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ホラー系短編集

お父さんのお買い物 ~チェブラーシカが家にやって来た

作者: 風風風虱

(かおり)、お父さん知らない?」

 お母さんにそう言われた時、私は居間で煎餅を食べながらテレビを見ていた。

「知らな~い」

「うーん、どこ行っちゃったのかしら」

 お母さんは頬に手を当て、思案にくれた。

 そう言えば、最近お父さんを見ていない。どのくらい見ていないだろう?と私は記憶を辿る。

 1週間?

 2週間?

 いや、3週間か。

 そう、お父さんを見なくなって3週間になる。これはちょっと心配になるレベルだ。

「香。

あなた、またお父さんに変なお願いとかしてないでしょうね」

 お母さんが疑り深そうな目で私を見た。

「え?!してないよ」

「本当?あなたも知ってると思うけど、お父さんは買い物音痴ですからね。変なお願いすると大変なことになるわよ」

「だから、してないって……」

 と答えながら、私は、もう一度自分の記憶を辿ってみた。

 確かこの居間で話をしていた記憶がある。あれは、何の話だったっけ……

 ダメだ。思い出せない。

 でも、思い出せないって事は大した話をしていないのだろう。

(うん、多分、大丈夫。)

 その時だった。

「ただいまー」

 玄関から声がした。

 お父さんの声だ。

 噂をすればなんとやら、お父さんが帰ってきた様だ。

 程なく居間のドアが開き、お父さんが入ってきた。

 長ズボンに長袖。頭にはヘルメットをかぶっていた。

 まるでたった今ジャングルから帰ってきましたというような格好だった。よく見ると顔も黒く日焼けしている。

 何となく嫌な予感がした。

「あら、お帰りなさい。

まぁまぁ、凄い格好ね。どこへ行ってらしたの?」

 お母さんは、お父さんが帰ってきただけで満足なようで、ニコニコ笑っている。

「ああ、ちょっと南米に行ってきた。

いやー、疲れたよ」

 お父さんはヘルメットをお母さんに渡しながら答える。

 何事もないようにヘルメットを受け取るお母さん。

 そんなのどかな一家団欒の光景を眺めながら私は妙な胸騒ぎに襲われる。

 (アカン。これはいつものアカンパターンだ) 私は嫌な予感にソワソワし始める。

「南米って何でそんな所に行ってたの?」

 私はお父さんに尋ねた。

「なんのって……」

 お父さんは物凄く悲しそうな顔で私を見た。

「お前のためじゃないか!」

 そう一言叫ぶとお父さんはバックから何かを取り出して私に見せた。

「これだよ、これ!」

 古ぼけた絵本だった。

「それがなんだって……

あ、それは私の絵本?」

 3週間前の記憶がまざまざと甦った。

 3週間前。私は居間でその絵本を眺めていたのだ。

 それは子供の頃の私のお気に入り。いつも手元に置いては眺め、寝る時は枕の横に置いていた。

 お陰で絵本はボロボロだった。

 歳を重ねてからは本棚の片隅に放置してすっかり忘れていたけれど、部屋の整理をした時、何気なく見つけたのだ。昔の思い出に浸りながら居間でぼんやりその絵本を眺めていた丁度その時、お父さんがやって来たのだ。


□□□


「ほー、随分古い絵本だね」

 コーヒー片手にお父さんは絵本を覗き込んで来た。

「うん。小学生の時に買って貰った奴よ。もう、懐かしすぎ。特にこの子がお気に入りだったの」

 私は絵本の中のキャラクターを指差した。

 全身茶色の毛に覆われた、目がくりっとした可愛らしい生き物。

「猿?……熊?」

「チェブラーシカよ」

「チ、チェ、なんだって?」

「チ・ェ・ブ・ラ・ー・シ・カ」

「ふーん。で、香はそのチェなんとかが好きなんだ」

「そうよ。大好きだったわ。子供の頃は本物が欲しかったの」

「そうか、本物が欲しかったのか」


□□□


 お父さんはうん、うん、と意味ありげに頷いていた。それっきりだったのですっかり忘れていたけど、もしかしたら……

「お父さん。もしかして、チェブラーシカを買ってきたの?」

「そうだよ」

 お父さんは胸を張って答えた。

 漫画なら肩の所にエヘンと効果音が描かれている筈だ。

「香のためにお父さん、一生懸命探してきたんだ」

「お父さん……」

(なんと!)

 私は鼻の奥が少し熱くなるのを感じた。

 だが、しかし……

 違和感は拭えない。チェブラーシカを買いになにゆえ南米へ行かねばならないのだろう?

 チェブラーシカはロシアの話だ。

 ロシアに行くなら分かるけれど、何ゆえ南米?

 聞き間違えだったのか。

「さあ、庭に居るよ。

さ、香。早速、チェブラーシカとご対面だ!」

 満面の笑みをたたえたお父さんに引っ張られ、私は庭に出た。



「えっと、どこ?」

 庭に出た私は目を泳がせる。

「どこって、目の前に居るじゃないか」 

 お父さんの言葉に私は心の中で叫ぶ。

(やっぱりかぁ!

やっぱり、そう来たかぁ!)

 心の中で叫びながら私は、庭に居るものにもう一度視線を戻した。

 庭の真ん中には怪しげな生き物が居た。

 二本足で立つそれは1メートル位の大きさで、全身が毛で覆われていた。頭から背中にかけて魚の背ビレのようなものが生えている。

 真っ赤の大きな目。

 半開きの口からは鋭い牙を覗かせている。

「何よこれ?」

「いや、だからチェブラーシカ」

「なんでこれがチェブラーシカなわけ!」

 私はお父さんから絵本を引ったくった。

「チェブラーシカはこれ!

二本足で立って、全身毛むくじゃらで、目が大きくてくりっとしてる、これがチェブラーシカよ!」

「え、だって。これも二本足で立って、毛むくじゃらで、大きな赤い目をしてるよ」

「全然違うでしょ!何なのよ、この不気味な生き物は!

こんなの小さな女の子がみたらトラウマものよ!」

「あらチュパカブラ。珍しいわねぇ」

 夕食のお皿をテーブルに並べていたお母さんが何気に庭の生き物を見て、呟いた。

「「チュパカブラ?」」

 お父さんと私は同時に叫んだ。

 私は携帯を引っ張り出し、チュパカブラで検索をかける。

「……南米に出没するUMA。

体長1~1.8メートル。全身毛に覆われ、頭から背中にかけてトゲがある。二本足で立って歩き、2~5メートル程の跳躍をする 」

 びとーん

「わ!跳んだ!!」

 お父さんが叫んで尻餅をついた。

 チュパカブラが跳躍した。

 びとーん

      びとーん

「わぁー、隣の小林さんの庭に逃げたよ」

「私、跳ぶって言ったでしょ!」

 騒ぐお父さんを放って置いて私は記事の続きを読む。

「……家畜や人を襲って血、……血を吸う!?」

 と隣の家から悲鳴が聞こえてきた。

「小林さんちの奥さんの悲鳴だ!」

「た、大変!」

 私とお父さんは真っ青になって小林さんの家に突撃する。

「小林さん!大丈夫ですか?」

 お父さんと私は開いていた庭のテラス窓から中に入った。

「小林さーん」

「小林さんの奥さーん、返事して!」

 台所から物音がしていた。覗いてみると。

「わ!小林さんの奥さんがぁ!!」

 お父さんが叫ぶ。

 うつ伏せに倒れている小林さんの奥さんの背中にチュパカブラが馬乗りになっていた。赤紫色の長い舌が奥さんの首筋に伸びている。

 ピチャリ、ピチャリと何かを舐める音がしていた。

「チュパカブラ、血を吸ってるよ!

香、あれ見て見て!

小林さんの奥さんの血を吸ってるって!

あのぶっといヌラヌラした舌で……」

「止めて、描写とかいいから。

良い?もう、それ以上、(ひと)(こと)も言わないで。でないと私、吐くわよ。

そんな事よりお父さん、小林さんの奥さんを早く助けてよ」

「え!なんでワシが?」

「なんでって、娘にやらせる気なの?

そもそもお父さんが間違えたのが悪いんでしょ」

「だってしょうがないじゃないか、似てるんだもん」

「全然似てないから!

名前も一文字しか合ってないわよ」

「え?そんなはずは……」

 と、言いながらお父さんは自分の手のひらに指で文字を書いて確認する。

「えっと

チェブラーシカと

チュパカブラと

あ、本当だ!最初のチしかあってない!!」

 お父さんは大声で叫んだ。

 その大声にチュパカブラがぐるんと首をこちらに向けた。

 チュルルルル

 長い舌が掃除機の本体に引き込まれる電源コードよろしくぐりんぐりん跳ねながらチュパカブラの口に吸い込まれた。

 熟れすぎた林檎のような赤黒い目で私とお父さんをじっと見ている。

「ちょ、ちょ、やばくない、この状況?」

 突然、チュパカブラが私達に向かって跳躍した。

びとーん

    びとーん

        びとーん

「わ!やっぱ来たぁーー!」

「撤収、撤収ぅーー!」

 私とお父さんは転がるように庭に逃げる。

びとーん

    びとーん

「な、なんで私の方に来るのよーー」

 逃げる私をチュパカブラが追いかけてくる。

「きゃ!」

 垣根につまずき、私は地面に転がる。


びとーーーん


 一際大きな跳躍でチュパカブラは一気に私との距離を縮めて来た。


「ぎゃあ、助けて」


パカーン


ドシャ


 小気味良い乾いた音、そして重いものが地面に転がる音が庭に響いた。

 恐る恐る目を開けた私の視界にフライパンを持ったお母さんが立っていた。

 庭の片隅でチュパカブラがのびている。

「香、遊んでないでご飯食べなさい」

「へ?」

 私は間の抜けた声を上げる。

「お父さーん。お父さんも早くご飯食べてくださいな」

 腰を抜かした私を置いて、お母さんはお父さんを呼ぶ。

「いや、お母さん。ご飯どころじゃないよ。小林さんのところの奥さんが大変なんだ」

 庭の垣根から泣きそうな顔を覗かせてお父さんは言った。

「はい、はい。小林さんの奥さんは私が見ますから、早いところ夕食済ませちゃってくださいな」

 とお母さんは落ち着いた調子で言う。

「その後、二人ともお説教ですからね」

「「え"」」

 私とお父さんは同時に叫ぶ。

「何か言いたいことがあるの?」

 お母さんの目がギラリと光った。

 チュパカブラよりも怖い。

 私とお父さんは無言で首を横に振った。


□□□

□□


 結局、あの後二時間ほどたっぷり絞られた。

 なんで私までと思ったけれどお母さんには逆らえない。

 小林さんの奥さんは、と言えば、大したことにはならなかったらしい。お母さんと一緒にカステラを持って謝りに行ったら『旧年来悩まされていた肩凝りが治った。ガハハハ』と高笑いされた。

 小林さんの奥さんもかなり強い。

 歳を経れば私もお母さんや小林さんの奥さんの様に強くなれるのだろうか?

 甚だ疑問だ。


 それでチュパカブラはどうなったか?


「香~!

チュパちゃんのご飯できたから持っていって~」


 台所からお母さんの声が聞こえてきた。


 そう、実はまだ、うちの庭にいるのです。



2018/02/07 初稿

2018/05/25 一部修正

2018/08/15 あらすじ変更


コメディタッチな作品をばと考えた結果です。

最後がつげオチなのは様式美と言うことで

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私もあらすじを読む前に読み始めた勢です。 背景のホラーカラーと導入部分につられて気を引き締めていたのですが、良い意味で裏切られました(笑) お父さんったらウッカリさん! 買い物音痴も最恐…
[一言] あらすじを読まないで本編に突入したところ「あれおかしいなにかおかしい」感を、堪能いたしました。 そして「一文字しか」合っていないことには驚きました。私の感性はおとーさんに似ているのかもしれ…
[良い点] 小林さんの奥さんが襲われているシーンなど、リアルに想像するととても怖いイメージですが、前提となったお父さんの買い物音痴というレベルではない間違えっぷりや三週間でチュパカブラを捕まえてくる強…
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