加護
女神が訳の分からない事を言い出した。
今は魔王がいるわけでもなく、たまに隣国と争いが起こる程度のものだ。女神が特定の人物に加護を与える理由は全くない。
ーーいいじゃない、ホントはもうちょっと寝てるつもりだったんだけど、貴女の“色”がとっても私好みだったから。せっかくなら今の世界も見てみたいわ。
「魔王がでる、とかそういうわけじゃないんですね。」
ーー予言の力も無いし、私が起きてるかどうかとは全く魔王は関係ないわよ。そもそも前に出て来たときはそれまで起きてたんだから。魔王を倒して、別の意味で騒がしくなったから眠っただけよ。
それなら別にいいだろう。あくまで自分の体越しに見るだけなのだから。
「いいですけど....乗っ取りとかはしないでくださいね。」
ーーいいの!?ありがとう!!........そういえば貴女名前は?
「....ユウです。ユウ・ヴァイスです。」
ーーよろしくね!ユウ!私は精霊を司る者スピリアよ。好きに呼んで構わないわ。じゃあそろそろ戻らないとねーーーーー。
その言葉を合図に、視界がまた白ずんでいった....。
「何が....、一体何が起こって....!!」
男の焦ったような声を聞き目を開ける。周りを見る限り、どうやら戻って来たようだ。それと同時に、自分の体の異常に気付く。体は、淡く光っていたーーー。
「こんなガキがっ....女神の加護だと....?ふざけるなぁっ!!」
逆上した男がナイフを振り下ろしてくる。突然のことに対処しきれず、目を瞑る。刺さるのを覚悟したとき、キィンッと高い音が鳴り、ナイフが弾かれる。肩には白い手が添えてあり、半透明のスピリアが男を睨みつけていた。
「....本当に....女神........。」
縛られている男が呆然と呟く。
「この子に害をなすことは許しません。ーー飛びなさい。」
スピリアがそう言った途端、周りを囲んでいた男達が吹き飛んだ。
あまりの力に固まっていると、数名の足音が聞こえてきた。その中の男性の一人が、焦ったように声を上げた。
「ーー大丈夫かっ、エレナッ!!!」
ーーーどうしてこうなった。
あれから警備隊と複数名の召喚士が突入してきて、とりあえず保護された。私はひたすら混乱していただけだったけれど、意外にも元気になっていた同じく縛られていた人が事の詳細を説明してくれたおかげで、ただ首を振るだけでよかった、のだがーーー
「........何時間待たせられるんだろう....。」
大した怪我もないという事であっという間に馬車に押し込められ、此処から出ないようにと言い渡されその部屋で数時間放置されていた。そんな独り言に答えるものがそばにはいて。
「随分動揺していたみたいだし、状況が混乱しているんじゃないかしら。........それよりユウの話をもっと聞きたいわ。」
「いや、それどころじゃないし。大体兄さんに何も言わずに出てきちゃってから大分時間経ってるから、それも心配なんだよ。」
「あらあら....家族を心配させてはダメよ?よかったら“見て”あげるけれど....。」
「そんなこともできるんだ....。」
ゆるそうに見えてこの女神はかなりチートだ。先程も男達を一気に吹き飛ばしていたし、おとぎ話のあれこれは膨張されたものではないのだろう。
「じゃあ....お願いする。」
「あら、意外に素直ね。ちょっとまってね、............どうやら見る必要は無いみたいね。」
「は?」
その言葉と同時にドアが勢いよく開く。ドアの外に立っていた人物は、私の姿を確認するや否や、素早く抱き着いてきた。
「どこに行ってたんだ!心配したんだぞ!!」
「....兄さん........。」
抱き続けられること十数分、部屋に入ってきたのは、金の髪を一つにまとめた女性と、先程の広場で真っ先に声を上げた男性、オーブに身を包んだ数名、そして兄だった。
力は弱まったが、未だ離す気の無さそうな兄を置いて、金髪の女性が話し始める。
「早速だけれど、さっきはどうもありがとう。貴女のお陰で、最悪の事態は免れたわ。」
「はぁ....。」
そもそも誰だろうか。さっきと言ったが、そういえば血塗れだった人は大丈夫だったのだろうか。その思考を読み取ったかのようにスピリアが声を上げる。
「色々言いたいことはあるのだけれど....ユウは貴女が誰かわかっていないようよ?」
「へ?」
スピリアの言葉に思わず間抜けな声が漏れたが、知り合いにこんな金髪美女はいなかった気がする。まじまじと顔を見つめるがやはり見覚えはない。
ジッと見つめすぎたせいか、その金髪美女は照れたように頰を掻く。
「....ごめんなさい。見た目も性別も変わっているものね....、さっき貴女の側で縛られてたのよ、私。」
「え........。」
思いもよらぬ正体に、言葉が詰まる。
「ん?....でも、だって、そもそも男性で........、おまけに血塗れだったし....。」
「これでも召喚士なので....、私は少し特別な力を使えるから、それで便宜上男になってたのよ。」
なるほど。召喚士とは便利なものだ。その気になれば、性別すらも自由自在なのか。
ふと、今まで黙っていた兄が声を上げる。
「みなさん、妹に色々聞きたいことがあると思いますが、まずよろしいですか。」
「....兄さん?」
嫌な予感がする。そう、これは、村で同年代の女子だけで森にはいって怪我をつけて帰ってきたときに説教をされた時の雰囲気だ。
「....お前は!!どれだけ自分が危ない目にあっていたのかわかっているのか!!?」
久し振りに怒鳴られた。親の代わりとなっていてくれた兄には時には怒られることもあったが、此処最近はめっきり少なくなっていた。それだけ心配をかけてしまったことに、今更ながら後悔が湧き上がる。
「お前がもしいなくなったら....!死んでしまうようなことがあったら........!!俺が生きてきた意味がなくなってしまう!!」
「........ごめんなさい、兄さん。」
「しかも無事だと思ったら、女神の加護だなんて....。」
何かブツブツと言い始めるが、先程の生きてきた意味についてはあとで問い詰めておこう。昔は説教の最中に考え事などできなかったが、余裕がかなり生まれているようだ。
「レイさん、今回の件は全面的にこちらの非です。あまりユウさんを責めないで上げてください。」
「....そちらがそう言うのであれば........。」
とりあえず説教が終わったことで、安心する。あまり人に見られたいものでもない。
「紹介が遅れました。私は召喚士本部所属、レイナ・クリエンティールと申します。女神の加護を受けし“神子”の教育、護衛となりました。以後お見知り置きを。」
「“神子”........?」