【 第三章 】 反転する世界、開幕の時。(1)
「お疲れ様でした。これにて“Reverse”の参加登録は終了となります」
「えっ?」
不意に掛けられた声によって、思わず振り返る。
そこにいたのは、扉の前で待機していた燕尾服の老人――黒澤さんだ。
登録作業が終わったと告げる黒澤に、首を傾げる。
――えっ? 僕、登録らしいことした覚えがないんだけど……?
「それでは、マモル様にお渡しするものがありますので、こちらへどうぞ」
疑問に取り残される僕を置いて、次の場所へと案内する黒澤。
とりあえず彼の案内に従うように、出入り口の下まで歩き出す。
――そういえば。
この部屋を後にするタイミングで、部屋を見渡すように振り返る。
システムがオフになったかのように、再び静けさを取り戻した部屋。
――さっきの夢は、一体なんだったんだろ?
◆
「こちらの部屋で少々お掛けになってお待ち下さい」
「あ、はい、わかりました」
あれから今度は場所を変え、案内されたのは最初に予想していたような応接間。
立派な家具の数々を見ながら、高価そうなふかふかのソファーに腰掛ける。
落ち着かない空間にそわそわしていたものの、やがて右手の水晶球を思い出す。
――そういえば、この水晶球は一体なんなんだろ……?
いつの間にか握り締めていた、出所不明の白い水晶球。
見れば見るほどに僕の心を映し出すような、鏡のような水晶球に目を奪われる。
「大変お待たせ致しました」
そんな水晶球に見惚れていると、不意に扉の方から声を掛けられる。
思わず振り返ると、黒澤さんの手には紙袋を丁寧に握り締めていた。紙袋には、“Reverse”の文字。そのことで忘れていた本来の目的を思い出す。
――あっ! そういえば……。
さっきの夢が衝撃的過ぎて忘れていたけど――そうだ、“Reverse”の先行テストプレイ!
対面するようにソファーに腰掛けた黒澤さんは、その紙袋をテーブルに置くと、話し始める。
「こちらが“Reverse”をプレイする際に使用するデバイスとなります」
「わぁ……」
言葉と共に取り出した、シンプルな黒い箱。
最新のゲーム機がこの中に入っていると思うと、気分が昂揚する。
取り出された箱に視線が集中する中、黒澤は「その前に」と問いかける。
「……先程の参加登録の際、小さな水晶球のような物を手に入れませんでしたか?」
「小さな水晶球……っていうと……あ、これのこと、ですか?」
その問いかけに、右手を開き白い水晶球を見せつける。
「確かに」と頷いた黒澤は、これがなんなのか知っているのだろうか。逆に問いかけてみる。
「あの、この水晶球はなんなんでしょうか? 気付いたら持っていて――」
「その水晶球は、分かりやすく説明するならば参加者の情報が記録された“メモリーチップ”のようなものです。それでは簡単にこちらのデバイス類の紹介をさせて頂きます」
――そっか、これがメモリーなんだ。
そんな形にはとても見えないが、黒澤さんが言うからにはそういうことなんだろう。どこから現れたのかはちょっとまだわからないけれど。
水晶球の正体も分かったことで、改めて黒澤さんの説明に耳を傾ける。
「まずはこちらの腕輪が『IDバングル』となります。こちらにある小さな窪みに、先程の水晶球を嵌めて頂けますかな?」
「……水晶球を、ですか?」
最初に箱を開けて取り出した機械の黒い腕輪。
その中央にある小さな窪みは、確かにこの水晶球が丁度嵌りそうな大きさだ。
恐る恐る、この手に持った水晶球を嵌めてみる――。
すると、カチリと綺麗に嵌ったかと思うと、水晶球を中心に、白い光が腕輪全体に走る、と同時に、静かな動作音と共に黒い腕輪が変形した。
「わわっ!?」
――突然の出来事に驚きの声を上げ、目を丸くする。
腕を嵌め込める大きさの輪へと変わった黒い腕輪。一体どういう構造になっているのか。
「この輪の中に、腕を入れてみてください」
黒澤の説明に従い、恐る恐る左腕をバングルの輪に入れてみる。
すると今度はピー、という音と共に、逆にサイズが縮まると、綺麗に僕の腕に収まった。
「大丈夫だとは思いますが、念の為。窮屈な感じ等は御座いませんか?」
「あ、大丈夫です。むしろジャストフィットというか……」
僕だけのオーバーメイド品のように、綺麗に左腕にフィットしたバングルを見つめる。
――これが、最新機器かぁ。
まだプレイしてもいないのに、この一連の出来事に感動してしまう。
「これにて認証が終わりました。こちらのIDバングルですが、様々な機能が備わっております。詳細はマニュアルをご覧頂くとしまして、先に注意点だけを説明させて頂きます」
「あ、は、はい」
バングルを見ることに目が行っていた僕だったけど、その声で我に返り、改めて向き直る。
こちらが聞く姿勢になったことで、黒澤さんは改めて注意点を説明し始めた。
簡単に言えば、腕輪の外し方やらの注意、また他の人に譲渡してはいけない旨を受け、注意点の説明は終わる。
そして次に箱から取り出したのが――耳だけのヘッドホンのような黒い機械。
そういえば、この機械。エントランスホールで見かけた人も着けていたような……。
「こちらが耳に装着するタイプのデバイスとなります。こちらも“Reverse”をプレイする際は、IDバングル同様装着をお願いします。耳に装着することにはなりますが、外部からの声は変わらず聞こえるため、ご安心下さい」
その説明と共に手渡されたデバイスを、流れるまま耳に装着する。
こちらもピッタリ耳にフィットして、簡単に外れる気がしない。
確認の為に黒澤が「聞こえますか?」と尋ねるが、阻むものがあるとは思えないほどスッキリと聞こえる。
僕が頷いたことでこのデバイスの説明はここで終わると、最後に――。
「そして最後に……“Reverse”は対戦型カードアクションバトルであります故、これらのカード、そして専用のケースを使用致します。使用するカードの枚数は三十枚。ゲーム中に使用するカードは、こちらの専用のケースに入れることで認識されます」
締めに取り出したのは、カードの束――“Reverse”のデッキと、黒い硬質なデッキケース。
――そっか。ゲームの世界でプレイするから、専用のデッキケースにカードを入れるんだ。
「使用するカードの束、デッキを構築する際の詳細なルールはマニュアルに書かれていますので、後ほどご確認下さい。ここまでで何かご質問は御座いますか?」
その質問に、首を横に振る。いまのところ、特にない……はず。
とりあえずデッキの内容は後ほど確認するとして、デッキケースにカードを入れ、ポケットの中に収める。どうせ戻ったら真っ先に見るだろうし、取り出しやすい場所に、と。
「ゲームのルールに関しましては、イベントにて実際に“Reverse”の対戦を行うエキシビジョンマッチを予定しておりますので、そちらでご説明致します」
「それでは、そろそろ戻りましょうか」との言葉と共に、黒澤さんが立ち上がる。
――そういえば、あれから結構時間が経っている気がするけど、カイはどうしてるかなぁ?
そんなことをふと思い、その黒い紙袋を持って、再びエントランスホールへと歩き出した。
◆
「……まだやってたの、カイ?」
「おめーが早ぇんだよ! まだ十分ちょいしか経ってねーよ!?」
帰ってきたものの、相変わらず受付で待ちぼうけていたカイに、開幕呆れ声を漏らす。
そんな僕の声に抵抗するように、声を張り上げ時計を指差すカイに――あれ、と。
――ホントだ。まだそんなに経ってない。
あまり進んでいない時計の針に、不思議そうに首を傾げる。
体感では三十分……いや、それ以上掛かっていたような気がしたんだけど……。
「おっ、それが噂の“Reverse”か!? 初期デッキ見せてくれよぉ、なぁ、いいだろ?」
「ちょ、ちょっと、カイったら、まだ僕もデッキは見てないんだからっ!」
そんな興味津々といった様子で絡んできたカイに、現実に引き戻される。
なんとか友人を突き放し、「全くもう……」と呆れ声を零した。
「……そういえば、あの受付のメイドさんはどうしたの? いないみたいだけど――」
思えば、先程受付をしていたメイド、泉さんの姿はそこには見当たらない。
僕がどうしたのか尋ねてみると――。
「ああ、ここじゃセキュリティの関係上登録できないみたいでな、いま別の場所に――」
「ちょっとあんた達! 嫌がってるでしょ、離れなさいよッ!!」
カイが説明している途中、聞き覚えのある怒声がエントランスホールに響き渡る。
――えっ、あれ? あの声って……。
「え? ちょッ……おいおいおい、なんでこんなトコにいんだよアイツはっ?!」
「えっ、ちょ、ちょっと、カイ!? 離れちゃっていいの!?」
僕が引き止める間もなく、その声が聞こえた方に走りだして行ってしまったカイ。
――ど、どうしよう……?
ここで帰ってきた時誰もいなかったら困るし、でも――あの怒声は、たぶん――。
「ああ、もう!」
このタイミングであのメイドさんが帰ってきたら悪いけど、仕方ない。
先走って行ったカイのことを、僕も慌てて追いかけ始めた。