始まりの手紙
その日、三つの世界に一通のメールが届いた。
:〈翠の世界~the alteration game~〉
人が二、三人入れるかどうかくらいの部屋の中で、一人の少女がパソコンに向き合って何やら作業をしている。
コンクリートが剥き出しにされた壁には乱雑に紙が張られており、パソコンの周りにも書類やら本やらが乱雑に置かれている。お世辞にも綺麗と言えない部屋である。
次々に切り替わる画面を眺める不思議な色彩を持つ瞳がふと瞬きをする。
画面には、異端者――MoveRickを名乗る組織のホームページが映し出されている。ここで依頼を受け付けているのだ。
そして、少女が作業を止めたのは、新たな依頼を知らせる通知を目にしたからである。
一度パソコンをスリープモードに切り替え、すぐさま部屋を後にする。
目指すのは団欒スペース的用途を持つ部屋、平たくいうとリビングである。
今日は何の任務も入っていないため、ほぼ全員がそこにいるだろう。
数分とかからず辿り着いた目的地への扉を開ける。
案の定、部屋の中には八人中六人のメンバーが集まっている。今、少女が入ったことで七人となった。
視線を巡らせた少女は目的の人物を見つけ、口を開く。
「リーダー、依頼のメールが届いています」
リーダーと呼ばれた少女はこたつに埋もれさせていた身体を億劫そうに起こす。
長い栗色の髪を下の方で緩く三つ編みをした少女だ。赤縁眼鏡の奥に潜んだどんぐり型の目を僅かに細めてみせる。MoveRickのリーダー、瑞月琴巳である。
「雛、ロゼ、少ぉしパソコンを貸してくれへん?」
声をかけられたのは、ふわふわの猫っ毛を無造作に伸ばした齢十二の少女。そして、その隣に座る高慢を絵に描いたような少女である。こちらの歳は十五だ。
女子小学生に人気な魔法少女アニメのサイトを閉じた二人は、ノート型のパソコンを琴巳の方へ向ける。
「堪忍な、すぐ返したるさかい」
「依頼であればわたくし達にも無関係ではありませんし、別に構いませんわ」
猫っ毛少女の代わりにと、やけに偉そうな口調で答える。
「依頼内容、アンネは見たのかい?」
「いえ、リーダーへの確認が先だと判断したので」
アンネと呼ばれた少女は淡々とした口調で述べる。。
アンネ・D・ロマイド。
戦闘用アンドロイドである彼女は訳あってこの組織の一員となった。
彼女だけではなく、一人を除いた全員が何かしらの理由で世間から弾かれた異端者と呼ぶべき存在なのである。
一人――先程、アンネに声をかけた男のような女性を除いて。
互いの私生活に踏み込むことを禁止としているMoveRickの中でも彼女、南雲璃尤の私生活は謎に包まれている。といっても隠しているわけではないらしく、必要ならばいつでも開示するというのが彼女の意見である。
「なんやこれ」
早速、依頼の内容を確認していた琴巳が素っ頓狂な声を上げる。
画面には『ドッジボール大会開催のお知らせ』という文字が大きく映し出されている。スクロールすれば、日時や場所といった概要、ルール説明が書かれていることが分かる。そして、最後には猫のマーク。
「猫、なんか心当たりあるか?」
猫を見て真っ先に思い浮かぶのはMoveRickのエースともいうべき少女、猫葉琥珀である。彼女のコードネームは猫〈キャット〉であり、愛称も猫なのだ。
「ない」
「猫さんがリーダーに黙って何かするとは考えられませんが」
彼女、琥珀の琴巳への態度は従順といってもいいくらいのものがある。
それは琴巳にも言えることで、彼女は琥珀のことを誰よりも信頼している。
組織の創設者にして最古参である二人には何か特別な絆があるようだ。
「うちもそんなん考えてへんよ。ま、猫マークで猫っていうんはちょこっと安直すぎたかもしれへんなぁ」
画面上に映し出されるルール説明を何となしに読みながら考え込む。
「MoveRick様と書かれているからには間違いというわけではないようですし、怪しさここに極まれりといった感じですわね」
「無理にそんな言い回しせんでもええけど、そんな感じやねぇ。戦力に自信がないゆうわけやないけど、参加は避けた方がええやろな」
「無理にってどういうことですの!」
不服を申し立てるロゼこと芦世一季を適当にあしらいつつ、琴巳は意見を求めるように他のメンバーの顔を順繰りに見つめる。
最初に口を開いたのは琥珀だ。
「私は蛇の意見に賛成」
誰もが予想した通りの答えを述べる琥珀の横でアンネと一季も同様の旨を伝える。
「自分は参加するべきだと思うよ。楽しそうじゃないか」
アンネに続くように口を開いた璃尤の言葉に全員が驚き、彼女へ視線をやる。
全員の気持ちを代弁して口を開くのはやはり琴巳だ。
「珍しいなぁ。龍がそないなことゆうなんて。なんか知っとるん?」
「否定はできないね。ただ危険がないのは確かだから安心してもらっていい」
璃尤は性質上、傍観者といったスタンスでいることが多い。それがやけに乗り気になっていることを不審に思わないわけがない。
生半、彼女の性格を知っているから余計に。
「のらりくらりと躱そうたってそうはさせませんわ。今日こそはその嫌らしい表情の下に隠しているものを洗いざらい吐きなさい!」
「まあまあ、イチ、落ち着きなよ」
「イチって呼ぶなと何度言ったら分かるんですの。わたくしはロゼ、ですわ」
下の名前からとられたイチという渾名を一季は嫌っているのだ。
ここではイチなんてダサい名前ではなく、ロゼと相応しい名前で読んで欲しいというのが彼女の言だ。
「っともかく、理由を言わないからには貴方の意見は通せませんわ」
「何で君が仕切っているのか聞きたいところだけれど……まあ、それはいいか。理由は、そうだな。私的なものだから言いたくないと言って納得はしてもらえそうにはないし、仕方ないね」
「下らない口上を並べてないでとっとと言ったらどうですの!?」
引く気のない一季に嘆息し、やれやれといったふうに口を開く。
「会ってみたいから、かな」
遠くを見るように細められた瞳には何とも形容しがたい切なさが宿っていた。
らしくない表情をする璃尤に呆気にとられていた一季は思い出したように瞬きをする。
「会いたいって誰にですの?」
「淡い恋心にこれ以上踏み込まないでくれるとありがたいね。自分にも羞恥心というものはあるんだ」
「恋n、もがっ」
琥珀の手が一季の口元を押さえる。恐らく、琴巳の指示だろう。
意外に強い力に四苦八苦しながら、一季は手を離すよう訴える。
「踏み込みすぎないゆうんがうちらのルールや。分かっとるよな」
「っけほ…ご、ごめんなさい。やり過ぎました」
「次はないで」
解放された一季は赤縁眼鏡の奥に潜まれた瞳に宿る感情を読み取り、素直に謝罪する。これ以上、琴巳を怒らせるわけにはいかない。
璃尤にも謝罪し、一季は静かに口を噤むその姿は先程までの高慢な態度とは大違いだ。
「龍の意見は大体分かった。で、くー様は?どない思う?」
今まで聞くに徹していた人物へ話を振る。
青髪をサイドテールにした少女である。歳は高校生くらいで、左目の下には涙マークのようなペイントが施されている。
離れた位置に置いてあるソファにゆったりと座っている彼女は、妖艶な笑みとともに話し合いをするメンバーを見遣る。
倉幻紅桜。それが彼女の名前である。
「概ね、蛇さんの意見に賛成よ。ただ」
「ただ?」
「強い相手がいるのなら共に踊るのも一興ね」
相変わらずブレない意見である。
お嬢様らしい清楚さを見せながら、戦闘狂としての一面も隠しはしない。
私生活が謎に包まれている璃尤以上に得体の知れない人物である。
「これで不参加がうちも含めて五。くー様は微妙なとこやけどな。で、参加が一か。多数決なら不参加になることやけど」
MoveRickでは多数決という決定法は使っていない。
全員の意見を明かして話し合い、最終的にはリーダーである琴巳が決定する。
自分の意見を押し通せる立場にいるものの、琴巳は飽くまで全員の意見を大切にしたいと思っている。
「先生の意見は後で聞くとして、雛はどうや?」
話を振られた雛こと形城小雛の肩が小さく震える。碧色の隻眼が困惑を表すように室内を彷徨う。
小学生相手ということもあって、小雛に注がれる視線はどこか優しい。
「ドッジボールしたことないから……やって、みたい」
普通の小学生らしいことを一切やったことがない少女の意見に揺らぐ心がある。
「ぁ、でも、無理にってわけじゃないし。ボクのことは気にしないでいいから、お姉ちゃん達で決めて…?」
我が儘は言うまいと首を横に振るのにあわせて、猫っ毛がふわふわと揺れている。
不安を表すようにエリスと名付けられたくまのぬいぐるみを抱く力が強められる。
そこへふと最後の一人である女性が登場する。人数分のコップが乗ったお盆を持って現れた女性は最年長にして、小雛の保護者代わりである医澄佐紗だ。
垂れ目に母親のような優しさをのせた彼女はお茶の入ったコップを全員に配り、小雛の横に座る。
「お姉さんは参加に一票いれるわ」
「話、聞いてたん?」
「全てではないけれど」と微笑む佐紗が参加を選んだ理由は考える間もなく分かる。
「ほんま、先生は雛に甘いなぁ」
これで参加が三、不参加が五となった。
多数決ならば不参加が選ばれる現状は変わらない。メンバーは八人なので当然といえば当然だが。
全員の意見と理由を改めて思い出し、琴巳は思考を巡らせる。そして息を吐き、「うちも大概、雛に甘いんかもしれへんなぁ」と呟く。
「ドッジボール大会とやらに参加しよーと思う。どうや?」
「私は蛇の意見に賛成」
間髪入れずに全く変わらない言葉を返したのは琥珀だ。
続くように璃尤、佐紗、小雛が同意の旨を伝える。
「ドッジボールをしたいというだけなら、わざわざ参加する必要はない筈です」
否を訴えるのはアンネだ。
小雛の望みを叶えてあげたいのなら、別に得体の知れないドッジボール大会に参加しなくとも、MoveRickのメンバーですればいいだけの話だ。
「アンネ、罠の可能性はどれくらいや?」
「七十%以上です。メールの内容を細かく見れば、より正確な数値が分かりますが」
質問の意図を察しようと向けられる不思議な色彩の瞳に「それでええ」と言葉を返す。
「ほな、龍が危険はないってゆうてることを踏まえるとどうや?」
向けられる瞳が困惑から呆気にとられたようなものに変わる。
一季が絡んだせいで記憶の隅に追いやられていたが、璃尤は確かに「危険はない」と断言していた。
「うちらがいっちばん信頼してる情報屋が危険はないってゆーてるんや。罠の可能性はどないなる?」
「二十%は切るかと」
「なら十分や」
ふっと目元を和らげた琴巳は眼鏡の奥に潜む瞳を末っ子メンバーへと向ける。
「どうせなら、全員味方として戦いたいやろ?」
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:〈神生ゲーム〉
ここは貴族街を統治する春野家の屋敷の一室。
貴族街といえば日本でありながら治外法権が認められた土地であり、独自のルールの中に生きる閉鎖的な空間である。それを統治する春野家は王国で言うところの王族であり、代々当主は王様と呼ばれることが多い。
そして現当主であるところの春野和幸は大量に積まれた書類の処理に努めていた。
応接用の椅子には一人の少年が退屈そうに寝そべっている。童顔に恐ろしく低い身長も相俟って小学生にしか見えない彼であるが、実際は中学三年生である。
当然のように仕事部屋へ居座っている彼は和幸の協力者的な立場であり、謎に包まれている貴族街の深い事情を知っている数少ない人物なのだ。
そこへ執事服に身を包んだ初老の男性が現れる。
三十路ながらも若々しい外見を保っている和幸とは違い、年相応の深みが宿った顔立ちである。
「幸様、お手紙が届いております」
「誰からだ?」
手元の書類から目を離さないまま問いかける。
忙しい身である主のことを十分に理解している龍馬は気分も害することはない。
「それが……分からないんです」
眉を僅かに寄せ、困惑を隠さない執事の言葉に和幸は初めて顔を上げた。
手紙を受け取り、しげしげと封筒を見つめる。差出人の名前は書かれていない。
逡巡ののちに中を開くと、『ドッジボール大会開催のお知らせ』という文言が真っ先に目に入る。眉を寄せ、内容に目を通す。
特に不審な点はなく、何か暗号が隠されているようにも見えない。強いて気になるところをあげれば、最後に描かれた猫のマークだろうか。
「健、心当たりは?」
健と呼ばれた少年が億劫そうに身体を起こし、和幸を見遣る。無機質と称されることの多い瞳には不満の色が宿っている。
「真っ先に俺を疑わないください。ていうか、何が書いてあったんですか」
「疑われるような言動ばかりするお前が悪い」
近づいてきた健に手紙を明け渡す。
興味津々に受け取った健は和幸がしたように封筒を眺め、手紙の内容に目を通す。
「八人ですってー、誰を選抜します?」
「おい、参加前提で話を進めるな」
「えー、面白そーじゃないですか」
無表情なこともあって白々しさが際立つ。
「罠の可能性はどれくらいだと思う?」
「ないとは言い切れないけど低いと思いますよ」
「その心は?」
「理由が謎ですし、穴が多すぎる」
戦闘に明るい八人を選抜すれば、それだけで相手側は不利になる。
和幸にも、健にも、飛び抜けた戦闘力を持った知り合いは何人もいる。それを八人集めて敵う組織などないと言っていい。
「まあ、最強メンバーを一瞬で殲滅できるような兵器を持ってるなら話は別ですけど。春野家ひいては貴族街の戦力を大幅に削れるわけだし」
「それにしても分かりやすすぎる」
「そう思わせる罠だったりしてー」
健の中では完全に罠の可能性は低いと結論づけられているようで、口調は軽い。
再び手紙の内容を一読し、最後の猫マークを見つめる。
「気になるっていったらこのマークくらいかな」
「差出人を示しているんだろうな」
それにしても情報が少ない。
猫のマークにしても、ただの落書きと言われれば納得できるような出来である。
「それで、八人どうするの?」
やはり参加前提で話を進めてくる健に息を吐く。
罠かどうか参加して確認するのが一番早いとでも思っているのだろう。
自らの実力を知っているからこその考えだ。罠であっても健ならば逃げ延びるのも、返り討ちにするのも難しくはない。といっても、健という人間はあまり戦闘に前向きな性格ではないのだけれど。
「お前は参加するとして、残り七人か」
「うち二人は外野だってさ。悠がいーかな」
二人で適当に名前を出し合い、八人を選抜する。
紙の上に書かれた名前を眺め、「こんなもんか」と健が呟いた。
後は本人達にも頼むだけだ。数人を除けばみんな快く引き受けてくれるだろう。
「じゃ、交渉してきます」
「頼んだぞ」
手紙を手に持ち、健はいつものように窓から外へ出ていく。
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:〈Fnomy〉
特に何かをするでもなく、ダラダラと時間を食い潰している優は、隣でゲームに勤しんでいる音葉を眺める。
音葉は割と可愛らしい顔立ちをしている。輪郭は男らしい洗練されたものではなく、どことなく女らしい丸っぽさを持っている。よく見ると睫毛も長い。
見れば見るほど受け顔だなと心中で仕切りに頷く。
と、音葉がこちらを向いた。手元のゲーム機からはRPGらしい音楽が聞こえている。
「なんだよ」
「んー? 受け顔だなーと思って」
返ってきた溜め息は諦念に似た感情が含まれていた。
互いの家が真正面にあることもあり、人生の大半を過ごしてきた幼馴染のこういった言動にはもう諦めしか湧いてこない。
現在、優は音葉の家――玉木家に居候している身でもあり、毎日のようにこんなことを言われれば相手する気も失せてくる。
潔くゲームへ視線を落とした音葉はボスの攻略法へと思考をシフトさせる。
そこへ。
「優ちゃん、音くん、手紙が届いてたんだけど心当たりない?」
現れたのは玉木家長男こと玉木藤だ。
頭はそれなり、運動神経抜群、ルックスは中の上。家事も出来る割と優良物件であるか、残念な印象を抱かせる高校二年生である。
「誰宛か書いてないの?」
「玉木様へとしか書かれてなくて……差出人も分からないし」
「玉木様なら少なくとも優は関係ないな」
優の名字は玉木ではなく、上川である。
つまり、この手紙は優を除いた四人兄弟か、不在がちの両親の誰かに宛てたものだと考えられる。
が。
「ここ、+αって書かれてない?」
優が指し示したのは玉木様と書かれたすぐ下である。よく見ると、薄らと+αと書かれていることが分かる。
玉木+α。自然に考えれば玉木家と優ということになる。
「ともかく中身見ればいいんじゃね? なんか分かるかもしれねぇし」
半ば投げやりな音葉の声により、藤は恐る恐るといった体で封を開ける。
畳まれた便箋を丁寧に開き、見出しに『ドッジボール大会開催のお知らせ』と書かれた手紙に視線を落とす。
「私、ドッジ苦手なんだよね」
「投げるの下手くそだもんな」
事実なので否定はせず、手紙を読み進める。
端的にいえば、ドッジボール大会の司会兼審判をしてほしいとのことらしい。最低でも二人は欲しいとか。
「あ、地区のイベントってわけじゃないんだ」
ぼそりと呟いた藤に「ほんとだ」と優は小さく漏らす。
開催地として書かれた場所は見慣れぬ地名であった。地区のイベントであれば、見知らぬ土地のどこかではなく、学校の体育館や校庭を借りるなどすればいい。
そもそも、手紙のどこにも地区のイベントらしい文言が見当たらない。
「怪し過ぎんだろ。ぜってー、悪の組織とかが出てくる奴じゃねぇか」
「封じられし力を使う良い機会じゃん、ヨカッタネ」
「ふっ、この力を使わない越したことはない。断るべきだな……ってなに言わせるんだ!」
「自分から言ったんでしょー、中二乙」
勝手に会話を勧めていく二人を他所に、藤は手紙とにらめっこしている。
同い年ということもあって、非常に仲のいい(藤視点)二人が何故付き合っていないのか微かに疑問に思う。口に出せば、二人から猛攻撃を受けるので黙っているが。
「で、どうするんだ?俺はやめた方がいいと思うけど」
「そうだよねぇ。俺、この日は部活あるし」
そういう問題か?と藤へ視線を送る音葉。藤が気づく気配はない。
「行くとしたら二人に頼むしかなくなるんだけど……」
優と音葉の二人は無言で視線を交わす。
「真宏は小学生だから論外として、和は? どうせ、あいつも暇だろ」
「そうだね。ちょっと、なーくん呼んでくるよ」
二人の返事を聞くよりも先に藤はリビングを出ていく。階段を上る音が微かに聞こえる。
残された二人は再び視線を交わす。意味深とも取れる行動にそれほど深い意味はない。
「行く流れになってる気がするんだけど」
「藤兄は残念だけど馬鹿じゃないだろ?和も混ぜて話し合うだけじゃねーの。どうせ、行くなら俺と和なわけだし」
「和×音hshs」
「黙れ、腐女子」
流れるように吐き出し、ふうと息を吐く。
「流石に女と小学生をチョイスするわけにはいかねぇだろ」
「音葉って意外と紳士だよね。モテそう」
「モテるんならとっくにリア充人生歩んでるよ」
「だよねぇ」
あっさり肯定する優に思うことは特になく、互いに己の作業を再開する。
音葉はゲームへ、優は妄想の海へ身を投じる。
藤が戻ってくるまでの囁かな沈黙には何ともいえない心地よさが含まれている。やはり同い年であることは大きく、幼馴染五人の中で最も一緒にいることが多い二人だからこその空気感である。
「この猫マーク、見覚えがあるようなないような」
妄想のネタが尽きた優は現実に戻り、気怠げに手紙を読み返す。
最後に描かれた猫マークをじっと見つめ、頭を捻る優をちらりと見る音葉であるが、すぐに視線をゲーム機へ戻す。
と、微かな話し声とともに階段を下りる声が聞こえてきた。数分もかからないうちに、和を連れた藤が現れる。
部屋で眠っていたのか、和の頭には寝癖のようなものいくつもついている。
「……手紙って、どれ?」
眠たげな声の問いかけに優は視線を上げ、和に渡す。
和は玉木四兄弟で唯一眼鏡をかけていないといっても、視力が良いとは言えない目で手紙を斜め読みする。
そして、最後に書かれた猫マーク――先程まで優が眺めていたものに目を止める。
「別に…危険はないんじゃねーの」
「なんで」
「その手紙……多分、作者からだ」
意味が分からず瞬きをする面々だったが、和の言葉を反芻した音葉は驚きで顔を上げる。
ゲーム画面には敵キャラが断末魔を上げている。
「作者って何の?」
「俺ら…つーか、Fnomy の。猫なんとか、とかいう名前の」
「ぁ、だから猫マーク」と優が小さく呟いている。
情報としては信憑性の薄いものだが、和が嘘を言っていないことだけは直感的に理解できた。
言葉で表現しがたい感覚の中、周囲に目を配れば、優達も同じようであった。
手紙の送り主は作者であり、危険は一切ない。
そんな理由のない確信を抱いた面々は次に誰が行くかの話し合いへシフトさせる。
用事がない藤を除いた和、音葉、優、そして末っ子の真宏の名前が上がる。
「あ、そういえば…真宏君もこの日、友達の家に遊びに行くとか言ってなかったか?」
「じゃ、まー君も無理だね。残るは三人になるんだけど」
遠慮ぎみな藤の視線を向けられた、和、音葉、優の三人は互いの視線を交差させる。
「俺は別に行ってもいいけど」
「音葉に同じく」
「てか、いっそのこと三人で行けばいいんじゃないの? 二人以上って書いてあるんだし」
優の言葉により、結局、三人で行くことになった。




