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3世界合同ドッジボール大会  作者: 猫宮めめ


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3/3

どきっ!ドッジボール大会

 ドッジボール大会当日。三つの世界の住人がここ、〈はじまりの森〉に集まっていた。

 史源町にある森である。貴族街の管理下にあるこの森は都会の中でも、人の手が一切加えられていない状態で残されている。

 そして、〈はじまりの森〉の中心部には草木が一つとして生えていない円形の空間がある。ドッジボール大会はそこへ行われるのだ。


「ドッジボール日和だね」


 進行者用の席に座った優は降り注ぐ暖かな日差しに酔いしれるように目を細める。このまま眠ってしまうのもいいかもしれない。

 その横に座る音葉は見るからに呆れた表情をしている。


「つーか、和はどこに行ったんだよ」

「観客席だよ。この席、二つしかないから仕方ないよねー」


 実は数分ほど前に観客席争奪戦が行われており、見事勝ち取った和はお気楽に観客席で観戦をしているのだ。

 やりたくないという気持ち以上に、和と音葉というコンビ司会を見たかった優は無念の気持ちで一杯である。

 これほど自分のじゃんけんの弱さを恨んだことはない。


「お前の考えてること何となく分かるぞ」

「まさか、エスパー!!」

「ふっ、俺にかかれば造作もないことだ」


 そんな茶番もほどほどに二人は机の上に置かれた書類に軽く目を通す。今日、試合をするメンバーの簡単な説明が書かれている。

 ようやく時間も差し迫ったところで、司会者席の前に一人の男が立った。。

 どこか高級感の漂うスーツを身に纏った、見た目だけでいうと二十代くらいの男性である。前にいるだけで、その風格というか、オーラにやられそうな二人である。


春野和幸(はるのかずゆき)だ。成り行きで解説役をすることになった、よろしくな」


 差し出された手を恐縮しながらも取る。教師や父親のものとは明らかに違う大人の手は、やけに包容力を感じさせる。

 二人の緊張を解すように、和幸は朗らかな笑顔を浮かべてみせる。知る人が見れば胡散臭いと称されるような笑顔である。


 和幸が腰を下ろした解説者用席の横にはくまのぬいぐるみが置かれている。胸の辺りにハートのアップリケが付けられている。

 解説者席と書かれた席に置かれているからには和幸と同じ解説者なのだろう。

 無言でくまのぬいぐるみを見つめていた和幸はドッジボールの開会を告げる司会者の声により、静かに正面を向いて座り直した。


「それでは、まず選手の紹介です」


 後は優に丸投げとでもういうように音葉はマイクを置いた。そのことに優が文句を言う様子はない。

 人前で話すことは不得手な優であるが、こういった放送部的な活動は割と好きなのである。


「神生ゲーム選抜チーム、内野。岡山健(おかやまけん)さん、武藤海里(むとうかいり)さん、岡山星司(おかやませいじ)さん、藤咲華蓮(ふじさきかれん)さん、レミさん、レオンさん」


 選手達は呼ばれた順に中央へ並んでいく。


「同じく、外野。岡山悠(おかやまゆう)さん、春野月(はるのつき)さん」


 残りの二人が並び、次はMoveRickのメンバーが呼ばれていく。

 MoveRickの性質上、呼ばれるのは本名ではなく、仕事のときに使っているコードネームと呼ばれるものである。


「MoveRick、内野。(キャット)さん、(スネーク)さん、道化(ピエロ)さん、機械(マシーン)さん、人形(ドール)さん、薔薇(ローズ)さん」


 呼ばれたメンバーが中央に並んでいる。神生ゲーム選抜チームと比べると、いささか個性的な出で立ちをしているように見受けられる。


「同じく、外野。医者(ドクター)さん、(ドラゴン)さん」


 一通り呼び終わった優は一息つき、全員が並び終わったことを確認すると再び口を開く。


「解説は春野和幸さんとエリスさんにしていただきます」


 視線が解説者席に集まったところで和幸は軽く会釈し、横に座るエリスという名前らしいくまのぬいぐるみを一瞥。

 果たして、ぬいぐるみに解説なんてできるのだろうか。

 世界は広い。このぬいぐるみは動き、言葉を発すると言われたら、完全には否定できない。

 見るところ、動く様子も言葉を発する様子もないエリスから視線を外し、即席コートの方に集中する。


「えー、そして、今回の司会をさせていただく、Fnomy代表……中二病常識人こと玉木音葉(たまきおとは)と」

「同じく、内弁慶腐女子こと上川優(かみかわゆう)です。よろしくお願いします」


 自分たちの紹介が終わった二人は顔を見合わせる。

 不本意ながらも、言い得て妙な紹介文である。


「ルールはお読みいただいていると思うので、さっそくゲームに移りたいと思います。えー、みなさん、位置についてください」


 たどたどしい音葉のアナウンスにより、参加者は各々の定位置につく。

 進行は優に任せ、音葉はボールを持って中央まで進む。

 中央にはジャンプボール要員であるレオンと琥珀が向かい合わせで立っている。


(キャット)、能力は使わんようにな」

「うん」


 相手がどういった立場の者かは分からないが、公平さを求めるならば能力の使用を禁止するべきだろう。

 元々、MoveRickの面々が持つ能力は秘匿すべき事実なのだ。

 それに能力を使わずとも、琥珀の身体能力は常人の遥か上を行く。


「本気になるなよ」

「分かってる。それとなく手は抜くつもりだ」


 妖であるレオンが本気を出せば、人間など及びもつかない。

 そもそも本気を出さなくとも、身長差的にレオンの方が圧勝なのだが。

 だからといって油断しないのは、レオンの性格の表れであり、今まで培ってきた戦闘経験の賜物だ。


「それでは、試合開始!」


 甲高い機械音が鳴るとともにに、ボールが宙を舞った。

 跳躍する二人。猫耳パーカーと、白衣がはためく。

 ボールに手が届くのはほぼ同時。

 琥珀の跳躍力に驚くレオンを他所に、暗い黄色の瞳と紫色の瞳が交差する。


 そして。


 ぽん、という擬音が似合いそうな調子でボールが叩き落とされる。


「いいコースだわ」


 艶美に呟く紅桜。

 流れるようにボールを敵側へ投げつける。 舞うような所作とは裏腹に、豪速球となったボールが華蓮を襲う。

 まだ状況が理解できていない華蓮は無防備で、誰もが即退場を予想した。


 そこへ、滑り込むのは小柄な少年。

 この場の最年少である小雛よりも低いその少年に優のショタセンサーが反応する。

 ギラギラと目を輝かせる優に音葉は冷たい視線を寄越す。


「健があそこまで本気になるとはな」


 解説役、和幸は微苦笑を浮かべる。

 基本的に目的以外のことでは手を抜くような人物なのである。

 余程、景品の藤咲堂特製、饅頭ケーキ(試作品)が食べたいのだろう。


「悠!」

「了解です」


 ボールは健から外野の悠へ渡る。

 さすが双子と言ったところで、見事な連携プレーである。

 休日だというのに何故か制服を着ている悠は間を与えず、ボールを投げる。平均的な速度と強さのボールはバウンドし、神生ゲーム選抜チームへ。

 これはレオンが何なく受け取る。


「初っ端からレベルが高すぎるんですが」


 遊びのドッジボールではなく、スポーツとしてのドッジボールである。

 多少の緩さを期待していた一部の面々は思いっ切り出鼻をくじかれることになる。


「司会で良かった」


 心からの安堵を漏らす音葉に優は全力で同意する。

 あんな高レベルのドッジボール、二人が参加していたら瞬殺で終わるに決まっている。


「次当てたらさっきの失態はなかったことにするよ」


 穏やかな笑顔で放たれた言葉にレオンは苦笑を還す。


「女性相手だと少々気が引けますが」

「レオンさんって何気フェミニストっすよね」


 後ろからの野次をものともせず、狙いを定める。

 ドッジボールのルールを脳内は反芻し、効果的な攻撃を考えていく。

 無駄に緊張感の中、投げられたボールはレオンの思い通りの軌道を描く。


「この私を狙うなど笑止万千。華麗に受け止めて見せますわ」

「それを言うなら笑止千万じゃないかい?」


 敵側から投げかけられる聞き慣れた声。

 手を掲げてボールをキャッチしようとした一季の顔が羞恥に染まる。身を包む真紅のドレスと遜色のない赤さだ。


「わ、わわわ分かっていますわ。わざと間違えただけですの」


 きっ、と外野にいる璃尤を睨みつける。睨みつけられた本人は涼しい顔だ。

 この際。あたふたと動かされていた一季の手。それにレオンが投げたボールが当たった。


「なっ」

「……すみません」


 実を言うとレオンが狙っていたのは一季の後ろに立っている琴巳である。

 そこにボールをキャッチしようとした一季が割り込んだことで、狙いが外れてしまった。

 敵を一人減らせたのはレオンにとって良い事ではあるが……。


「あ、謝らないでよ。悲しくなってくるでしょ!」


 高慢な立ち振る舞いを忘れた一季はしずしずと外野へ歩いていく。


「すまない。善意で言ったつもりだったんだけれど、逆に動揺させてしまったようだ」

「忘れようとしてるんだから、思い出すようなこと言わないで!」


 申し訳なさそうな顔の裏でどれだけ自分を笑っているかを予想し、ありったけの恨みを込めて璃尤を睨む。

 完全なる被害妄想を受けつつも、やはり璃尤は涼しい顔だ。

 苛立しげに頭を振った一季は咳払いをし、傲岸不遜な皮を被り直す。


「ほな、仕切り直しといこか」

 空気を読んだ琴巳がボールを投げる。神生ゲーム側の内野を飛び越え、佐紗へと渡る。


「あまり運動は得意じゃないんだけれど」


 反対側に立つ璃尤へボールが渡る。璃尤は璃尤で、受け取ると同時に佐紗へとボールを投げ渡す。

 こうしたやり取りが何度か続き、神生ゲーム内野の面々は良いように翻弄される。

 そして、璃尤にボールが渡った。今まで通りに佐紗へパスすると誰もが予想する中、自然な手つきで一季へ投げる。


「油断大敵ですわっ」


 星司を狙い、ボールが投げられる。しかし、中学生女子の平均的な投球はあっさりと避けられる。


「なっ」


 衝撃を受ける一季には気にもとめず、転がってきたボールを琴巳が捕らえる。


「よいしょっと」

「え…」


 軽いかけ声とともに投げられたボールが華蓮の太ももに当たった。

 散々、翻弄された後の一季のミスで気が緩んでしまったのだろう。

 一季本人にとって喜ばしいことなのかは疑問だが。


「これで五対五や」


 やるべき仕事はしっかりと果たすMoveRickのリーダー、観月琴巳である。


「笑っていられるのも今のうちだ」


 挑発らしい言葉を吐き、レミはボールを軽い調子で投げた。にも関わらず、放たれるのは試合開始時を思わせる豪速球。

 力を加減を間違えられたボールが向かう先には最年少参加者、小雛が立っている。


「っ」


 迫りくる脅威にぎゅっと目を瞑る。


 その時。


 地面が盛り上がり、球体関節の腕が生えた。驚く周囲を一蹴するように腕は豪速球を叩き落とす。

 衝撃に耐えきれなかった指の一部がバラバラと地面に散らばった。


「ぁ……ごめん、さない」


 能力を使わないという約束を破ってしまったことに気付き、縮こまりながらも謝罪する。

 近くにいた琥珀は気にするなとでも言うように小雛の肩を叩く。


「しゃあない。人形(ドール)はまだ力の制御が上手くでけへんからな」


 普段は問題ないが、感情が乱れると無意識に能力を行使してしまうのだ。

 足元に転がっている地面を拾い上げ、琴巳は神生ゲーム側へ歩み寄る。


「堪忍な。さっきのはなしにしてもろてええから」


 近くに立っていた海里へボールを渡そうとした所に、「待て」と静かな声がかけられた。

 全員の視線が解説席、和幸の方へと向けられる。


「そちら側も特殊な力を持っているようですし、能力行使有りで試合を進めるというのはどうですか」


 慇懃無礼という言葉が脳裏に過ぎるような口振りで提案する和幸。

 いち早く反応したのは紅桜だ。


「面白そうね」


 戦闘狂な一面を大いに出した紅桜は真っ赤な唇で弧を描く。

 妖艶で、どこか危険な香りの漂う笑みである。


「うちらは別に構いまへんけど」


 相手がどういった能力を持っているのかは分からないが、MoveRick側が圧倒的に不利になるというわけはないだろう。そう考えた上の結論だ。

 そこへ「はい」と悠が大きく手を挙げた。


「僕は反対です。そんなことしたら僕や月さんみたいな一般市民が不利になるじゃないですか」

「私はいいと思うけど…」

「そんな優しいことを言っていると付け込まれますよ。ここは声を大にして抗議しないと。ね、星司兄さん」


 同じく、特殊な力を使えない兄に話を振る悠。


「面白そうだし、いいんじゃね」

「なんでですかー。もしかして僕の味方誰もいない!?」


 MoveRickの方にも目を向けるが助け舟を出してくれるような人はいないようだ。目に涙を溜めて、肩を落とす悠。

 そこへ「悠、うるさい」と素っ気ない声が投げかけられる。双子の兄である健だ。

 冷めきった目を向けられ、悠は更に涙を溜める。今にも溢れ出してしまいそうだ。


「うちには化け物じみてる奴もいるし、多少のハンデになるだろ」

「そう言われると否定できかねますねぇ。うぅー、納得…しました」


 渋々頷く悠を見届け、和幸は琴巳へ目をやる。

 "ハンデ"と聞く方によっては舐められていると感じる物言いを気にすることもなく、八重歯を見せて笑っている。舐められていようが、いまいが自分達が勝ちやすくなるのならそれで構わないのである。


「多少の怪我なら治せるとはいえ、わざと怪我させるような真似はするなよ」

「せやで。これは戦闘やないからな」


 二人に釘を刺されつつ、司会の指示により試合はジャンプボールで再開する。

 MoveRick側は一度目と同じ琥珀なのに対し、神生ゲーム側は先程とは変わってレミが中央に立つ。

 美少女二人の無言の圧力を感じ、逃げたいという空気を吐き出しながらボールを投げる。


 とん、と軽い調子で地面を蹴った琥珀の身体が宙を舞う。暗い黄色の瞳はしっかりとボールの動きを追っている。

 対するレミはまだ地面を蹴っていない。

 凄絶さを感じさせる不敵な笑みで頂点に達したボールを眺めている。

 ちょうど琥珀の手がボールに触れた時、ささやかな風が吹き、ボールが僅かに軌道を変えた。すかさず、レミが味方の方へ叩き落とした。


「えげつない」


 思わず漏れた星司の言葉に、得意げに笑ったレミは転がるボールを拾い上げる。


「ルールは守っている」

 

 軽く投げられたボールは風の煽りを受けて軌道を自由自在に変える。


「こういうのだと風が扱えるって強いよね」

「強いというか、むしろエグくね?」


 オブラートに包んで評する海里へ、ストレートな意見をぶつける星司である。

 ころころと動きを変えるボールに翻弄されるMoveRickの面々に少しばかり罪悪感を覚える。


「とても楽しませてもらいました。お遊戯もここらで終わりとしましょう」


 たおやかな女声が耳朶を打ち、風に誘導されるばかりだったボールの動きが止められる。

 風の残り香が青髪を軽やかに揺らす。

 片手のみでボールを止めた紅桜は、真っ赤な唇で三日月を描く。


「もっともっと派手に激しく。それでこそ舞台は輝くのよ」


 紫の瞳を爛々と輝かせ、ボールをほとんど垂直に投げる。

 落下位置の把握しづらい投げ方に、レミは風を生成して対抗する。瞬間。


「なっ」

「マジかよ」


 一つから二つ、二つから四つとボールが幾つにも数を増やし、降り注ぐ。


「本物は一つだけ。よぉーく見たら、分かるかしら、ね」


 たおやかだった女声が艶めかしいものへと変わる。赤い三日月は血に濡れてぬらぬらと光っているようだ。

 神生ゲーム陣営は動揺を露わにしつつも、必死にボール達を見比べる。が、どれも同じにしか見えない。


「ふうん」


 焦りを滲ませる神生ゲーム陣営内で零れたその声は謎の説得力を持っていた。

 じっと頭上を眺めている健に気付いた海里は隻眼を訝しげに向ける。


「健く――」

「頭、下げた方がいいですよ」


 言うが早いか、ボールの一つが破裂し、煙をばら撒く。

 周囲が煙幕だと判断するより先に地面を蹴った健はボールを掴み、すぐに敵陣営で投げ飛ばす。


「きゃ」


 向かってくるボールに驚いた小雛は咄嗟に球体関節の手を出現させる。これにより弾かれたボールがアンネの肩口を掠めた。


「ぁ、ごめん、なさぃ」

「これは事故です。人形(ドール)が謝る必要はありません」


 足元に転がるボールを琥珀へパスしたアンネは潔く外野へと移動していく。


「一番面倒な人を外に出せたかな」


 今の今まで目立った行為をしてこなかったアンネに対する健の評価。

 何もしてこなかったのは、投げ方や性格、運動神経エトセトラ、敵--つまり、神生ゲーム陣営について事細かに分析していたからである。それを健は見抜いていたのだ。


「ちっさいわりによぉやるな」


 "ちっさい"という表現が気に食わなかったのか、健は目を眇める。


「今といい、先程といい、私の攻撃をこうもやすやすと止められるだなんて……嗚呼、素晴らしい好敵手と出逢えたわ」


 うっとりと目を細めた紅桜の雰囲気ががらりと変わる。釣り上がった口角からは愉悦が滲み出ている。


「いるとこにはいるって奴か。楽しめそうで何よりだぜ」

「あかん。スイッチ入ってしもーた」


 戦闘狂としての一面を露わにした紅桜に頭を抱える琴巳。こうなってしまっては素直に言う事を聞いてくれなくなる。


道化(ピエロ)、怪我させたらあかんで」

「分かってるつーの。少しは信用してくれないもんかね」

「前科ありが何言うとんねん」


 悪びれることもなく、肩をすくめた紅桜に溜息をついた琴巳を静かに見つめるのは琥珀である。


(スネーク)

「ん?ああ、適当に進めといてくれてええで」

「分かった」


 素直に頷き、持っていたボールを投げる。綺麗に対角線を描きながら投げられたボールを受け取ったのは璃尤だ。

 そのまま自然な流れで投げられたボールは逃げようとした星司の足に当たる。


「わりぃ」

「ドンマイ」


 星司と海里、親友同士で軽口を交わしつつ、外野へ移動する。

 迎えた華蓮に「何やってんのよ」と軽く非難され、思わず出そうになった反論の言葉を飲み込む。ここは大人にならねば。

 同時に内野へと戻った璃尤は「ナイスパス」と爽やかに琥珀へ言ってのける。ただのイケメンである。


「えっと、これで四対五か」


 忙しなく動く状況を目で追っていた優が呟く。

 四対五、神生ゲーム陣営がやや劣勢である。


「残りそうな奴が残ったな」


 ポツリと呟いたのは和幸。神生ゲーム陣営で残っているのは全員、戦闘慣れしている人物だ。

 例え、相手が得体の知れない力を使ってこようとも、冷静に事の対処に当たることができる。


「一気に減らしたいところだね」


 ボールを抱えた海里はどこに投げるか逡巡し、風を生成する。巻き起こる風に乗せるような調子でボールを投げる。

 速度も、強さも大したことはなく、レミの時のように宙を舞い踊ることもない。ごくごく普通のボールだ。

 そっと手を伸ばし、小雛がボールをキャッチしようとしたところで、ボールが加速し、胸の辺りへ軽く当たった。

 そのままボールは外野の方へと転がっていく。


「えいっ」


 小雛が移動したところで、月がボールを投げる。これは避けられ、対面する形で立っていた悠へと渡る。

 やや斜め向きに投げられたボールは琴巳の腰すれすれを通り、神生ゲーム陣営の内野へ渡る。


「危ないとこやった」


 悠からのボールを受け取ったレオンは間を与えずに投げる。上向きに投げられたボールを琥珀が跳躍と共にキャッチする。

 地面に着地するのを待たないまま、ボールを投げる。

 レミが咄嗟に避けようとするが、間に合わず肩口に当たる。そして跳ねたボールが斜め後ろに立っていたレオンに当たった。


「ニ人同時に……!」

「さすが、(キャット)やな」


 琴巳の賞賛にこれといった反応をしない琥珀はただ試合に集中し続ける。

 人数は変わらないままの攻防がしばらく続いたところで、紅桜が投げたボールが海里に当たる。

 こうして神生ゲーム陣営は健一人が残ってしまった。


「降参してもええんよ」

「藤咲堂のお菓子を前にしてそんなことはしませんよ」


 そこまで景品を気にしているのはお前だけだろうという言葉を吐きながら、璃尤の手に渡ったボールを注視する。


「手加減はしないよ」


 戦闘系の能力は持っていない璃尤はただ純粋にボールを投げる。


「必要ないですよ」


 軽々とボールをキャッチして投げる。これまた純粋に投げられただけのボールは真っ直ぐに琴巳を狙っていたかと思うと、途中で直角に曲がった。

 驚く璃尤に避ける間を与えず、ボールは彼女の右腕に当たって地面に落下する。

 一瞬の間、健の目が紅く瞬いたような気がして璃尤は目をやるが、無機質な瞳は深い闇色を纏っているだけだった。


「さすが、だね。君は」


 小さな声で呟かれた言葉を微かに聞き取り、健は訝しげな顔で璃尤を見る。


「気にしないでくれ、こっちの話だ」


 ふっ、と口元を緩め、璃尤は外野の方へ歩いていく。

 首を傾げ、やはり不思議そうな顔の健は取り敢えず転がってきたボールを拾う。


「まあいっか」


 呟き、外野にいる悠へパスをする。自然な流れのパスはやはり双子の凄さを感じさせられる。

 大きな目を瞬かせた悠は逡巡ののちに琴巳の方へボールを投げる。

 ごくごく普通のボールを琴巳が軽々と寄けたところで、風が沸き起こる。誰かが生成したものではなく、自然に発生した風だ。


「わぁ、僕ってばラッキーボーイですね」


 予想外に軌道を変えたボールに嬉しそうな声を上げる悠。


「まずっ」


 焦りを滲ませた琴巳は忌々しき己の力に命令を与える。

 沸き立つ黒い影は蛇行し、ボールへと巻き付く。減速したボールは琴巳に当たる前にバウンドする。跳ね返ったボールは苦々しい表情をする琴巳の手の中へおさまる。


「ほんまは使う気なかったんやけどな」


 嫌いで嫌いで仕方がない力。任務では仕方がないけれど、こういう楽しむべき場所では使う気は一切なかった。

 とはいえ、潔くボールに当たるほど、琴巳は素直な性格はしていない。


「……今のは」


 呆気に取られるのは、海里、レオンの二人だ。傍に立つレミもどこか驚いたような表情をしている。

 一瞬だけ見えた蛇のような黒い影。

 禍々しさを感じさせるそれは邪気と呼ばれる陰の力を連想させる。しかし、連想させるだけである。

 本質はまったく別物だと確信させる何かがあった。


「あと一人や。はよ終わらせてゆっくりしよー」


 切り替えるように呟き、ボールを紅桜へ渡す。


「折角、好敵手って認めたんだ。退屈させるような真似はすんじゃねぇぞ」


 すっかり普段をお淑やかさを失った紅桜は軽々と豪速球を投げる。

 じっとボールの軌道を目で追う健の前で、ボールは二つ、三つに分かれていく。


「さっきと同じ……いや」


 ボールは今も数を増やし続けている。

 動じることのない健は、ぶつかり合い不規則な動きを見せるボールをただ見つめる。

 そして、嗜虐的な笑みを乗せる紅桜の紫瞳が閉じられていることに気付くと静かに目を閉じた。


 瞬間。


 ボールの一つが炸裂し、目映いほどの光を放つ。閃光弾だ。


「くっ」

「め、目が」


 被害は甚大で、目を瞑っていた健と紅桜以外の全員の視力が奪われる。


「やるなら先に言ってくれへん……!?」

「安心していいぜ。威力は強くねぇ。五分もありゃ、普通に見えるはずだ」

「そおいう問題やない!」


 非難する琴巳の声に耳を貸さない紅桜は「期待通りだぜ」と平然と立つ健に、快活な笑顔を向ける。


「なんか、有利な状況を作ってもらった感がいなめないね」


 無表情の中に苦笑を込めて、拾い上げたボールへ視線をやる。


「少し、心苦しくはあるけど…」


 前置きとともにありったけの力を込めてボールを投げる。細い腕から放たれるボールは急加速をもって、視力を奪われた琴巳を襲う。


 そこへ。


「ぇ」


 滑り込んできたのは琥珀である。目を閉じたままの状態で、寸分の狂いなくボールをキャッチしてみせる。

 さしもの健も驚愕を隠しきれない。

 やはり目を閉じたままで投げられたボールは呆気に取られる健の右肩へ当たる。


「これで終わり」


 小さく呟いた琥珀はゆっくりと目を開ける。

 まだ完全に回復してはいないものの、薄ぼんやりとした視界で健の姿をとらえる。


「見えてないんじゃ……」

「気配で分かる」


 珍しく驚きを露わにする健の問いかけへの返答は、琥珀の獣らしさを感じさせられるものだった。


「んだよ、呆気ない終わり方だなぁ。拍子抜けだぜ」


 ふっと肩の力を抜いた紅桜の雰囲気は瞬きののちに一変する。


「でも、とても楽しませてもらいました。子供の遊戯だと思っていましたが、案外侮れないものですね」


 淑やかに微笑みつつ、健と琥珀を賞賛する。

 それから数分ほど待ち、全員の視界が回復した頃に、司会の二人によってMoveRick側の勝利を告げられる。


「これが景品の饅頭ケーキです」

「思ってたより大きいんやな」


 受け取った景品を見て琴巳が呟き、ふと八重歯を見せて笑う。


「どうせならみんなで軽くパーティーでもせぇへん?」

「是非」


 よっぽと饅頭ケーキが食べたい健の即答に続き、全員が各々、賛成の意を示す。


「じゃあ、私、買い出しに行ってくるよ。欲しい物行って」

「じゃあ、お姉さんも一緒に行こうかしら」

「俺も行くぜ。荷物持ちな」


 買い出し係に立候補した月に続き、佐紗と星司が手を上げる。他に小雛と一季を加えた五人は、全員に聞いて回って作った買い物リストを持って、出発する。


「和も呼んでくるか」

「だね、私も行く」


 司会の二人は観客席の方でのんびりしているであろう和の姿を探す。


「私は家から敷物か何か取ってくるわ。さすがに地べたに座るわけにもいかないでしょ」

「私も行こう」


 そう言って華蓮とレミは藤咲邸に向かう。

 残された面々は味方チームだけではなく、初対面である敵チームを交えつつ、談笑している。


「最後は完全に予想外だったよ」

「健のあんな顔、久しぶりに見たな」


 実は閃光弾の被害を免れていた和幸の言葉に、健は不機嫌そうな表情を見せる。面白がっている和幸の顔を殴りたい衝動にかられるも、無言を貫くことで我慢する。


「また、こないな事するのもええかもな」

「そうですね。次は他のメンバーも入れて、別のことしてみたり……?」

「あまりキャラが濃い方ばかりくるとこちらも困りますがね」


 ささやかに次回の計画を練る琴巳と海里に釘を差すレオン。

 傍では、悠と紅桜という珍しい組み合わせが交友を深めている。


「楽しかった」

 そんな中、一人、離れた所に立っていた琥珀は満足げに口元を緩めたのだった。



 こうして三世界合同ドッジボール大会は幕を閉じたのであった

お付き合いいただき、ありがとうございました

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