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痛いって、言ってよ。

作者: ましろうさ

昔から、ゆきは笑ってばかりでした。幼馴染の涼も、ゆきが泣いているところをみた覚えがありません。喧嘩したって、怪我をしたって、いつでも笑ってばかりの彼女はまるで人形のようだと、涼は思いました。泣きたいときに泣けなくて、痛い時に痛がれないのは、何故だろう。哀しいとか、痛いとか、もしかしたら知らないのかな。

怪我をしても笑っている、まるでお人形のようなゆきを見て、顔を歪めるのはいつも涼の方です。だから、涼は言いました。ゆきちゃんは、まるでお人形さんだね、って。

ゆきは、笑った顔をくずさず、涼に問いました。


「人形ではいけないの?」


涼には答えられませんでした。人形ではいけない理由なんて、思いつけなかったからです。でも、ゆきがいつでもずっと笑い続けているのが、心配でなりませんでした。

ゆきの質問に答えられないまま、季節は廻ります。桜が散り、太陽が照り、山が赤と黄に染まり、雪が降りだし、幾度目かの冷たい雪が降る中で、涼はゆきの顔を見つめました。あれからずいぶんと時が過ぎ、二人は小学生になっていました。ゆきの頭は涼よりずっと下にあったけれど、彼女は今も、昔と変わらず、ずっと笑顔を浮かべていました。涼は、笑っているゆきのことが好きです。でも、時々きらいです。どうしてきらいだと思うのかも、解らないまま、ずっとゆきと一緒に過ごしていました。


「寒いね」

「ゆき、手が真っ赤」

「寒いからね」


見るからに痛そうな手を、手袋にかくまうこともせず、彼女は積もったばかりの雪を踏みしめて足早に歩いてゆきます。その手を自分のポケットに突っ込んで、涼ははあ、とため息を漏らしました。一緒に過ごしている間に気付いたこと。

ゆきは、痛いのも、悲しいのも、ちゃんとわかっているということ。こんな風に、どこかが痛い時は、笑顔の下で、歯をきゅっと噛みしめているということ。


「自分の体を大事にするって知ってる?」

「知ってる」

「じゃあ、大事にしてよ」

「どうやって?」

「俺がゆきにやってるみたいに」


そんな難しいことできないよ、と、ゆきは笑います。涼は難しいことなんてひとつもした覚えがありません。ポケットに手を入れるなんて、簡単なことでしょう。涼は、手が凍えたら手袋をするし、手を擦り合わせて温めます。でも、ゆきはそうではないのです。手が凍えて痛くなっても、我慢をして笑うことで、ゆきは安心しているようでした。


「痛くないの?」

「痛いよ」


笑ってばかりのゆき。そんな風に隠して、一人で我慢するのは、ちっとも綺麗じゃない。素敵なことなんかじゃない、と、涼は思います。でも、ゆきは、我慢を我慢であると思おうとしていないのです。綺麗に、素敵に生きようとしてそうしているわけではありません。それなのに、ゆきが密かに我慢しているのを、褒める人はたくさんいました。

いつも笑っていてえらい、痛いのを我慢できてえらい…ちっとも、ちーっとも偉くない、と、涼は思います。


まるで、笑っていないと偉くないみたいだ。

痛いのを我慢できないのが、悪いことみたいだ。


「いつでも可愛いお人形さんでない方がいいよ」

「人形ではいけないの?」


それは、ずっと涼が答えられずにいた質問でした。ゆきの綺麗な瞳が、真っすぐ涼を見つめています。


「あのね、ゆき。痛いって言ってよ」

「どうして?」

「ゆき、泣きそうな顔してる」


ゆきは、笑っていました。でも、口の端が時折ひくひくとふるえているのを、涼はよく見ていました。それは、泣きそうなときの口です。


「人形だっていいと思うけど、ゆきの心の中は、俺には見えないから、淋しかったんだ」

「知らなくっていいでしょう、そうしたらずっと笑っていられるよ」

「俺はいやだ。ゆきが我慢してるのに、にこにこ笑うのいやだ」

「だってこわいよ。私、いい子じゃなくなっちゃう。面倒くさい悪い子になっちゃう」


むっと頬を膨らませ、涼は言いました。

「じゃあ、ゆきは、俺が痛くて泣いてるとき、面倒だって思うの?」

「ううん。痛いのが楽になるように、何か考えるよ」

「それと一緒。じゃあ、ゆきはこれから、ゆきが俺にやってるみたいに、ゆきに優しくしてよ」


こわいよ、と首を振るゆきは、もう笑ってはいませんでした。


「さむいよう、いたいよう」


ゆきの頬を、あたたかい涙が伝います。涼は、ゆきをぎゅっと抱きしめました。不器用にあふれる涙が、涼の肩口に染み込んで冷えてゆくのがわかります。


泣いてたって、綺麗だ。

我慢できなくったって、素敵だ。

我慢だって時には必要だけれど、ゆきの我慢は度が過ぎているから、自分ひとりくらい、ゆきの涙を知っていたっていいと、涼は思いました。


「そうやって誰かに頼れてるの、えらい」

「うえええん…っ」


涼の胸の中で泣くゆきの手は、もう冷たくありませんでした。


「痛いって、言いたかったよ」

「言うのも苦しかったでしょ」

「うん。でも、聞いてくれてありがとう」


雪の中、手を繋いで歩き出した二人を、夕陽だけが見ていました。


いたいときはいたいって、くるしいときはくるしいって、言ってもいいんだけど、言うこと自体がいたくてくるしいとき、あるとおもいます。

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