16 生成と眠り
エリオが想像したのはスライムの侵入を阻むような厚さの石壁だった。
サイネウスの発光を受けて、足元の小石や砂利が一箇所に集まり、結合していく。
「これ、魔法じゃね?」
エリオの中にドキドキと沸き上がるような鼓動が生まれていた。
魔法といって差し支えない未知の光景、目の前に起こる現象に見入るだけの理由は充分だ。
さきほどエリオがこねたような小石と小石、砂利が一度砂にまで分解され、エリオの頭の中にあった理想の石壁が姿を顕わしていく。
「お、おお……! おお? あれ?」
しかし、サイネウスの発光が途中で止み、石壁の結合が途中で終わってしまった。
エリオはサイネウスを拾い上げるが、真っ黒になってしまっている。
「おーい、コラ! サイネウス、これで終わりか? もう一度、顕現せり石の壁!」
サイネウスはもう二度と発光しなかった。
「むぅ……これだけで終わりかよ。参ったな……いや、少しできただけでも喜ぶべきだな」
石壁の高さはエリオの腰ほど、横幅は出口をふさぐことができる程度(両手を軽く広げられる程度)にあるのだが、2回ほど今の作業を繰り返さない限りは高さが足りない。
出来上がった石の表面はゴツゴツしておらず滑らかで、エリオの見立てではスライムの殴打力で壊せない程度の厚さも備えている。
エリオは出口まで運ぶため、力を込めてその石壁を持ち上げた。
「ふんっ! ぬう!」
東京にいた数時間前までは、エリオは石の塊をこんな風に扱うことになるとは思っていなかった。少しひんやりとした石の塊の重量を感じながら、難なく出口に石を降ろす。ズン、という大きな音が響いた。
エリオの感覚からすると、辞書4、5冊を一度に持ったような程度の重さしか感じなかった。
だからエリオはその石の本当の重量を計り損ねていた。
「さぁて、またサイネウス作りをしないといけないな」
エリオ自分でポツリと呟いて、その言葉に大きな見落としをしているような気がした。
腕を組んで首を傾げるが、一向にその理由がハッキリしない。
サイネウスについてなにか重要なことを忘れているような気がするのだが……。
ま、いっか、とエリオは思考を中断して、サイネウス作りに戻った。
しかし――
「あれ? できないぞ。さっきはサイネウスになったのに、なんでだ?」
軽く壁を殴り、新たな石をこねていたのだが、結局それはサイネウスにはならなかった。ただの石の塊が一つ出来上がっただけ。
エリオはここで再び考えた。
――石をこねてサイネウスにするためには、何か条件がある? どういう条件だ? わっかんねえ。俺はさっきぶっ壊した石を……。
そこまで考えて、エリオはさきほどまでサイネウスだった石の塊に目をやった。
まるで墨のような黒々とした固まりがそこにあった。
それを拾い上げて良く見れば、まだ小さな虹の光がポツリポツリと、ガラスビーズが仕込まれたアスファルトのように、残っている。
エリオはほぼ使い切ったサイネウスとできそこないの石の塊をじいっと見た。
そして、ひとつのことを思い出す。
「そういえば……人工宝石を作るには気圧と熱が必要だって聞いたことがあるな」
エリオは自分が改めて違う世界に来たのだということを実感した。
そんなものを作れるようになってしまった自分に、若干引いている。
「うう……人間から離れていくような……。仕方ないか。最初のときみたく、ちょっと気合い入れて練る。手だけに力を込めれば、まだいくつか作れるはずだ」
エリオが力を放出しながら岩をこねていくと徐々に色の変化が見られた。
黄、紅、蒼、白――
そして七色に変貌していく。
「よっしゃー!」
それを重ねること5回……、エリオの手元には5つのサイネウスが出来ていた。
すでに力を使い果たし、唇がカサカサに乾き始めている。
「お……おぢいちゃんになっちゃう……」
だが、まだ仕事が残っていた。
てっぺんまで石の壁を作るのに3回分のサイネウスが必要だが、一回分は作ってあるため、2つのサイネウスにエリオは念じた。
「顕現せり石の壁!」
要領をつかんだエリオはついに石の壁を作ることに成功する。
ゴゴン! と今度はワケもなく石壁の途中から天井まで残りの壁が出来ていく。
ズン、と立つ茶色の石壁は手の平で叩いてもまるで壊れそうになかった。
「できたできた……。すげぇぞ、俺……。ふーっ、やべ……安心したら、ねむ……」
二つ重ねた石の壁に倒れかかるようにして、緊張の糸が切れたようにエリオは眠りに入った。