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トーキョー【A9】遺跡  作者: 小宮祭路
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13 命、奪。

 ボゴッ、ガッ!! 殴打の音が耳の奥に響く。

 

 練習をほとんどしない状態で本番の試合のスタメンになるような気分だった。

 練習不足、説明不足。

 

 いまエリオは死ぬ前のスライムに殴打されていた場面に戻って来た。

 血がツーっと垂れてくる感覚からして、頭にキズが付く前まで巻き戻してはくれなかったようだ。

 エリオはふう、と息をついた。

「全身が熱くて仕方ねえ」

 その熱のためか、身体を苛んだ痛みがいまは全くなかった。

 幾度も殴られ、その度に洞窟の天井からパラパラとチリが落ちてくると言うのに、まるで涼風が吹いているかのように感じてしまう。

「多分、神様がそんなのはザコだと言ってくれたから……」

 だから痛みを感じないのだろうとエリオは思っていた。

「わからないことは多いけど……確かに、そうした心がけだけでこんなにも受けるダメージが違うっていうんなら、倒すのも簡単かもしれないな」

 神の話した能力の発動は未だに理解出来ていない。なにしろ発動の練習さえさせてはくれなかったのだから。

「確かに、さっきはやられるとしか思ってなかったもんな。効かない、だとか負けるわけがない、だなんて思えるはずもなかった」

 だとするとこの身体に感じる熱が能力なのだろうか? そんな風にエリオは思った。

 スライムの動きが一瞬止まる。

 自らの殴打がダメージになっていないことに気付いたようだ。

 それどころか、自らの拳から煙が出ている。今まで見られなかった挙動だ。


 再びスライムと相対したら恐怖感に捕われると思っていたのに、拍子抜けするほど全くなにも感じない。

 エリオは首をコキコキ鳴らしながら、さきほどゾンビを蹂躙し、あまつさえ自分を一度は殺したスライムに対して言う。

 エリオの表情はどこかもの悲しさを湛えていた。

「このまま逃げれば追わねえよ」

 この言葉を理解することはできないだろうが、スライムは自分を侮辱されたと感じたようで、口をバクンと開けて再びエリオを取り込もうとした。

 しかし……。

 エリオは自らの身体に充満する力を感じていた。

っちい」

 このスライムには絶対に勝てる、そう思えるだけの情報が揃ってしまった。

 そして力は身体を駆け巡っている。ゾンビにやられた手の甲は未だ火傷が残っているが、身体全身を能力を使って覆うことができるような気がした。

 

 制服から出ている手や、頭もきっと、もう殴られたところでダメージにはならない。

 何故かそう断言出来る気がした。


 エリオは自らを食おうと凄まじい早さで噛みつこうとしたスライムの上あごと下あごをそれぞれの手で抑えた。

 子供がじゃれついているのを押しとどめるくらいの力しか入れていない。

「あ……そっか……」

 体中を植物が覆う、緑色のつるつるとした巨大なスライム。

 それがエリオには酷く矮小な生き物に見えて来た。憐憫の情がエリオの中に芽生えてくる。

 それが生まれれば生まれるほどに、スライムに対して力を割く必要がなくなっていった。

 子供を押しとどめる程度には使っていた力が、もう、何を抑えているのか忘れてしまうほどに。

「わりいな。このあと追って来られても困るからよ。まだ能力も充分に理解してねえし、どっかの拍子でまた殺されねえとも限らねえ」

 そして、エリオはスライムの上あごと下あごを持ったまま、無造作に両腕を広げた。

 

 ベリベリベリ! という奇怪な音を響かせてスライムが引き裂かれる。

 キュィイイイイイ!! と高周波で鳴くスライム。

 自らを引き延ばせば耐えられるはずの引き裂きだが、各部分が結合を取り戻そうとうぞうぞと動いたところで、元に戻らなくなっていた。

「スライムだからくっつけば治るって思うかもしれねえけど、もうそれはどうにもならない、って思って裂いたから。すまん。もう元には戻れないはずだぜ」

 そしてそのまま、エリオは片手だけ使って思うさま振り抜いた。

 バリバリバリ、と激しくつんざいて、身体をムリヤリ半分に破り取る。

 そしてズドオン、と巨体が2つに分れて倒れた。

 幾度かキュイイ、キュイイ、と鳴いていたが、スライムはやがて命を失い、静かになる。

 そしてやがてスッと洞窟の床に溶けていって、何も残らなかった。

 

 洞窟は静かになった。

 だが、エリオの心の中はフクザツだ。

 

 あれだけ倒すのが大変だった相手を簡単に倒せるようになった瞬間から、とめどもなく相手が憐れに見えてきたのだ。

 大きな生き物(と思われる)を、自分より弱い生き物を殺してしまった。

 かといって実力が伯仲なら殺してもいいのかといえば、そうではないだろう。

 ゾンビに襲われた瞬間からスライムに殺され、神と出会う前とは全く心持ちが変わっていた。

「殺されたから、殺し返す……か。本当にプラマイゼロなのかな」

 エリオはひとりごちて、ゾンビがやってきたと思われる方の出口へと歩を進めた。

「まぁ、敵を一体倒したからって、今後地上に戻れるって決まったワケじゃねえんだよなあ」

 そうして苦笑を一つ浮かべて、エリオは通路を先に進んだ。

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