか……。

「ふふ、わたくしも駆け出しの頃はよく便乗したものですわ」とアリーセが()()()()と笑った。

「昔はもっとあいさつが長かったり、決まり事が多かったり、それを覚えるのが大変だったんですよ」


                次回「下町異世界探偵」(19)につづく


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

よろず剣呑な世の中になってきましたが、この物語では少しのんびりと、人のあるべき姿について考えてみたいなあ、などと漠然と思っております。

ま、「トッケイ」の時もそんなことを考えながら書いてはおりましたが。

しかしまた段々と一回分が長くなってるなあ。

では、次回またお会いしましょう。

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