10 サラリーマンの格好をした神
エリオが目を覚ますと、見渡す限り真っ白な部屋にいた。
どこを見ても真っ白だというのに部屋だとわかるというのは奇妙なことだが、外敵から守られている場所だと本能的に感じ取れるような、安心感を覚える場所だった。
「またこのパターンかよ。何度別の世界に飛ばしてくれれば気が済むっつーんだよ……」
エリオがここはどこだと言いたげな表情で周囲を見渡すと、奥に一人の男性がいることに気付いた。
男はビジネススーツをまとった日本人の男のようにエリオの目に映る。
「は? リーマン……?」
ビジネススーツの男は手帳に何かを記入しながら、やっとエリオに気付いたようで、彼の姿に気付くなり、額に手をやった。
あちゃー、とでも言いたげだ。
「あ、あんた何者だ?」
エリオは訝しがる気持ちを抑えずにその男に質問したのだが、逆にビジネススーツの男に手招きをされた。
「な、なんだよ」
男の挙動はエリオの不安感を煽らなかったようで、エリオは導かれるままに男に近付いた。
近付いてみると、男はどこにでもいそうな三十代のサラリーマンらしい顔をしている。
グレーのスーツはグロス王のような派手さがどこにもなく、一着一万円のセールで買ったものを長年着古しているような貧乏くささがあった。
特に記憶に残らない顔に度が高めな眼鏡をかけている。レンズに守られた目の周りだけ妙に湾曲しているから、きっと視力が低いのだろう。
「えーと、手短かに話すね。僕は神です」
「え……? 神?」
「うん。神。信じられない?」
「……信じられないというか……」
信じられるわけがない。
というよりさっきまでのスライムはどこにいったのか、とエリオは聞きたかった。
男はエリオの表情から疑問を読み取ったようで、
「あー、えとね。うーん。ちょっとここの取り扱いってフクザツなんだよねえ。こっちの区画は本来僕の取り扱う領域じゃないの。でも遺跡でしょ? だから昔から取り決めてあって、そっちの世界の魔王との協議で、ここと地球は僕の領域ってさ。んで、迷い込んでくる子がいたら僕が対処することにしてんのね? しかもさ、キミ運命係数的に全然死ぬ段階じゃなかったんだけど、どうしてこんなところに来ちゃったワケ?」
最後の方は少々剣呑な態度でまくしたてられてエリオは理解が追いつかない。
「ちょっと待ってくれ……ください?」
「そうそう。僕は基本的にそっちの世界の神様じゃないから。いわばここは出張所みたいな感じでね」
「夢がねぇ……。アンタ、ホントに神……様ですか?」
「あー、まあもしかしたら絶対的な神、っつーのがもっと根本的なところにいるのかもしれないけど、一応僕は生命を超越したところにはいるよ。契約期間があるけど」
エリオは予想だにしなかった単語に変な顔になってしまった。
「契約期間」
「うん。契約。まあ僕の哀しい話はいいから、キミのことについて話しておかないとね」
契約であるとかサラリーマンであるとか、この世界に出張しているだとか、エリオにとっては頭を傾げるような話題しか出て来ていない。
「あのさ、神様。俺はどうなった……んですか?」
すると、神はこういった。
「ええとね……そうなるはずじゃなかったんだよ? ね? うん」
「いや、それじゃわかんねー……んですけど」
神は焦りを隠さないかのように、自らの額をさすって見せる。
「だからまぁ、その……。カンタンに言うね、っていうかさっきもう言ったんだけど」
「うん」
「死にました」
エリオの耳に理解を拒絶したくなる言葉が入って来て、返事が思わず反射で出てしまった。
「は?」